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急斜面を開墾して作られた棚田に、黄金色の稲穂が揺れる。
金髪のおかっぱ頭のように束ねられた稲のそばで、犬が寝ている――。
写真家・石川直樹が、犬たちとの一瞬の邂逅を軸に、この世界の有り様を綴るフォトエッセイ。



#14



#14 田園の魔法(フィリピン・ルソン島)





 フィリピンはおよそ7千を超える小さな島々から成る群島国だ。リゾートのイメージが強いため、青い海と珊瑚礁を思い浮かべる人も多いだろうが、北部には海洋文化とは縁遠い山岳民が暮らしている。
 山間のわずかな土地を開墾し、棚田を作って暮らしている先住民がいると聞いて、数年前にルソン島の最北の村を訪ねた。マニラから車で10時間以上、ベトナムの山奥を彷彿させる小さな村にはイフガオ族と呼ばれる人々が暮らしていた。家の軒先や道路脇には、おかっぱ頭のような形に束ねられた黄金色の稲が、いくつも並んでいる。
 村は稲刈りの真最中で、棚田ではカムランと呼ばれる鉄の道具を使って穂を一本一本刈り取っていた。刈り取った稲はひとつかみにして均等に束ね、高床式の家の軒先や、屋内に干すのだ。
 村は小さな集落に分かれていて、バブルイ、ブフッ、ガブガブ、チュンチュンなど面白い響きの名前がつけられていた。棚田と棚田を区切る石垣が道になっていて、綱渡りをするようにそこを歩けば、各集落にたどり着くことができる。
 そして、ここにも犬がいた。棚田は素晴らしく気持ちのいい場所で、シートでも広げて昼寝したいなあと思うような地面があると、必ず先に犬が昼寝をしていた。太陽は出ているが、標高がそこそこ高いので暑くはなく、風が通り抜けるために本当に快適なのだ。
 マニラの野良犬はやせこけて薄汚れて悲惨な様相だったが、ここの犬たちは、食べ物に困っていなさそうだ。田んぼには、ボログという淡水魚やメダカたちが住み、たくさんの虫やカエルがいる。キングフィッシャーやスズメも頻繁に訪れる。無農薬なので、生き物も多く、犬たちも心なしか元気でのびのびしていた。
 こうした棚田がいつ頃からできたのか、村の長老に尋ねると、こんな話をしてくれた。「最初はインドネシアから人がきた。その次にマレー人がやってきた。そして、棚田を作ったんだ。私の祖先は、多分マレー人。バランガイという一艙の船に、一族が乗ってやってきたんだ」
 彼は言う。自分の土地を、耕す場所を求めてここにやってきたんだ、と。海から来た祖先は、狩猟を続けているうちに、山々へ入り仲間と離れていったらしい。
 村にいる犬たちも、移住してきた人々と共に、山を越えてやってきたのではないか。ここは平らな土地がほとんどなく、だからこそ棚田という知恵が生まれた。一日に食べる分だけの稲を脱穀し、日々の米が生み出される。刈り取った後の稲の茎や籾殻、葉っぱなどは、土に還して肥料にする。脱穀は杵と石臼を使ってすべて手作業だ。目の前で繰り広げられる一連の作業は、植物としての「稲」を、「米」という状態に変化させる魔法のようだった。
 犬たちはその魔法のすぐそばで、たくさんの動物たちと暮らしている。首輪もないのにこの地を離れないその気持ち、よくわかる。



(了)
―#14―

この連載は隔週でお届けします。
*次回:2013年9月5日(木)掲載
2013/8/22 更新

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Qomolangma チョモランマ
『Qomolangma(チョモランマ)』(SLANT)
『Lhotse(ローツェ) 』に続くヒマラヤ写真集シリーズ第2弾。2001年、23歳の石川は、チベット側から世界最高峰・チョモランマ(エベレスト)に登頂。この遠征は、その10年後にネパール側から再登頂することになるエベレスト、さらにローツェやマナスルといったヒマラヤのへの旅の出発点でもある。当時の写真に加え、2013年末から14年初頭にかけて再訪したチベットの街と人々の暮らしを写しとった作品も収録。





バングラデシュ (世界のともだち)
『バングラデシュ (世界のともだち) 』(偕成社)
世界36か国の子どもたちのくらしを紹介する全36巻の写真絵本シリーズの一冊。石川が担当したのはこの数年で何度か訪れているバングラデシュ。ダッカの中心部からCNGという三輪タクシーで小1時間、ガンジス川をわたった先の街に暮らす、少年アシフの日常を紹介する。青い自転車がアシフの相棒!

石川直樹(いしかわ・なおき)

1977年東京都生まれ。写真家。高校2年生のときにインド・ネパールへ一人旅に出て以来、世界を絶えず歩き続けながら作品を発表している。2000年に北極から南極まで人力で踏破するPole to Poleプロジェクトに参加。翌2001年には、七大陸最高峰登頂に成功。2011年には、2度目のエベレスト登頂を果たす。昨年秋、マナスル登頂に成功。写真集に『THE VOID』(ニーハイメディア・ジャパン )、『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)、『VERNACULAR』(赤々舎)、『Mt.Fuji』(リトルモア)、『ARCHIPELAGO』(集英社)他、著書に『全ての知恵を装備に置き換えること』(集英社文庫)、『For Everest ちょっと世界のてっぺんまで』(リトルモア)他がある。 2008年、『最後の冒険家』(集英社文庫)で第6回開高健ノンフィクション賞、2011年には写真集『CORONA』で第30回土門拳賞受賞。
ブログ:http://www.littlemore.co.jp/foreverest/

[作者より]
いま香港にいて、これからバングラデシュへ向かいます!
三度目のダッカ。今回は絶対にガンジス川河口でエビカレーを食べないようにしようと思います。前回はそれで腹を壊し、骨と皮状態になりました……。