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もうすぐ台風がやって来る。朝6時、沖縄本島の最南端・喜屋武岬では強い風が吹いていた。
それをものともせず、幼いダックスフントはぐいぐいとリードを引っ張り進んで行く。
写真家・石川直樹が、犬たちとの一瞬の邂逅を軸に、この世界の有り様を綴るフォトエッセイ。
#17 嵐の朝に(沖縄・喜屋武岬)
沖縄本島の最南端は、喜屋武岬である。「喜屋武」は、「きゃん」と読む。沖縄県南風原町(はえばるちょう)にも喜屋武という地名があるし、名字としても見かけるので、沖縄では比較的ポピュラーな三文字ということになる。
その喜屋武にある、本島最南端の小学校の授業参観日に講演をさせてもらった。全校生徒が70名ほどで、学校の規模はとても小さい。講演前日は、喜屋武に新居を構えた知人の家に泊まらせてもらうことになった。
知人には四人の子どもがいる。男の子二人、女の子二人で、一番下の子はまだ三歳だが、他の三人は喜屋武小学校に通っている。四人の子どもの他に、インコとウサギと、ナッツという名の小さな犬も家族の一員だ。インコは長女のペットとして認められているようで、彼女はいつもそのインコを右肩に乗せて可愛がっていた。ぼくが手を近づけるとインコはくちばしで指を甘噛みするのだが、彼女が手を近づけても決して噛まない。あんなに小さな生き物でも、ご主人が誰だかきっちりわかっているのである。
ウサギと犬は玄関付近で隣同士に飼われているのだが、お互いに関心がないようだ。ちょっと太り気味のウサギは、小屋の片隅でじっとしているが、ナッツはまだ子どもなので、遊びたくて仕方ない様子がうかがえる。
知人がぼくのためにバーベキューパーティーを開いてくれて、ご近所さんや学校の先生や子どもたちが家を訪ねてきたものだから、ナッツはそわそわと落ち着かない。ときどき盛んに吠えたりして、バーベキューに混じりたいという気持ちを全身で表していた。しかし、ヒモで繋がれたナッツは、玄関から動けないのである。
その晩は、明朝に備えて目覚ましをセットして寝た。翌朝、つんざくような音に驚いて飛び起きたのだが、時計を見るとまだ6時前。目覚ましが鳴ったのではなく、ナッツが吠えたのだった。毎朝6時頃から散歩に行っているそうなので、今日もきっちり予定通りに「散歩の時間だよ!」と知らせてくれたのだ。
子どもたちもナッツの声でむくむくと起き出した。知人と次女のユイちゃんとぼくとナッツで、散歩に出かける。
出発するまでもたもたしていたので、ナッツは玄関でおしっこを漏らしてしまった。小さなダックスフントなので、おしっこの量もたいしたことがない。うちの犬のおしっこの量に比べたら、おちょこがひっくり返った程度のかわいいお漏らしである。ごめんごめんと思いながら扉を開けると、ナッツは元気に飛び出していくのだった。
台風が近づいていたので、空には不穏な雲が湧いている。風も強い。そんななか、港へ向かった。まだ古い珊瑚の石垣が残っている場所もあり、場所が変われば散歩の雰囲気がこうも変わるのか、と思った。よそ様の散歩に同行することなど滅多にないから、なんだか探検気分である。
港まで行き、堤防を歩くユイちゃんとナッツの後をついて写真を撮る。強い海風にあたりながらのんびり犬と歩く。初めて訪れた喜屋武の朝は、そんな時間から始まった。
(了)
―#17―
筆者・石川直樹さんがアマダブラムへ遠征中のため、
次回は2013年11月21日(木)を予定しております!
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[作者より]
いま香港にいます。これからカトマンズに入り、翌日からグレートヒマラヤトレイルへ。帰国は11月中旬になります。そのあいだの日記は ブログで書いていく予定です。では、行ってきます!
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