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13年ぶりにチベットを訪れた。
街の変容に驚きつつも、ジョカン寺のまわりは以前と変わらぬ雰囲気だった。
たくさんの巡礼者に混ざって寺のまわりを歩きながら、巡礼と犬たちの関係について思いを馳せる。
写真家・石川直樹が、犬たちとの一瞬の邂逅を軸に、この世界の有り様を綴るフォトエッセイ。



#21



巡礼犬にまつわる一考察(チベット・ラサ)





 ぼくがチベットを訪れたのは13年ぶりのことだった。2001年春に世界最高峰チョモランマに登頂して以来だったわけだが、このあいだに、チベットには大きな変化が起こっていた。ラサの街にはいたるところに中国の国旗が翻り、監視する兵士の数が増え、漢族が激増した。街角にはゴミ箱が設置され、旧市街と新市街がはっきり分かれて、きらびやかなデパートなど大型店舗の数も増えた。
 一方で変わらないこともある。チベットの人の信仰心である。相変わらず、ジョカン寺のまわりを時計回りに歩く巡礼者の数は多かったし、寺の前で五体投地と呼ばれるチベット式の祈りを捧げている人もたくさんいた。携帯式のマニ車をまわしながら、あるいは祈りを唱えながら歩く人々の姿、それだけはいつ来ても変わらない。
 犬にとっては、時計回りも反時計回りも関係ない。ただ、無数の人が塊となって時計回りに歩くので、犬もまた流れに逆行せず、一緒に歩いている。ヒモもないのにおばあさんの後をちょこまかついていく犬を見かけたが、あれはおばあさんが飼っているのか、それとも歩行のスピードが犬にとってちょうどよかったのか。首にヒモをつけて子犬と一緒に歩く老人もいたが、あのじいさんは遠くから犬連れで旅をしてきたのか、それともラサで犬を捕まえたのか。
 ラサで生きる犬の生態は、謎である。犬は、夜吠える。なのに、昔はともかく、今は夜に出歩いても、路上で野良犬の群れに出くわさない。遠吠えも聞こえない。ラサで犬に出会うとすれば、昼間、巡礼者などが歩く人混みのなかだけだ。ラサの犬は、途上国の都市部で見かけるような毛が短く、勇ましくてちょっと怖い感じの犬ではなく、小柄で毛がふさふさしている犬が多い。雨が少なく、極度に乾燥した高所で生きるためには、あのような容姿が適しているのだろうか。
 ジョカン寺を囲むバルコル(八角街)を歩く犬を見つけては、ぼくは後ろを追いかけた。声をかけると、彼ら彼女らは逃げずに立ち止まってくれる。そんなにすばしっこくもないし、サバイバル能力が高そうには決して見えない。きっと夜は、徘徊などせずに、人家の軒先に身を潜めているのだろう。
 足の速い中型や大型の犬は巡礼に適さない。それに比べて小型の犬が歩くスピードは、ちょうど巡礼者と同じくらいなのだ。もしかしたら、ラサの犬の容姿は、巡礼とも関わりがあるのかもしれないな、と思った。日がな一日、寺のまわりを歩き続け、五体投地を繰り返す人々にとって、スピードは必要がない。急ぐ理由はどこにもない。犬もまた、そうした人間と過ごすうちに、のんびりした性格になってしまったものと思われる。





(了)
―#21―

この連載は隔週でお届けします。
次回は2014年1月23日(木)!
2014/01/09 更新

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Qomolangma チョモランマ
『Qomolangma(チョモランマ)』(SLANT)
『Lhotse(ローツェ) 』に続くヒマラヤ写真集シリーズ第2弾。2001年、23歳の石川は、チベット側から世界最高峰・チョモランマ(エベレスト)に登頂。この遠征は、その10年後にネパール側から再登頂することになるエベレスト、さらにローツェやマナスルといったヒマラヤのへの旅の出発点でもある。当時の写真に加え、2013年末から14年初頭にかけて再訪したチベットの街と人々の暮らしを写しとった作品も収録。





バングラデシュ (世界のともだち)
『バングラデシュ (世界のともだち) 』(偕成社)
世界36か国の子どもたちのくらしを紹介する全36巻の写真絵本シリーズの一冊。石川が担当したのはこの数年で何度か訪れているバングラデシュ。ダッカの中心部からCNGという三輪タクシーで小1時間、ガンジス川をわたった先の街に暮らす、少年アシフの日常を紹介する。青い自転車がアシフの相棒!

石川直樹(いしかわ・なおき)

1977年東京都生まれ。写真家。高校2年生のときにインド・ネパールへ一人旅に出て以来、世界を絶えず歩き続けながら作品を発表している。2000年に北極から南極まで人力で踏破するPole to Poleプロジェクトに参加。翌2001年には、七大陸最高峰登頂に成功。2011年には、2度目のエベレスト登頂を果たす。昨年秋、マナスル登頂に成功。写真集に『THE VOID』(ニーハイメディア・ジャパン )、『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)、『VERNACULAR』(赤々舎)、『Mt.Fuji』(リトルモア)、『ARCHIPELAGO』(集英社)他、著書に『全ての知恵を装備に置き換えること』(集英社文庫)、『For Everest ちょっと世界のてっぺんまで』(リトルモア)他がある。 2008年、『最後の冒険家』(集英社文庫)で第6回開高健ノンフィクション賞、2011年には写真集『CORONA』で第30回土門拳賞受賞。
ブログ:http://www.littlemore.co.jp/foreverest/

[作者より]
明日から宮古島へいってきます! 25日には那覇の沖縄県立美術館で森山大道さんとトークイベントをします。