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発達した後ろ脚でピョーンと跳ねたと思ったら、バッサバッサと空を飛び、飛距離は時には数千キロに。
そんな彼らにすっかり魅せられ、かぶき者としてバッタ研究の道を突き進むふたりの男がいた――。
読めばあなたも虫の虜に! 人気ブロガー・メレ山メレ子が全力でお届けする、なないろ昆虫記。




《第10回》 バッタ
「バッタ者」はなぜカブくのか



マダガスカルで会ったバッタ


マダガスカル南部の乾燥地帯を走る道


 車はマダガスカル南部の乾燥地帯を、ベレンティ自然保護区に向かって走っていた。
 空港から3時間の道のりは決して楽ではないが、道端のサボテンや多肉植物などが目に楽しい。それにドライバーは、車を走らせながらカメレオンを見つけてくれる動体視力の持ち主だ。



水田の中で水牛を追う人たち


 かろうじて舗装されているが、車がこの道を走るのは日に十数台というところか。田んぼで働く子供たちが、いちいち手を止め「バザー!!(外国人ー!!)」と呼びかけてくる。
 葉っぱのミノをつけたたくましい男たちが、バチャバチャと水牛を追い回しながら楽しそうに水田を走り回っていた。代掻き(しろかき)を兼ねた遊びなのか、それとも何かのお祭りか? 目を皿にしていると、男たちは「お前も混ざれよ!」とものすごくいい笑顔で手招きするのだった。



路上に点々と落ちているバッタ


 南部を走るこの街道には、もうひとつ気になるものがあった。車に跳ねられて死んだバッタの死体だ。おそらくは、マダガスカルトノサマバッタ。
 マダガスカル南部では数十年に一度、このバッタによる大規模な蝗害(こうがい)が発生している。わたしが訪れたのは2012年の夏で、ベレンティ近くの資料館で見たパネルには「マダガスカル南部では前回、1992年にバッタの大発生が起きている。女性たちはザルでバッタを採り市場で売る」とあった。
 ガイドは「2009年にも大発生した」と言っていたが、それは災害のピークではなかったようだ。2013年3月にはバッタの大群が稲や牧草を食い荒らし、国連食糧農業機関(FAO)が「およそ1,300万人の生活に影響が出る恐れがあり、2,200万ドルの緊急支援費用を要する」と声明を出した(※1)。現在、FAOが約41億円もの予算を投じてバッタ対策を進めている。



マダガスカルに生息するキマダラドクバッタ(カメレオンパークでの飼育下個体)。
体内に毒を蓄え「こんにちは! 食べるメリットゼロ、いやマイナスなわたしです!
お腹を壊したい奴はかかってきな」と、どぎつい警戒色で身を守る


 バッタの「相変異」も、干ばつなど厳しい環境に適応するための身の守り方のひとつと考えられている。ふだんは「孤独相」と呼ばれるおとなしい姿だが、個体密度が高まると別種と見まがう「群生相」に変化するのだ。群生相のバッタは身体の割に長い翅を持ち、群れることを好む。風に乗って日に数キロ~120キロほども大群で移動し、ふだん食べない植物まで食い尽くすことが可能になるのだ。
 相変異して蝗害をもたらすバッタは複数種が知られ、日本では明治開拓期の北海道でのトノサマバッタの大発生が有名だ。最近では2007年、関西国際空港の空港島という天敵のいない特殊な環境でトノサマバッタが大発生した。

 アフリカのバッタ問題は、植民地問題でもある。ヨーロッパ列強がアフリカを分割統治していた頃は、イギリス主導で防除研究が進められた。しかし、アフリカ諸国独立後のバッタ防除は各国に委ねられることになった。
 早期発見して殺虫剤を散布するのが望ましいのだが、多くの国はバッタの発生状況を監視する継続的な対策費用を予算に計上せず、手に負えない大発生になってから国連緊急支援を求める。年間数億円で済むはずの対策費用が対応の遅れで2ケタ膨らみ、それが20年に一回起こるとなると割に合わない。マダガスカルの例でも、初動の遅れが被害を広げたとされる。発生した地域がたまたま国境の紛争地帯だったために、誰も手が出せず対策が遅れることもある。貧困がより貧困を招いているのだ。
 そしてここに「愛するバッタの暴走を止めるため」、西アフリカの国土の90%以上が砂漠の国、モーリタニアに旅立ってしまった日本人の博士がいる。



 「昆虫大学」で、モーリタニアの民族衣装をまとい著書と民芸品を販売するバッタ博士
(撮影:島田拓さん)



「自分もバッタに食べられたい」

「バッタ博士」こと前野ウルド浩太郎氏をわたしがはじめて知ったのは、このブログ記事だった。

バッタに憑かれた男 – むしブロ

 クマムシ研究者・堀川大樹氏による、バッタ博士の紹介記事によれば、前野博士は幼いころ、緑色の服を着ていたため不運にもバッタの群れに食べられてしまった観光客の女性の話を聞いた(※2)。そして、彼は「自分もバッタに食べられたい」という欲望に憑かれ、バッタ研究者になって単身モーリタニアに渡ってしまった。ミドルネームの”ウルド”は、モーリタニア国立サバクトビバッタ研究所の所長から与えられた尊称である。
 バッタ博士のブログ「砂漠のリアルムシキング」には、砂漠での研究の様子が生き生きと綴られている。

砂漠のリアルムシキング

 この記事を読んだときは単に「ずいぶんフェティッシュな研究動機だなあ……」という感想を抱いたが、まさかこの完全変態博士と接近遭遇することになるとは思わなかった。

 昨年の11月、TRANS ARTS TOKYOというアートフェスの一画で「昆虫大学」を開催させてもらった。あらゆる虫の面白さを知る講師に集まってもらい、楽しみ方を伝授してもらうというイベントだ。
 準備に追われていたある日、バッタ博士から突然「ちょうど一時帰国と重なるので、ぜひ自分にも隅っこで何かさせてほしいッス」メールが届いた。モーリタニアの虫民芸品リストまで、写真つきで添付されている。よくわからないが面白いので、ぜひ参加してもらうことにした。
 実はハカセ(数多の研究者をさしおいて「バッタ博士」あるいは単に「ハカセ」の愛称で親しまれているところに、ただならぬ実力を感じる)の帰国は、著書の発売ともタイミングを同じくしていた。

 メレ子「アフリカ民芸品とか言ってる場合か! 本売れよ本!」
 ハカセ「では、お言葉に甘えて出版社在庫と著者在庫あわせて200冊持っていきますね」
 メ「えっ……そんな大量に持ってきて大丈夫なの……」

 しかし、バッタ博士は2日間の会期で170冊の本を売り上げ、トイレに行く暇もないほどサインし続けた。ふだん砂漠で孤独相の生活を送るハカセは「久しぶりにたくさんの女子と絡める機会だったのに、匂いしか嗅げなかったッス……」と、本気で悔しがっていた。



『孤独なバッタが群れるとき―
サバクトビバッタの相変異と大発生
(フィールドの生物学)』
前野ウルド浩太郎
東海大学出版会、2012年刊


 昆虫大学がこの本の初売り会場となったのは、本当に光栄なことだ。いきなり5行目から「自分もバッタに食べられたい」と書いてあってすごく不安になるが、中身はとても真面目でエキサイティングな研究のお話だ。前野ウルド浩太郎氏の研究対象はサバクトビバッタ。相変異するバッタの中でも最大種である。
 はじめは昆虫研究者になりたいという夢だけがあった。相変異の卵への効果として業界の定説であった「泡説」を追試して疑問を持ち、海外のバッタ大家との壮絶な論文合戦が始まる。モーリタニアでの調査を経て「実験室の中ではない野生のバッタの姿から、彼らの真実を突き止めたい」とアフリカに渡るまでの研究者人生が綴られている。仮説と実証の流れが分かりやすく書かれていて、研究に関わったことがなくても夢中になれる。
 研究者として将来への不安が生々しく書かれる一方、ポスドクになって収入増に浮かれ、新木場のクラブ「ageHa」に夜な夜な通う(しかし、朝にはバッタの餌換えのためにつくばの研究室に戻る)など、人間らしすぎる描写も多々あり、ジャンルを超えた面白さだ。



幕張メッセで行われたニコニコ学会β第4回のセッション「むしむし生放送」で、
伝説のプレゼンを行うバッタ博士


「次回はぜひ、サイン会だけでなく研究のお話をしてほしい」という思いはすぐに叶えられた。昆虫大学と同じ建物で開催されていた「ニコニコ学会β」というユーザー参加型学会から、昆虫セッションのお誘いを受けたのだ。

「孤独なバッタが群れるとき 前野ウルド浩太郎」むしむし生放送:第4回ニコニコ学会βシンポジウム@ニコニコ超会議2[DAY1]

 上記リンクから、セッションの様子を見てみてほしい。ニコニコ動画のアカウントがあれば無料で視聴可能(Facebookのアカウントでもログインできる)。ハカセは3人目の登壇者なので、「むしむし生放送」全体を視聴してくれる方はぜひこちらから。
 モーリタニアの民族衣装で登壇したハカセは、故郷の秋田弁で重々しく語りだした。

「孤独なバッタが群れるとき、あなたは何が起こるか知っていますか」
「バッタの学名はLocust、ラテン語で『焼け野原』。彼らが過ぎ去ったあとに、緑という緑は残りません。残るのは、人々の深い哀しみだけです」
 全体的に中二病感のある語り口ながら、バッタの不思議にどうしようもなく魅せられ、バッタの相変異の謎を解きたいという気持ちが伝わってくる。最後に流れた動画は、緑の全身タイツを着て、バッタの群れに向かって走り出すハカセの姿。走りながら飛んでいるバッタを手づかみし、カメラに満面の笑顔で差し出す。まだ食べられるわけにはいかない。俺(とバッタ)の冒険はまだ始まったばかりだから――ハカセのプレゼンは割れんばかりの拍手で幕を閉じた。
 しかし、セッションの座長としてわたしはどうしても訊いておきたいことがあった。

 メレ子「前野さんはバッタが好きなんですか、嫌いなんですか? 愛しているようにも殺したいようにも見えるのですが……」
 ハカセ「愛しすぎて殺したくなってるっていうか……」
 メ(変態だ―――!!!!!!)

 そんな完全変態なハカセだが、決してただ面白いだけのバッタ芸人ではない。これだけ面白いともう面白いだけでいいような気もするが、ノギスだけを握りしめて砂漠に乗りこみ、ハイインパクトな雑誌に多数の論文を掲載していた(研究者の道がこれほど細く険しいこと、論文がどれだけハイレベルな雑誌に載るかが研究者生命を左右するものであることを、わたしはハカセに会うまで知らなかった)。
 研究費は支援してもらえているものの、収入はなく、身銭を切りながら砂漠でバッタ研究を続けていたハカセだったが、このたびついに倍率30倍の門をくぐり抜け、京大白眉センターの特任助教というポストを得た。今後5年間は生活費を心配することなく心おきなくモーリタニアでの研究を続けることができる。サバクトビバッタの砂漠での姿について、ハカセはこれからも色んなことを教えてくれるだろう。


もう一人のバッタ博士

 昆虫大学で、バッタ博士を介してもう一人のバッタ研究者に出会った。昆虫料理研究会の一員として昆虫料理を販売していた佐伯真二郎さんは、トノサマバッタの研究をする学生。前野ハカセとは兄弟弟子の関係だ。
 昆虫料理を販売するカフェスペースをのぞくと、ほとんどの料理は早々に売り切れている。落胆する我々に、佐伯さんはフリーズドライのトノサマバッタを分けてくれた。

 前野ハカセ「バッタ特有の臭みがないね~」
 佐伯さん「そうなんですよ、苦心しました~」
 メレ子(なんでこいつら、バッタの標準の味を知ってる前提の会話なの……)
 佐「トレハロースと塩を加えてみたんです。獣肉にはブドウ糖、野菜にはショ糖、もともとの素材が持っている甘みを添加するでしょう。ならば虫には、虫が持っている糖質であるトレハロースですよね」
 メ「この人、超論理的にだいぶ珍妙なこと言ってるー!」

 この時点で佐伯さんは、わたしに要注意オモシロ人物としてマークされた。



つくば生物研(農業生物資源研究所)内のバッタ飼育部屋



羽化したてのサバクトビバッタはピンク色(孤独相は黄色・群生相は茶色になる)


 無理を言って、佐伯さんが研究に従事する生物研も見学させていただいた。
 佐伯さんは理系的観点からトノサマバッタの食性を研究するかたわら、昆虫の食利用にも興味を持っている。バッタの前はショウジョウバエを研究していたのだが、試験管の中で酵母とトウモロコシを寒天で固めたエサを食べ、爆発的に育つハエを見て「動物性たんぱく質として他の家畜よりも便利で効率的なのでは?」とひらめいた。
 しかし、効率だけでは食欲が湧かない。「なぜ虫を食べる気にならないのか」をテーマに趣味としての活動を始めた。

 佐伯さん「いざ食べてみると美味しかったので、そのテーマは早々に頓挫しました。いまは昆虫の美味しく継続的な利用と普及について考えています」
 メレ子「お、おう……」

 佐伯さんは、未開拓の「美味しい増やしやすい昆虫」の探索(ブログ 「蟲ソムリエへの道」)、昆虫食のサブカルチャー的側面(虫食いフェスティバル)、食資源としての継続的な利用(応用昆虫学)、世界各地に残る昆虫食文化(民俗学)、そして昆虫に対する嫌悪感の原因と克服方法(社会心理学:ブログ 「むしぎらい文化研究所」)についてなど、あらゆる側面から昆虫食を読み解こうとしている。
 2013年5月にFAOが昆虫食を推奨する提言書を出し、話題になっている。英語の原文をひもとく勉強会が行われるというので、佐伯さんにくっついて聴講した。ここでも佐伯さんの熱心さは群を抜いていた。
「FAOは昆虫の調理法として、『形を残したまま食べる』『すり潰す』『有効成分を抽出する』という方法を提言していますが……『アジア人はそのまま食べるが、すり潰しがおススメである』といった論調で、昆虫食を薦める態度としてまったく同意できません」
「『すり潰す』の例としてタガメ入りのチリペーストをあげていますが、これはタガメの洋ナシのような風味を調味料に添加するためで、タガメをそのまま食べるのに違和感があるからじゃない。不勉強です」
「『抽出』について、省エネルギー化の文脈なのに逆行している。どう考えてもハイコストで現実味がなく……」
 穏やかなふだんの調子とはうって変わり、舌蜂するどい佐伯さん。
 実践家でもあり、「牛より高効率なタンパク源」としてのバッタが家畜化された際の廃棄物(フン)の利用も考えるため、バッタのフンから紙を作って巨大バッタ面を作成するなど一見謎めいた活動も行っている。彼の頭の中には、バッタから季節に応じて様々な糧を得る「バッタ農家の1年」が完全に構築されているようなのだ。彼のあらゆる活動は、人々が産業的・文化的な側面から虫に親しみ、「もっと昆虫基礎研究にお金が投じられる世の中になること」に収斂するのだという。


イナゴの祭典・イナゴンピック

「中之条イナゴンピック」について教えてくれたのも佐伯さんだった。
 中之条イナゴンピックは、毎年10月に群馬県吾妻群中之条町・寺社原地区の棚田で開催されるお祭りで、今年で第6回になる。名前のとおりオリンピックを模していて、競技はイナゴ採りとイナゴ跳ばしの二部制だ。

なかのじょうイナゴンピック – なかのじょう山里テーマパーク

 イナゴ採りが面白いのは、強さに老若男女の差が関わらないことだ。佐伯さんによれば、第4回イナゴンピックでは福島のおばあちゃん2人がそれぞれ25分で149匹と152匹のコバネイナゴを捕獲し、ぶっちぎりでワンツーフィニッシュしている。
 ちなみに第5回では149匹のおばあちゃんのみ参加するも、採ったイナゴを持ち帰れないという情報が流れ闘争心をなくした結果、3位入賞の92匹だったという。東北のおばあちゃんにとって、田んぼでのイナゴ採りはライフワークなのだ。
 最終的にイナゴはテイクアウトOKと知り、おばあちゃんはほかの入賞者のイナゴも攫っていったという。さぞかし大量の佃煮が煮上がったことだろう。

 JR吾妻線で死人のように寝ていて、はっと気がつくと車窓からこんもりした山々が見えた。
 中之条の駅舎を出て、さて会場までどう行こう……と辺りを見回すと、佐伯さんにバッタリ。まさに渡りに船、ずうずうしく佐伯さんをお迎えにきた現地の方の車に同乗させていただいて会場へ向かう。
 あいにくの曇り空で、稲刈り後の田んぼは冷えびえとしている。軽トラで集まってきた人々が、焚き火のまわりで食事の準備をしていた。受付でゼッケンをもらうと、佐伯さんは風のようにイナゴ密度の高い場所の下調べに去った。福島のおばあちゃんは、足が痛い等の理由でおふたりとも不参加とのことでとても残念だ。もしこの連載を読んでいるイナゴ採集歴の長いご高齢の方がいらしたら、来年はぜひ参加してほしい。
 この棚田は減農薬栽培で、イナゴが住みやすい環境なのだが、今年は数が少ないらしい。温度も低いので、あまり動きそうもない。いかにイナゴの多い場所を見つけるかが、入賞のカギとなりそうだ。
 あぜ道をさまよっていると
「巨大イナゴの登場だ―――!! ウィ―――!!」
という絶叫が聞こえてくる。これはまずい、と顔を上げると



イナゴンピックのキャラクター「イナゴ君」


手づくり感のある巨大なイナゴが棚田を駆け回っていた。ゼッケンの「175」が芸が細かく、好感が持てる。

 開式の辞と聖火のかまどへの点火のあと、いよいよイナゴ採り競争が始まる。渡されたのは、ナスを入れる袋にビニール管を取りつけたもの。イナゴの逆流防止と数えやすさ・安価さを兼ね備えた道具だ。



「あっ……」見つかってしまったコバネイナゴ


 今回はイナゴが少なめなのを考慮して、前半15分・後半15分と長めの戦いだ。やるからには優勝を目指したい。足元を注意深く見ながら草を踏んで歩くと、体長2センチ弱のコバネイナゴがツツッと草を登ってきた。すかさず素手でむんずとつかむ。「採れた……!」狩猟採集の原始的な喜びが脳を満たす。

 ♪イナゴンピックがはじまるよ~
  楽しいイナゴ おいしいイナゴ
  田んぼで大ハシャギ~

 どう見ても即興のイナゴンピックのテーマ。巨大イナゴ君が、拡声器を使って会場を盛り上げている。「点数に入るのはイナゴだけですよー! コオロギとカマキリは入りませんよ~」という注意も聞こえてくる。オスを背負った交尾中のメスもいて、2匹同時に採れると喜びもひとしおだ。

 ずいぶん注意して歩いたつもりだったが、結局エンマコオロギを除くと採れたのは9匹だけ。今年はよほど少ないと見える。さすがの佐伯さんも苦戦しているのでは……と、袋を見せてもらうと



大漁


 メレ子「ゲゲッ! どこにこんなにいるんですか!」
 佐伯さん「今年はメヒシバという雑草に多いみたいですね」
 メ「さすがバッタ研究者……」

 イナゴ採り競争は散々だったが、イナゴ跳ばしは完全に運の世界。まぐれ当たりもあるかもしれない。めいめいイナゴを紙コップに入れて、同心円が描かれたジャンプ台の前に並ぶ。



おめかしに夢中のイナゴ


 メレ子「よし行け! 群生相のサバクトビバッタを見習って4,000キロほど飛んでみせるのだ(※3)、茶色い悪魔よ!」
 イナゴ「……(ゴシゴシ)」
 審判のおっちゃん「おおッ、やっぱり女の人のイナゴは違うのお。おめかししとる」
 メ「キィー!!」

 わたしの放ったイナゴは、複眼をツルツルと撫でまわすばかりでまったく飛ぼうとしなかった。
 いろいろ諦めて、会場に用意された昼食をいただく。この田んぼでとれた新米を握った味噌おにぎり、野菜たっぷりの豚汁、焼きイモ、リンゴが素晴らしいことに食べ放題だ。棚田を見ながら豚汁をすすると「う、うめぇ……」とものすごく低いうめき声が出た。実は前の晩出張先のシンガポールを発ち、羽田に6時に着いてそのままここへ来たので、豚汁を細胞のすみずみまで沁みわたらせるオリンピックなら優勝する自信がある。
 そういえば採ったイナゴも食べるのかと思ったが、特にその様子はない。中之条ではイナゴ食の習慣が途絶えたあと、減農薬の田んぼに復活したイナゴで遊ぶお祭りとしてイナゴンピックが行われるようになった。中之条町長さんも「ないものねだりせず、あるものに磨きをかけて発信する」と開会式で述べられていたが、イナゴを観光と地域の人たちの交流につなげようという目のつけどころが面白い。



昨年につづき2位入賞の佐伯さん(74匹捕獲)。陶製のメダルと副賞の新米を掲げる


 優勝かと思われた佐伯さんだが、なんと昨年の優勝者が92匹採っていて、昨年に続いての採集2位に甘んじた。上位者が固まってきた感はあるが、来年はイナゴ採り競争界に新星が現れるのか? それともおばあちゃんのカムバックなるか、今後も目が離せない。



バッタらしく跳躍する巨大イナゴ君


 イナゴ君は休む間もなく駆け回り、子供に網をかけられ、稲の刈り跡で子供たちをグルングルン回して大喜びさせたあと
「人間だよー!!!!!!」
と、唐突に人間宣言を行っていた。本当にお疲れさまでした。

 前野ハカセ、佐伯さん、イナゴ君……「バッタもん」といえば「怪しいもの」、「偽物」の意味で使われることが多いが、この「バッタ者」たちに共通するのは、みんな全力でカブいていることだ(イナゴ君は、ふだんは普通の方だと思うけれど……)。ひょうきんな顔のバッタには、関わる人をエンターテイメントに取りこむ怪しい呪力があるのだろうか。
 前野ハカセが相変異の謎を解いて、サバクトビバッタが「黒い悪魔」でなくなる日が来れば、佐伯さんがバッタの食用普及に成功すれば――アフリカでも平和なバッタ祭りが開かれるかもしれない。バッタのフンから作られた巨大仮面をつけて歌い踊る人々、そんな想像をしてしまう。そうしたらわたしも、今度こそ人々に混じってバッタ踊りを踊りたい。
「バッタ者」に、「バッタを愛し、バッタの魅力を万人に伝えるカブキ者」の意味が加わる日も近いのかもしれない。




2013/11/14 更新
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メレンゲが腐るほど旅したい メレ子の日本おでかけ日記 (P‐Vine Books)


『メレンゲが腐るほど旅したい メレ子の日本おでかけ日記』(P‐Vine Books)
今世紀最強のブサかわ犬はこの旅日記からはじまった。「わさお」をブレイクさせたブログ「メレンゲが腐るほど恋したい(通称:メレ腐)」の書籍化。

メレ山メレ子(めれやま・めれこ)

メレ山メレ子
1983年、大分県生まれ。会社員。旅の記録などをつづったブログ「メレンゲが腐るほど恋したい」で注目を集める。中でも青森県で出会った秋田犬に、「わさお」と名をつけて紹介したところ、大反響を呼ぶ。もともと生き物全般が好きだったが、2010年に訪れたベトナムで蝶の大群を見て虫に開眼。2012年にはアートフェス「TRANS ARTS TOKYO」にて「昆虫大学」というイベントを主催、2013年には第4回ニコニコ学会βシンポジウムにて「むしむし生放送」の座長を務め、ともに好評を得る。著書に『メレンゲが腐るほど恋したい メレ子の日本おでかけ日記』(P‐Vine Books)。
ブログ:http://d.hatena.ne.jp/mereco/

[作者より]
氷点下のドイツに行ってきます。ダニの消化液で発酵させるチーズを作っている小さな村に、ダニを讃える巨像が建っているそうです。楽しみです

 
 



※1 国際連合食糧農業機関 2013年3月26日付ニュース
http://www.fao.or.jp/detail/article/1041.html


※2 バッタの群れに食べられてしまった女性
実際には群生相のバッタが人を食べるようなことはなく、食べられたのは緑の服だけだったと考えられる。


※3 4,000キロほど飛んでみせる
1987年、サバクトビバッタの群れが一週間ほどかけて4,000キロも移動したという記録が残されている。