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びっくりするくらい元気な猫写真で人気の、台湾の写真家、猫夫人。
「猫村」こと猴硐(ホウトン)を有名にした、仕掛け人でもあります。
彼女の第一写真集『猫楽園』日本版(イースト・プレス刊/原題『台湾這裡有猫』)の
刊行に合わせて、2013年7月に東京で個展が開かれました。
滞在中にちょっと空き時間ができた猫夫人、多摩川沿いをお散歩しながら日本猫の撮影を行ないました。
その時の写真を、案内役を務めた浅生ハルミンさんと、
翻訳家の天野健太郎さんのエッセイとともにご紹介します。

(C)猫夫人

猫夫人と一緒に川岸へ行って、一緒に猫の写真を撮りました。猫夫人は小柄で髪の毛がきれいでとても可愛らしい女性なのですが、重くてごついカメラを首からぶら下げていて、しかも撮りたいアングルに合わせて重いレンズをすばやく取り替えたりして、腕っ節はたいそう力強いです。猫夫人は川岸でまどろんでいるノラ猫に「ミミー、ミミー」と話しかけます。初めて会ったのに、ずっと前から川岸の猫と知り合いみたいです。猫夫人のそばに猫がすぐに集まってきて、ゴロンとまどろみます。猫にしてみたら「すごく猫なつこい人間がきたぞ」と思っていることでしょう。もちろん猫だけにではなく、猫夫人はとても人なつこい笑顔のかたでもあります。

(C)猫夫人
猫夫人は猫の写真を撮るとき、地面にペタンと座ります。足をすっと前に伸ばして、上体を低く前に倒します。とても身体が柔らかくて、太極拳をしているように見えますが、それは健康のためではなく、なるべくカメラを低く構え、猫の近くに寄り、猫が観ているこの世界と交わるためなのかなと思いました。あ、猫もとても身体が柔らかいですね。
猫が川岸から水面のほうへ歩き出したとき、途中でつんつんした草を噛みました(猫はつんつんした草を噛んで、胃を刺激して体調管理をしているのです)。とても元気で可愛らしい瞬間です。私はシャッターチャンス! と思ってカメラを構えますが、猫夫人は見向きもしません。「どうして撮らないの?」と尋ねると、「当たり前すぎるから撮らないの」と猫夫人はきっぱり答えました。私にしてみたら猫、草ぼうぼうの川岸、元気なノラ猫、草を噛む、という光景が、東京ではだんだん見られなくなりつつある予感がしているのですが、台湾ではそうではないのだなあ。猫夫人の天真爛漫な笑顔がとても眩しかったです。青い空。今年初めての蝉の声がジージーと聴こえました。

(C)猫夫人
台湾と日本の猫事情の違い、というか台湾と日本の私の生活圏内での猫事情は、大らかさが違いをもたらしているのかもしれません。
というのも、今回、川岸の猫に会いに行くとき、目的地に着くなり猫夫人は小さなお店で猫のごはんをいくつか買おうとしました。猫夫人は猫の写真を撮りに行くとき、猫のごはんを持ってゆくそうです。でも日本、ことに人の多い都会では、猫のごはん配りボランティアのかた以外は、ノラ猫にごはんをあげることはよくないことと思われているふしがあります。そういう決まりがつくられてしまった町もあります。どうしてそんなことになってしまったのか、私はとても残念です。私が子どもだった頃は、ノラ猫も自由気ままに路地や野原を飛び回っているのがあたりまえの光景でした。猫と人間が仲良く暮らすためには、ルールを決めることよりもっと大切なことがあると思うので、私にはとても寂しいことのように思えます。

(C)猫夫人
なぜルールを決めないと仲良くできないのか、そのことをよく考えることをしなければと思います。だから「猫のごはんを買わなくっちゃ。お腹が空いてるかもしれないでしょ?」という、猫夫人の素直な言葉を聞いて、私は自分が子どもだった頃の、大らかな猫と人間の間柄を懐かしく思い出しました。そして、台湾はいいところなんだなあ、とも。
猫夫人は太陽の日だまりのようにあたたかく、大らかで、周りにいるひとを明るい気持ちにさせてくれます。ひとだけでなく、猫にも好かれます。だって猫は日だまりが大好きだからです。

(C)猫夫人


猫夫人近影。大好きな猫とカメラ
台北郊外のさびれた旧炭鉱町であった猴硐(ホウトン)を有名な猫村にしたのは彼女です。今でものら猫の保護や地元住民との共生を目指して、定期的にボランティア活動や観光イベントを行っています。今や台湾で猫と言えば、まっさきに猫夫人の名前と顔が浮かびます。
日本で初めての写真エッセイ『猫楽園』が刊行され、新宿にあるペンタックス・フォーラムで個展が開催されました(2013年7月17日~29日)。連日大盛況でしたが、とくにギャラリートークにはたくさんの人が集まり、猫愛と台湾愛にあふれる猫夫人のトークを、みなニコニコ笑顔で聴いていました。「日本人っておとなしいイメージがあるけれど、猫好きは違うの!」と、猫夫人もファンの方との交流を楽しんでいました。そうそう猫夫人もそうですが、彼女の飼い猫「花ちゃん」もすごい人気でした。


(C)猫夫人
東京滞在のわずかなオフを利用して、「猫ストーカー」浅生ハルミンさんが東京の猫を案内しました。「東京は都会すぎて、のら猫が少ない!」と、猫夫人が嘆いていたので、できるだけはじっこの多摩川へ行くことにしました(実際には神奈川県側河岸)。歩きながら、それに猫と遊びながら、猫夫人とハルミンさんは楽しくお喋りしました(通訳であるぼくも同行しました)。ハルミンさんは『猫楽園』を見て、どうして猫があんなに跳べるのか、その秘訣を知りたい! と意気込んでいたのですが、猫夫人の答えはにべもなく――「猫は普通、跳ぶでしょ?」

(C)猫夫人
食い下がるハルミンさんに、「きっと日本人がおとなしいから、遊んでもらってる猫も付き合っておとなしくなるんじゃない?」と、可愛い顔して容赦ありませんでした。たしかに猫夫人は、カメラを持っていてもいなくてもエネルギッシュで、日本側のスタッフも観客も、元気がうつるほどでした。当然猫だって……。

(C)猫夫人
おまけに、猫夫人はこんなことも言っていました。「猫を撮るとき、連続シャッターはほとんど使いません。一回押すだけ! 同じ猫を長い間追い続けているから、今跳ぶって、その瞬間がわかるの!」
台湾にも猫ストーカーはいたんですね。しかも猫夫人はずっと追いかけるだけじゃなく、プレゼント(エサ)もあげるし、猫じゃらしで一緒に遊んであげる。そうやって猫夫人から猫にうつった元気が、写真にも映っているんでしょう。
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(おわり)
2013/11/7 更新
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