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そのときは何でもなかったことが、後になって大きな意味を持つ。
そんな経験はありませんか? 
「嘘みたいな本当の話」はいつも、思いがけないところに潜んでいます……
「最後の発表」第2回、お届けします。




第108回発表


私が会ったなかで、いちばん粗忽な人の話

私の知らない世界#521

 ある日、近所の商店街に行こうとしたところ、母に「ついでに料理酒、買ってきてくれない?」と頼まれた。買ってきて、料理酒とそのレシートを渡した。
 またある日、足が痛くなり、念のため整形外科を受診した。当時、医療費は親が出してくれることになっていたので、整形外科と薬局の領収書を母に渡した。
 数日後、母が「今までの清算するね」と、メモと立替分のお金を渡してくれた。
 そのときのメモ。

 整形 ○○○○円
 薬   ○○○円
 酒   ○○○円

 計   ○○○円


 私はこんな怖い世界、知らない。


千葉県  吉丈月子



あとからぞっとした話

ラーメン or DIE#522

 駅前に焼肉屋ができた。ユッケが安いらしい。
 ユッケを食べたことがなかった私だが、彼氏に誘われて食べに行くことにした。
 準備万端で、夕飯時に駅前に到着した。
 でも、なんか、彼が言った。
「やっぱラーメンにしよう」
「えっ、なんで?」
「なんとなく」
 ラーメン食べて帰った。味は普通だった。

 それからしばらくして、テレビで食中毒を出した焼肉屋の若社長が土下座しているのを見た。

神奈川県  てぃやん



思いがけないところでまた会いましたね

思いがけないところでまた会いました#523

 妹から何冊か本を借りた。その中の一冊を読み始めた。
 「あれ?」と思った。「知ってる」のだ。
 なんとも不思議。初めて読む物語なのに「知ってる」。
 タイトルと作家には全く覚えがないのに「知ってる」。
 話の展開が分かるわけではないのに「知ってる」。

 何がなんだか訳が分からず混乱しながら、興奮しながら読んでいった。「知ってる」という感覚はずっと途切れなかった。

 六十頁まできたとき、あっと驚いた。そこの情景、その場面、明らかに「知っていた」のだ。
 ほんの五、六行、その部分のおかげで謎が解けた。謎が解けてもものすごく不思議で、同時になんだか感動してしまった。

 私は以前その部分を、英文で目にしていたのだ。
 昔、翻訳の通信講座を受講したことがあって、それは翻訳課題だったのだ。
 たった五行ほどのその文章、私にはとても魅力的で情景もありあり見えた。
 さて翻訳、見えてるものを日本語にしさえすればいい。
 ところが私には、その魅力がなかなか上手く伝えられない。
 悶々と苦しんだあげく、とうとう締め切り日が来てしまった。講座ギブアップとあいなった。

 見事な翻訳をなさっていたのは山際淳司さんです。お亡くなりになった直後でした。

兵庫県  エム



そこから入ってくる?

暇なオトコと開眼したハエ#524

 学生時代からの友人に、暇なオトコがおりました。
 初夏の暑い午後のこと。自室で寝転がっていると、1匹のハエが飛び込んで来た。
 オトコは部屋の窓もドアもすべて締め切り、密室をつくった。
 それから手に持ってたウチワで、ハエを絶対に壁にも天井にも家具にも留まれないよう、小一時間追い回したそうだ。

 ここで、ハエが開き直ったという。
 疲労困憊のハエは最後、オトコの机の真ん中に堂々と着地し「さーぁ殺せ! 勝手にしろ!!」とでも言いたげに動きを止めたそうだ。ウチワの柄のほうでチョンチョンと突いても動じなかったそうだ。

 人間界で最もバカな種類のオトコに「悟りの境地」を教えられたハエの物語でした。

東京都  ハエ男の知人



聞いたことのない音が聞こえた

心にもあったらいいな。#525

 静かな休日。
 あることで、ネガティブな思いが私の中に充満した。
 同時に掃除機のような機械音がすぐそばで鳴った。

 この部屋には私だけ。
 慄(おのの)いて目をやった先には、空気清浄機。
 私の汚らわしい感情を吸い取ってくれて、ありがとう。

大阪府  富屋雪毬


―第108回発表―


*次回:2014年5月22日(木)掲載

2014/05/15 更新
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『嘘みたいな本当の話みどり 日本版ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(イースト・プレス刊)
『マトグロッソ』で第31回~第55回、第66・67回に発表された145編に、田原総一朗、横尾忠則、立川談春氏ら8名の執筆陣による書き下ろし「あの人の『嘘みたいな本当の話』」8編を加えた全153作品を収録した304ページ。値段は第1弾と同じく1050円(税込)です。






『嘘みたいな本当の話 [日本版]ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(イースト・プレス 刊)
『マトグロッソ』で第1回から第30回に発表された149作品をすべて収録。さらに本家『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(ポール・オースター編)を翻訳された柴田元幸さんと、選者・内田樹さんの対談も加えた充実の336ページ! しかも値段は1050円(税込)!




募集要項

※締め切りました!

■テーマ
ご自分のストーリーはどのカテゴリーのものかを原稿に明記してご応募ください(複数応募可)。

1、犬と猫の話
2、おばあさんの話
3、マジックナンバーの話
4、ばったり会った話
5、戻ってくるはずがないのに、戻ってきたものの話
6、そっくりな人の話
7、変な機械の話
8、空に浮かんでいたものの話
9、予知した話
10、あとからぞっとした話
11、あのひと、高貴な方だったのね、という話
12、壮絶にまずい食べ物の話
13、終電車の話
14、私が会ったなかで、いちばんカラフルな人生を送った人の話
15、私が会ったなかで、いちばん物忘れのはげしい人の話
16、私が会ったなかで、いちばん粗忽な人の話
17、私が会ったなかで、いちばん酔っぱらっていた人の話
18、そのとき足の下にあったもの
19、聞いたことのない音が聞こえた
20、そこから入ってくる?
21、歯が折れた話
22、空中を飛んだ話
23、そのとき、「私はこの人と結婚する」と確信した
24、あいつだけはぜったいに許さない
25、自分がわりといい人だって、そのとき知った
26、思いがけないところでまた会いましたね
27、そのときベル(チャイムでも、呼び鈴でも、ノックでも可)が鳴って......
28、ここで寝てはいかん......と思ってはいましたが
29、それを忘れちゃ、おしまいでしょう
30、この人がいてよかった......としみじみ思いました
31、私にこんな才能があったなんて!

■字数
1000字以内。短い分にはいくら短くても構いません。「いきなり始まって、ぶつんとカット・アウト」でお願いします。

■応募方法
選択したテーマ、タイトル、氏名(筆名での掲載を希望する方は筆名も)、住所、メールアドレスを明記の上、上記「応募フォーム」よりお送りいただくか、郵送またはFAXにてご応募ください。
※発表時には、筆名とお住まいの都道府県名のみ公表させていただきます。尚、書籍化が決まった際にはあらためてご連絡をいたします。

【郵送先】
〒101-0051
東京都千代田区神田神保町2-4-7
久月神田ビル7F
株式会社イースト・プレス
「[日本版]ナショナル・ストーリー・プロジェクト」係

【FAX番号】
03-5213-4705

■応募資格
年齢・性別・職業・国籍は問いません。ただし、プロジェクトはあくまで「ジャパン」ですから、そのストーリーを通じて、日本の「何か」が浮かび上がるものであることが条件です。

■締め切り
※締め切りました!

■選者
ぼく(内田樹)と高橋源一郎さんが審査します。そのほか誰か「やってもいいよ」という奇特な人がいたら、その人にもお願いすることがあるかもしれません。

■発表
本サイトにて随時発表させていただきます。書籍化する(ことがあったら)収録させていただくことがあります。

■注意1
謝礼はお出しいたしません(すみませんね)。書籍化した場合は収録させていただいた方に一冊ずつ送らせていただきます。
※掲載された作品の著者権は株式会社イースト・プレスに帰属します

■注意2
原稿は返却いたしません。また、選考に関するお問い合わせには応じられません(「なんで落とした」なんて言われてもね)。

以上です。



『ナショナル・ストーリー・プロジェクト〈1〉』





『ナショナル・ストーリー・プロジェクト〈2〉』
(ポール・オースター 編/柴田元幸 他 訳/新潮文庫)




内田樹(うちだ・たつる)

1950年、東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授。武道と哲学研究のための学塾・凱風館を主宰するとともに、思想、文化、武道、映画など幅広いテーマで著作活動を行っている。07年『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)で小林秀雄賞を、10年『日本辺境論』で新書大賞を受賞。近著に『街場の文体論』『修業論』『街場の憂国論』『内田樹による内田樹』、共著に『荒天の武学』『聖地巡礼ビギニング』『一神教と国家』『街場の五輪論』など。

高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)