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図書館で、街中で、家の中で……
あなたも思いがけず出会っているのかもしれません、不思議な出来事に。
「最後の発表」第3回はたっぷり7編、お届けします。




第109回発表


ばったり会った話

何千冊の中から#526

『極限の民族』、中学校の図書館でふと目に入ったタイトル。
 気になって本棚から抜いた。
 当時で30年前の本。カバーなんかもう無い。
 パラパラめくって、巻末の図書カードを見ると、そこには唯一、父の名が。

東京都  庄内の民族



この人がいてよかった……としみじみ思いました

あんまりだ#527

 休日、買い物に出かけるときに通る信号の脇に、お巡りさんが立つようになった。
 風の日も、ものすごく寒い雪の日も、すっと背筋を伸ばし信号無視の車を厳しく見張っている。
 誰でもそうだと思うけど、はじめは「嫌だな」「鬱陶しいな」と思いつつ、仕方なくスピードを落として通りすぎていた。でもあるときたまたま顔を見たら、なんと! 凛々しくも美しい顔。
 目深に被ったヘルメットの下の、俳優の滝沢秀明君のような涼しげな瞳と一瞬目が合った。口許もかすかにほころんだ。
 その瞬間、胸の奥がきゅんとなった。

 以来、何も変わったことのない繰り返しの毎日に、ぽっと小さな灯がともった。そうだよなあ、小説に出てくるみたいなかっこいい刑事じゃなくて、こういう地味な労働が日本を根底から支えているんだよ。 
 お巡りさんガンバレ。いつかは出世できるから。私は絶対にスピード違反しないよ。交通事故も信号無視もやらないから。
 通る度に心の中で声援を送った。私も一生出世できそうにないけど、がんばる。ずっと、いてね。年度が変わっても異動しないでください。

 そんなある日。工事で道が混んでいて、のろのろ運転を強いられた。そうだチャンスだと思い、顔をよく見た。
 その瞬間「ぎゃっ、な、なんじゃこりゃー!」叫びそうになった。へのへのもへじ! それも太マジックで、ごいごいと書き殴ったみたいな。ど、どこがタッキー!? おまけに歯を剥き出してる。

 もしかして……人形? 半年間、人形に向かって精一杯のエールを送り続けた……。
 少しでも前向きに生きようと、あのお巡りさんに負けないよう、背筋を伸ばして生きようとがんばってきた……。

 警察も罪なことをしたもんよ。

長野県  ぱりぱり



おばあさんの話

無人スタンド#528

 爺さんも死んだので、余った野菜は自宅前の床几(しょうぎ)に置く。
 貯金箱に100円入れて、持ってってくれればいい。
 ハマさんの悩みは、お金が余分に入ることだった。
 「余分にお金を入れないで」と貼紙をした。
 その翌朝から、お金がさらに増えた。
 貯金箱を隠し、「日曜はタダ」と書いて花見に出かけて帰宅すると、土間にたくさんのコインが散らばっていた。
 入口の障子に開けてある、ツバメの通り穴から投入されたらしい。
 ハマさんは地団駄を踏んだ。

静岡県  触男



戻ってくるはずがないのに、戻ってきたものの話

時計の針#529

 23時に寝て、起きたら目覚まし時計が22時を指していた。
 丸1日寝ていたらしい。

東京都  紫乃



おばあさんの話

世界を救わなかったおばあちゃん#530

 世界がなくなればいいのに。
 そんなぼんやりとした思いを振り切るように走っていたある朝のこと。
 私は目が覚めるといつも通りミズノのジャージに着替え、親戚宅を出た。つづら折りの坂道を駆け下り、漱石の銅像を横目にかわして一気に駅前の横断歩道を渡ろうとした。が、あいにくその日の信号は赤であった。
(ツイてない……ここの信号、押しボタン式でつかまると長いんだよな)
 急に周りの視線が気になり始めて、駆け足が鈍った。きまりの悪い足踏みになった私に漱石の尻目が追い打ちをかける。弱り目に祟り目とはこのことかと思った。
 何台もの車が目の前を通り過ぎ、排気ガスの臭いに気分が悪くなってくる。
(世界がなくなればいいのに)
 私は、黄色い四角に鮮やかに映える丸い赤のボタンを見て
(じゃあこのボタンがもし核兵器のスイッチだったら?)
 と考えた。
 途端に私はボタンが押せなくなって、誰かが代わりに押してくれるのを待った。
 すると道路を挟んで向かい側の歩道右方向から、まだ足取りのおぼつかない男の子が右手を高々と掲げ走ってくるではないか。
(腕白大統領のお出ましだ)
 私は思った。
 後からその男の子のおばあちゃんと思われる初老の女性が、慌てた様子で追いかけてきた。
(果たして首席補佐官は血迷った大統領を止められるのか)
 私はノッていた。
 あと一歩でボタンに手が届く、というところで男の子はおばあちゃんに抱きかかえられた。
(世界はいま、このおばあちゃんに救われたんだな)
 私が安堵し、世界が安堵しかけた次の瞬間であった。
 時計盤で十一時の方向にあった男の子の指が九時の方向に下がる。おばあちゃんはニコニコと男の子を促した。
 ボタンは押され、世界は滅びた。
(なんじゃそりゃ)
 私は頭の中で起こった矛盾にひとりツッコミを入れた。
 信号は青になり、私はまた走り出した。

東京都  三四郎



そこから入ってくる?

クワガタ#531

 小学校低学年の頃、とにかく虫が大好きで、近くの林に行っては、カブトムシ、クワガタ、カミキリムシなどを採ってきて、飼っていました。
 夏の暑い日、学校で虫眼鏡を使った授業があり、黒い紙に虫眼鏡で光を集めると燃えることを知りました。
 帰宅してふと見ると、クワガタも黒い。虫眼鏡であぶってみました。
 当然煙を出してクワガタは動かなくなり……2階のベランダから隣の草むらに投げ捨てました。

 翌日そんなことはすっかり忘れて玄関を出ると、そこに昨日のクワガタが歩いていました。
 クワガタが恨んで出てきたようで、ゾッとして逃げるように出かけました。
 それ以来怖くなり、虫を飼うのをやめました。

東京都  所沢ひろき



この人がいてよかった……としみじみ思いました

シングルマザー宣言#532

 恋愛→結婚→妊娠→出産→育児→不和→喧嘩→離婚。
 というありきたりなルートを辿って、シングルマザーになった。
 ありきたりな割には、けっこうしんどかった。

 シングルマザーになってしばらくして、久しぶりに高校時代の友人に会った。
 その頃には慣れきっていた“シングルマザー宣言”をすると、彼女は特に驚きもせずにあっさりこう言った。
「あぁ、そう、本当になったのね」

 どうしてそんな言葉が出てきたのか。
 彼女に理由を訊くと、怪訝な顔をして説明してくれた。

「高校のときいつも言ってたじゃない。
『子どもを持って、母親になってる自分はイメージできる。
 でも夫を持って、妻になってる自分はイメージできない。
 将来は結婚せずに子どもを育ててるかもしれない』
 その通りになっただけのことでしょう?
 あなたならそうなっても大丈夫だなって、その頃から思ってたし」

 そんなことを高校生の自分が言っていたとは、きれいサッパリ忘れていた。
 彼女に思い出させてもらったおかげで、気分もきれいサッパリになった。

 かつての自分の予言通りになったいまの生活を、私はとても気に入っている。

千葉県  juiten


―第109回発表―


*次回:2014年5月29日(木)掲載

2014/05/22 更新
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『嘘みたいな本当の話みどり 日本版ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(イースト・プレス刊)
『マトグロッソ』で第31回~第55回、第66・67回に発表された145編に、田原総一朗、横尾忠則、立川談春氏ら8名の執筆陣による書き下ろし「あの人の『嘘みたいな本当の話』」8編を加えた全153作品を収録した304ページ。値段は第1弾と同じく1050円(税込)です。






『嘘みたいな本当の話 [日本版]ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(イースト・プレス 刊)
『マトグロッソ』で第1回から第30回に発表された149作品をすべて収録。さらに本家『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(ポール・オースター編)を翻訳された柴田元幸さんと、選者・内田樹さんの対談も加えた充実の336ページ! しかも値段は1050円(税込)!




募集要項

※締め切りました!

■テーマ
ご自分のストーリーはどのカテゴリーのものかを原稿に明記してご応募ください(複数応募可)。

1、犬と猫の話
2、おばあさんの話
3、マジックナンバーの話
4、ばったり会った話
5、戻ってくるはずがないのに、戻ってきたものの話
6、そっくりな人の話
7、変な機械の話
8、空に浮かんでいたものの話
9、予知した話
10、あとからぞっとした話
11、あのひと、高貴な方だったのね、という話
12、壮絶にまずい食べ物の話
13、終電車の話
14、私が会ったなかで、いちばんカラフルな人生を送った人の話
15、私が会ったなかで、いちばん物忘れのはげしい人の話
16、私が会ったなかで、いちばん粗忽な人の話
17、私が会ったなかで、いちばん酔っぱらっていた人の話
18、そのとき足の下にあったもの
19、聞いたことのない音が聞こえた
20、そこから入ってくる?
21、歯が折れた話
22、空中を飛んだ話
23、そのとき、「私はこの人と結婚する」と確信した
24、あいつだけはぜったいに許さない
25、自分がわりといい人だって、そのとき知った
26、思いがけないところでまた会いましたね
27、そのときベル(チャイムでも、呼び鈴でも、ノックでも可)が鳴って......
28、ここで寝てはいかん......と思ってはいましたが
29、それを忘れちゃ、おしまいでしょう
30、この人がいてよかった......としみじみ思いました
31、私にこんな才能があったなんて!

■字数
1000字以内。短い分にはいくら短くても構いません。「いきなり始まって、ぶつんとカット・アウト」でお願いします。

■応募方法
選択したテーマ、タイトル、氏名(筆名での掲載を希望する方は筆名も)、住所、メールアドレスを明記の上、上記「応募フォーム」よりお送りいただくか、郵送またはFAXにてご応募ください。
※発表時には、筆名とお住まいの都道府県名のみ公表させていただきます。尚、書籍化が決まった際にはあらためてご連絡をいたします。

【郵送先】
〒101-0051
東京都千代田区神田神保町2-4-7
久月神田ビル7F
株式会社イースト・プレス
「[日本版]ナショナル・ストーリー・プロジェクト」係

【FAX番号】
03-5213-4705

■応募資格
年齢・性別・職業・国籍は問いません。ただし、プロジェクトはあくまで「ジャパン」ですから、そのストーリーを通じて、日本の「何か」が浮かび上がるものであることが条件です。

■締め切り
※締め切りました!

■選者
ぼく(内田樹)と高橋源一郎さんが審査します。そのほか誰か「やってもいいよ」という奇特な人がいたら、その人にもお願いすることがあるかもしれません。

■発表
本サイトにて随時発表させていただきます。書籍化する(ことがあったら)収録させていただくことがあります。

■注意1
謝礼はお出しいたしません(すみませんね)。書籍化した場合は収録させていただいた方に一冊ずつ送らせていただきます。
※掲載された作品の著者権は株式会社イースト・プレスに帰属します

■注意2
原稿は返却いたしません。また、選考に関するお問い合わせには応じられません(「なんで落とした」なんて言われてもね)。

以上です。



『ナショナル・ストーリー・プロジェクト〈1〉』





『ナショナル・ストーリー・プロジェクト〈2〉』
(ポール・オースター 編/柴田元幸 他 訳/新潮文庫)




内田樹(うちだ・たつる)

1950年、東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授。武道と哲学研究のための学塾・凱風館を主宰するとともに、思想、文化、武道、映画など幅広いテーマで著作活動を行っている。07年『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)で小林秀雄賞を、10年『日本辺境論』で新書大賞を受賞。近著に『街場の文体論』『修業論』『街場の憂国論』『内田樹による内田樹』、共著に『荒天の武学』『聖地巡礼ビギニング』『一神教と国家』『街場の五輪論』など。

高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)