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自分にとっては恥ずかしい体験… でもそれ、他人から見たらとっても
微笑ましいエピソードだったりします。
最後の発表」第4回、どうぞお楽しみください!




第110回発表


終電車の話

眠たくて、眠たくて。#533

 まだバブルの名残があった、新入社員時代の話。
 ほぼ毎日、先輩のオゴリで飲んでいた私は、地下鉄丸ノ内線、最終電車の常連だった。

 その日も、いつもの車両、いつもの座席にすべりこむや否や気持ちよく眠り込んだ。
 しかししばらくすると、どうも何かに引っ張られているような気がするのだ。
 ぼんやり目を開けると、隣の女性がものすごい形相で私の服をぐいぐい引っぱっている。
 一瞬で眠気が醒め、「や、やめてください!」と言うと、まわりの乗客がくすくす笑い出した。

 彼女が、私を引っぱっていたのではなかった。
 私が、彼女のストールを布団か何かと勘違いして必死で引っぱり、かぶろうとしていたらしいのだ。

 平謝りして許していただいたが、あれ以来、電車で爆睡はできなくなった。

和歌山県  竹光



戻ってくるはずがないのに、戻ってきたものの話

お気に入りの着物で#534

 母方の祖母は、私が高校受験を控えた年に亡くなりました。
 伯父家族と同居しておりましたが、亡くなる一年ほど前から病院暮らしに。 当初は糖尿病のため入院したものの、直接の死因は胃癌でした。
 末期は一切の食べ物を口にできませんでした。
 小さな氷を口に含ませてあげると、それはそれは嬉しそうな顔をしたそうです。
 葬儀のときには、交替で看病した親戚たちが「最後に好きな物を食べさせてあげたかった」と、口々に話していました。

 さて、初七日も過ぎたある日のこと。
 ようやく生活も平常ペースに戻り、伯母は久しぶりに近くのスーパーへ買い物に行ったのだそうです。
 すると、八百屋さんに「よかったわねぇ! お宅のおばあちゃん、元気になられて」と、声を掛けられたといいます。
 八百屋さんが人違いをしているのだと思い、伯母は会釈を返しただけでその場を通り過ぎました。でも、何か変だなと感じたそうです。昔からの知り合いが、おばあちゃんを見間違えるなんて珍しい事… と。
 そしてその後、肉屋、乾物屋、と、行く先々で、やはり言われたのだそうです。
「長い入院だったけど、退院なさったの?」と。

 詳しく聞いてみると、数日前に買い物かごを腕に下げた祖母が、ニコニコしながら店内を歩いていたというのです。八百屋さんも、肉屋さんも、乾物屋さんも、会話こそしなかったものの、顔を見て会釈をしたそうです。
 もちろん、皆さんが見たのは同じ柄の着物を着た祖母でした。皆さんが口をそろえて説明する着物は、確かに祖母が好きだったものの1枚でした。

「うちのおばあちゃんに間違いない」
 伯母は確信したそうです。
 そして、初七日が過ぎたばかりだと説明したときの、お店の方々の驚きようと言ったらなかったと語っておりました。
 一年以上入院の末病院で亡くなった祖母を、複数の人たちが、ほんの数日前のほぼ同時刻に見たという事実。

 不思議なことがあるものです。

愛知県  河合登茂子



犬と猫の話

狩の時#535

 ある夏の日、突然セミの鳴き声が部屋に響き渡った。
 しかも、鳴き声はあちこちに移動しながら聞こえてくる。
 声を追いかけてみると、鈴ちゃん(ネコ)がセミを咥えて走り回っている。
 わたしが見つめると、警戒した。

兵庫県  ひまさく



戻ってくるはずがないのに、戻ってきたものの話

危機管理は万全に#536

「入っているアドレスも、写真も復旧することはできません。残念ですが」
 ある日突然ガラケーが作動しなくなり、慌ててショップへ持って行くとこう言われた。死亡宣告である。
 未練がましく持って帰り、「ちょっと~頼むわ~」と撫でさすって話しかけていると、蓋を閉じるでも開け切るでもなく、九十度にした瞬間に電源が入った。
 その状態で充電、必要各所へのメール、必要データのパソコンへの移し替えなどを完遂し、赤子を抱えるようにして翌朝ショップへ走ったのは言うまでもない。

大阪府  カノープス



壮絶にまずい食べ物の話

みやちゃん#537

 会社でお茶当番を順番にしていた。
 私はいつもコーヒーをブラックで飲んでいたが、その日は当番の、少しだけ先輩のみやちゃんに、「ちょっとだけ甘めにして」と頼んだ。
 みやちゃんは優しく微笑んで、「疲れてるんだねえ、いいよお」と給湯室に消えた。
 やがて運ばれてきたコーヒーは、コーヒーの色をした砂糖の泥水だった。
 かきまぜようとしてスプーンが立った。
 な、なんだこれは… カップの半分以上が砂糖じゃんか!
 おそるおそる見上げると机の脇にみやちゃんが立って、微笑んでいる。
「どう、美味しい?」
「う……」
 その笑顔に見守られて、私はコーヒー味の砂糖をすくっては食べ、すくっては食べた。彼女は最後まで、カップが空になるまで見守っていてくれた。
 後でほかの先輩が、「だめだよお、彼女に甘めなんて頼んじゃ。もんのすごい甘党なんだから。みやちゃんにとっては“ブラック”で砂糖三つが当たり前なんだから」
 それを早く言ってくれ!
 以来、彼女はどんなにお願いしても、絶対にカップ半分以下の砂糖でコーヒーを入れてはくれなくなった。

 トイレに入っていると、隣の給湯室から音がする。
 ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん……。コーヒーに角砂糖を落とす音がえんえんと……。みやちゃんの当番だ。

長野県  ぱりぱり


―第110回発表―


*次回:2014年6月5日(木)掲載

2014/05/29 更新
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『嘘みたいな本当の話みどり 日本版ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(イースト・プレス刊)
『マトグロッソ』で第31回~第55回、第66・67回に発表された145編に、田原総一朗、横尾忠則、立川談春氏ら8名の執筆陣による書き下ろし「あの人の『嘘みたいな本当の話』」8編を加えた全153作品を収録した304ページ。値段は第1弾と同じく1050円(税込)です。






『嘘みたいな本当の話 [日本版]ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(イースト・プレス 刊)
『マトグロッソ』で第1回から第30回に発表された149作品をすべて収録。さらに本家『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(ポール・オースター編)を翻訳された柴田元幸さんと、選者・内田樹さんの対談も加えた充実の336ページ! しかも値段は1050円(税込)!




募集要項

※締め切りました!

■テーマ
ご自分のストーリーはどのカテゴリーのものかを原稿に明記してご応募ください(複数応募可)。

1、犬と猫の話
2、おばあさんの話
3、マジックナンバーの話
4、ばったり会った話
5、戻ってくるはずがないのに、戻ってきたものの話
6、そっくりな人の話
7、変な機械の話
8、空に浮かんでいたものの話
9、予知した話
10、あとからぞっとした話
11、あのひと、高貴な方だったのね、という話
12、壮絶にまずい食べ物の話
13、終電車の話
14、私が会ったなかで、いちばんカラフルな人生を送った人の話
15、私が会ったなかで、いちばん物忘れのはげしい人の話
16、私が会ったなかで、いちばん粗忽な人の話
17、私が会ったなかで、いちばん酔っぱらっていた人の話
18、そのとき足の下にあったもの
19、聞いたことのない音が聞こえた
20、そこから入ってくる?
21、歯が折れた話
22、空中を飛んだ話
23、そのとき、「私はこの人と結婚する」と確信した
24、あいつだけはぜったいに許さない
25、自分がわりといい人だって、そのとき知った
26、思いがけないところでまた会いましたね
27、そのときベル(チャイムでも、呼び鈴でも、ノックでも可)が鳴って......
28、ここで寝てはいかん......と思ってはいましたが
29、それを忘れちゃ、おしまいでしょう
30、この人がいてよかった......としみじみ思いました
31、私にこんな才能があったなんて!

■字数
1000字以内。短い分にはいくら短くても構いません。「いきなり始まって、ぶつんとカット・アウト」でお願いします。

■応募方法
選択したテーマ、タイトル、氏名(筆名での掲載を希望する方は筆名も)、住所、メールアドレスを明記の上、上記「応募フォーム」よりお送りいただくか、郵送またはFAXにてご応募ください。
※発表時には、筆名とお住まいの都道府県名のみ公表させていただきます。尚、書籍化が決まった際にはあらためてご連絡をいたします。

【郵送先】
〒101-0051
東京都千代田区神田神保町2-4-7
久月神田ビル7F
株式会社イースト・プレス
「[日本版]ナショナル・ストーリー・プロジェクト」係

【FAX番号】
03-5213-4705

■応募資格
年齢・性別・職業・国籍は問いません。ただし、プロジェクトはあくまで「ジャパン」ですから、そのストーリーを通じて、日本の「何か」が浮かび上がるものであることが条件です。

■締め切り
※締め切りました!

■選者
ぼく(内田樹)と高橋源一郎さんが審査します。そのほか誰か「やってもいいよ」という奇特な人がいたら、その人にもお願いすることがあるかもしれません。

■発表
本サイトにて随時発表させていただきます。書籍化する(ことがあったら)収録させていただくことがあります。

■注意1
謝礼はお出しいたしません(すみませんね)。書籍化した場合は収録させていただいた方に一冊ずつ送らせていただきます。
※掲載された作品の著者権は株式会社イースト・プレスに帰属します

■注意2
原稿は返却いたしません。また、選考に関するお問い合わせには応じられません(「なんで落とした」なんて言われてもね)。

以上です。



『ナショナル・ストーリー・プロジェクト〈1〉』





『ナショナル・ストーリー・プロジェクト〈2〉』
(ポール・オースター 編/柴田元幸 他 訳/新潮文庫)




内田樹(うちだ・たつる)

1950年、東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授。武道と哲学研究のための学塾・凱風館を主宰するとともに、思想、文化、武道、映画など幅広いテーマで著作活動を行っている。07年『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)で小林秀雄賞を、10年『日本辺境論』で新書大賞を受賞。近著に『街場の文体論』『修業論』『街場の憂国論』『内田樹による内田樹』、共著に『荒天の武学』『聖地巡礼ビギニング』『一神教と国家』『街場の五輪論』など。

高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)