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内田先生からも選考結果がやってきました! その中からまずは10編をお届けします。
その国にはその国の、その人にはその人の“マイルール”。
だからいろんな国、そして人と交わるのは面白いんですよね。




第111回発表


戻ってくるはずがないのに、戻ってきたものの話

「ピエール・カルダン」「ローマの休日」「007」

#538

 私は商社に勤めていて、1985年9月に中近東クウェートに転勤した。
 当面必要な衣類や身の回り品をスーツケースに詰めて赴任し、家財道具は船便で送ったのだが、着任後1ヵ月経っても荷物が届かない。現地店に長く務めている総務担当のパレスチナ人のオッサンの説明によると、「運悪く」税関の検査に「引っかかって」止められているのだそうで、こうなるといつ受け取れるかは「神のみぞ知る(インシャラー)」だと言う。諦めて気長に待ったところさらに1ヵ月近く経ってやっと荷物が届いた。確かに段ボール箱は全て開梱され中身は乱雑に詰め込まれていたが、一見して破損したものは無いようだった。
 しかしその晩荷物の整理をしてみて、失くなっているものがあることに気付いた。3足入れたはずの「革靴」が1足しか無いのと、好きな映画を数本ビデオテープに録って入れた箱が無い。翌日さっそく総務のオッサンに言って問い合わせたところ、返って来た答えに驚いた。革靴はブランドが「ピエール・カルダン」で「イスラエル・ボイコット」に触れる「禁制品」なので没収されたのだという。この国では「コーラ」もペプシしか無いが、それはコカ・コーラがユダヤ資本だからだそうだ。ビデオテープのほうは「検閲中」だそうで風紀取締上問題あるものはやはり没収されるよ、とオッサンはニヤニヤしてる。中に『007』が2,3本あったはずなので、これはきっと引っかかるな、とガッカリした。
 1週間後ビデオテープが戻って来た。何と『007』は無事だったが、大好きな『ローマの休日』が没収されていた。「パラマウント」はユダヤ資本なのだ。
 家に帰って『007』を観て大笑いした。ベッドシーンはもちろん、女性が水着で登場する場面もすべて消されている。『007』でそのテのシーン消しちゃったら全然筋が追えないでしょ。

東京都  忙中有閑



犬と猫の話

親分、お願い致します#539

 庭に舞い降りた鳥を見た猫が、ちょっと私を振り返って「もらっていい?」と確認してから、おもむろに飛びかかった。猫なりに一応飼い主を立てたわけだ。よしよし感心、感心。
 次回は鷹揚に頷いてやろうとチャンスを待っていたら、TVを見ていた猫が、強そうなライオンが吠えている場面で振り返って、「どうぞ」と私を見た。

東京都  禅猫



ばったり会った話

世界は意外と狭いかも#540

 10年前にモロッコを旅したことがある。
 行く前にたまたま知り合った人が、先日モロッコに行って来たという。
 いろいろ話を聞くうちに、迷路の街といわれるフェズではガイドを雇って案内してもらった、そんな話も出た。

 間もなく私もモロッコに行った。
 フェズでは、ホテルの外で20~30人のガイドが客と交渉していた。
 私はホテルのフロントでハッサンというガイドを紹介してもらった。

 日本に帰ってから、モロッコ帰りの彼女に会いに行った。
 フェズのガイドの家で昼食をごちそうになったことを話すと、彼女は言った。「私もごちそうになったわ。でもその人は、気に入った人しか家に上げないって言っていたわ」

 「名前はたしかハッサン……」
 「えっ、私もハッサンだったわ」

 後日、出来上がった写真を持って行って見せた。
 同じハッサンだった。

鳥取県  みたなおみ



あとからぞっとした話

うちなー的観測#541

 沖縄出身の友達によれば、現地ではパチンコが本土よりアツいとか。
 最近、パチンコに入れ込んで破産した客が、通っていた店のトイレで首を吊るという事件が相次いでいるという。験を担ぐギャンブラーのことだから、それで客足が遠退くのかと思いきや、逆に盛況だという。
「店側も反省して今までよりは勝たせてくれるだろう」という読みらしい。

東京都  ひだりまき



そっくりな人の話

アッカンベーとK#542

 高校の倫理社会のテストで「アガペー」が正解のところ「アッカンベー」と本気で記入してきた生徒A君と、現代文の授業で漱石『こころ』に登場するKのことを「外国人ですか?」と本気で訊いてきた生徒B君は雰囲気が似ている。

三重県  イッコウ



壮絶にまずい食べ物の話

もんじゃ#543

 リビングの窓の向こうに野良猫がやってくるのが見えた。かわいいなと思ったら突然、背中を丸めて身体を震わせゲボゲボゲボー。コンクリートのポーチの上にゲロが丸く広がった。うわ~っと青ざめていたら、バサバサバサバサっとスズメが空からやって来て、何羽も何羽もそれに続き、何十羽というスズメが群がってものすごい勢いで吐瀉物をついばみ、ものの数分でキレイに片付けて一斉に飛び立って行った。
 思わず「ありがとう」と呟いてしまった。

神奈川県  森田祐子



あとからぞっとした話

ひとつだけの約束#544

 二十年前、結婚して住むところを探していた。友人にそのことを話すと彼の家の近くの不動産屋へ案内してくれた。
 真新しいビル一階のオフィスに入ると、パンチパーマにストライプのスーツを着て、重そうな金のブレスレットと大きな指輪をした、コントの不動産屋さんのようなオジサンが、僕らをソファーに促した。その足元にはトラの毛皮が……。
 元来ゲラの友人は、ズボンの膝がしらを両手で千切れんばかりに掴んで、笑いを押し殺している。

 そのオジサンは、どこからか空気の漏れるようなしゃべり方で、私の要望を聞くとファイル棚へと向かった。隣では、耐えかねた友人が涙を流して泣いていた。

 しかしオジサン、仕事はプロであった。ちょっと奇妙な矩形(くけい)ではあるけれど、マンションでは無く、平屋の、しかも極めて安い物件の見取り図を僕らに見せてくれた。間取も広い。関心を示す僕らに、オジサンはひとこと、広い部屋を指さしながら念を押した。

 「ただし、この部屋だけは絶対に開けないで下さい……」

東京都  今橋登夢



私が会ったなかで、いちばん物忘れのはげしい人の話

適切じゃない時間、適切じゃない場所#545

 深夜、よく飲みに行く女友達から携帯に電話がかかってきた。
 「もしも~しっ。こちら気持ちよく酔っ払っちゃいました!! これから三次会だからおまえも来い!!」
 「いま無理」
 「なんでよ~、付き合い悪いよ。いまどこ?」
 「福井県」
 「なんでそんな雪の中にいるんだよ。そこから東京にすぐ飲みに来いっ!(笑)」
 「おじいちゃんがさ」
 「うん?」
 「おじいちゃんがさ、亡くなったんだ。いま俺の横で棺に入ってる。夜、おじいちゃんがひとりで寂しくないように俺が棺の守してるんだ」
 「……あっちゃ~。もしかして、わたし、とんでもないときに電話しちゃった? ごめん、切るね」
 「うん」
 「本当にごめんね」

 翌日、昨夜の女友達から再び電話がかかってきた。
 「昨日さ、わたし、変な電話かけた?」
 「酔ってたんだから気にしてないよ」
 「うん、それがさ。とんでもないことしたっていうのは覚えてるんだけどさ、何がとんでもなかったのか覚えてないんだよね。なんだったっけ?」

神奈川県  送り人



私が会ったなかで、いちばん物忘れのはげしい人の話

ピザ#546

 学生時代、友人宅でお昼ごはんに宅配ピザを注文した。注文を終えると友人が「私、ピザにはジンジャーエールなんだよね」と言い出して、近所のコンビニに買いに行くことになった。

 私はダイエットコーラを買って、ジンジャーエールを持ったままお菓子を物色している友人を、マンガの立ち読みをしながら待っていた。

 支払いを終えた友人が、レジ袋をひょいと上げて笑顔で言った。
 「ジンジャーエールと一緒に冷凍ピザも買ったよ! 私、ジンジャーエールにはピザなんだよね!」

大阪府  ニコ



予知した話

未曾有の出来事#547

 臨月を迎えた私は、いつお産が始まるのかとても不安でした。初産は予定日よりも遅くなるのが普通だから、まだ大丈夫と周りから言われていたので、「そうなのかな?」と思いつつ、でも不安でした。

 ある真夜中の晩ベッドで寝ていると、太い男の人の声が聞こえました。とてもはっきりした声で

 「これから未曾有の事が始まる」

 と言いました。主人の声ではありません。実家に戻っていたので部屋には私ひとりです。
 いまの声はなんだったのだろうと考えているうちに、どうもお産が始まりました。そして、未曾有の出来事とはお産の事だとわかると、その後はとても冷静になり、淡々と入院の準備をし、病院へ向かい朝方には無事出産を終えました。

 あとから考えると恥ずかしいのですが、私は未曾有という言葉の意味も漢字も知らなかったのに、なぜか頭の中にその漢字と意味がスッと入ってきたのです。

東京都  Hitomi


―第111回発表―


*次回:2014年6月26日(木)掲載

2014/06/19 更新
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『嘘みたいな本当の話みどり 日本版ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(イースト・プレス刊)
『マトグロッソ』で第31回~第55回、第66・67回に発表された145編に、田原総一朗、横尾忠則、立川談春氏ら8名の執筆陣による書き下ろし「あの人の『嘘みたいな本当の話』」8編を加えた全153作品を収録した304ページ。値段は第1弾と同じく1050円(税込)です。






『嘘みたいな本当の話 [日本版]ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(イースト・プレス 刊)
『マトグロッソ』で第1回から第30回に発表された149作品をすべて収録。さらに本家『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(ポール・オースター編)を翻訳された柴田元幸さんと、選者・内田樹さんの対談も加えた充実の336ページ! しかも値段は1050円(税込)!




募集要項

※締め切りました!

■テーマ
ご自分のストーリーはどのカテゴリーのものかを原稿に明記してご応募ください(複数応募可)。

1、犬と猫の話
2、おばあさんの話
3、マジックナンバーの話
4、ばったり会った話
5、戻ってくるはずがないのに、戻ってきたものの話
6、そっくりな人の話
7、変な機械の話
8、空に浮かんでいたものの話
9、予知した話
10、あとからぞっとした話
11、あのひと、高貴な方だったのね、という話
12、壮絶にまずい食べ物の話
13、終電車の話
14、私が会ったなかで、いちばんカラフルな人生を送った人の話
15、私が会ったなかで、いちばん物忘れのはげしい人の話
16、私が会ったなかで、いちばん粗忽な人の話
17、私が会ったなかで、いちばん酔っぱらっていた人の話
18、そのとき足の下にあったもの
19、聞いたことのない音が聞こえた
20、そこから入ってくる?
21、歯が折れた話
22、空中を飛んだ話
23、そのとき、「私はこの人と結婚する」と確信した
24、あいつだけはぜったいに許さない
25、自分がわりといい人だって、そのとき知った
26、思いがけないところでまた会いましたね
27、そのときベル(チャイムでも、呼び鈴でも、ノックでも可)が鳴って......
28、ここで寝てはいかん......と思ってはいましたが
29、それを忘れちゃ、おしまいでしょう
30、この人がいてよかった......としみじみ思いました
31、私にこんな才能があったなんて!

■字数
1000字以内。短い分にはいくら短くても構いません。「いきなり始まって、ぶつんとカット・アウト」でお願いします。

■応募方法
選択したテーマ、タイトル、氏名(筆名での掲載を希望する方は筆名も)、住所、メールアドレスを明記の上、上記「応募フォーム」よりお送りいただくか、郵送またはFAXにてご応募ください。
※発表時には、筆名とお住まいの都道府県名のみ公表させていただきます。尚、書籍化が決まった際にはあらためてご連絡をいたします。

【郵送先】
〒101-0051
東京都千代田区神田神保町2-4-7
久月神田ビル7F
株式会社イースト・プレス
「[日本版]ナショナル・ストーリー・プロジェクト」係

【FAX番号】
03-5213-4705

■応募資格
年齢・性別・職業・国籍は問いません。ただし、プロジェクトはあくまで「ジャパン」ですから、そのストーリーを通じて、日本の「何か」が浮かび上がるものであることが条件です。

■締め切り
※締め切りました!

■選者
ぼく(内田樹)と高橋源一郎さんが審査します。そのほか誰か「やってもいいよ」という奇特な人がいたら、その人にもお願いすることがあるかもしれません。

■発表
本サイトにて随時発表させていただきます。書籍化する(ことがあったら)収録させていただくことがあります。

■注意1
謝礼はお出しいたしません(すみませんね)。書籍化した場合は収録させていただいた方に一冊ずつ送らせていただきます。
※掲載された作品の著者権は株式会社イースト・プレスに帰属します

■注意2
原稿は返却いたしません。また、選考に関するお問い合わせには応じられません(「なんで落とした」なんて言われてもね)。

以上です。



『ナショナル・ストーリー・プロジェクト〈1〉』





『ナショナル・ストーリー・プロジェクト〈2〉』
(ポール・オースター 編/柴田元幸 他 訳/新潮文庫)




内田樹(うちだ・たつる)

1950年、東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授。武道と哲学研究のための学塾・凱風館を主宰するとともに、思想、文化、武道、映画など幅広いテーマで著作活動を行っている。07年『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)で小林秀雄賞を、10年『日本辺境論』で新書大賞を受賞。近著に『街場の文体論』『修業論』『街場の憂国論』『内田樹による内田樹』、共著に『荒天の武学』『聖地巡礼ビギニング』『一神教と国家』『街場の五輪論』など。

高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)