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日比谷、市ヶ谷、四ツ谷、千駄ヶ谷、阿佐ヶ谷…そう、
東京は「谷」に満ちている! そのスリバチ状の地形に隠された、
ストーリーを紐解いていく。驚きと発見の町歩きに出かけよう。




東京の階段をめぐる
松本泰生


スリバチに階段はつきもの

 ありがたいことに数年前に皆川会長からじきじきにお誘いを頂戴し、以降、スリバチ・フィールドワークにときどき参加している。普段は都心部の階段を単独で見て回ることが多いが、大勢の会員の方と地形探索をしながら歩くのもまた楽しい。

 階段は当然、高低差のある場所にあるので、東京の場合、武蔵野台地の高台と、それを刻む川筋の低地との間に多い。スリバチ・フィールドワークは川によってできた谷戸やと地形の探索が中心なので、そのフィールドと階段の所在地はかなりの部分で重なる。実際、スリバチ・フィールドワークに参加するといくつもの階段に出会うし、私が以前から階段めぐりで訪ね歩いている場所が対象地であることも多い。スリバチに階段はつきものなのだ。



文京区大塚5丁目・音羽川周辺の階段


「階段ってなにが面白いんですか?」としばしば尋ねられる。私の場合、いつのまにか面白い、興味深いと感じていて、その理由を突き詰めて考えていなかったりするので、改めて尋ねられると答えに窮することも多い。

 私自身、都市計画という分野に籍を置いていることもあり、バリアフリーとか密集住宅地の災害時の危険性についてはそれなりに理解している。だから「階段は最高!」などと無邪気に叫ぶつもりはない。一個人の趣味として好きです、共感していただける方は御一緒に、という感じで、「布教」にはさほど熱心ではない。とはいえ、階段に興味を持っていただけるのは有り難いことなので、私がなぜ階段に「反応」してしまうのかを、今回は少し述べてみる。



姿形の個性や多様性を楽しみ、その理由を考える

 寺社参道の階段は古くから寄進などで整備され、立派なものが多い。公道の階段も近年は整備が進んでいる。だが私道上の階段は周辺の住民が自前で作ることが多いためか、非計画的なものが多い。斜面の高低差や傾斜、周辺の敷地状況に左右され、実にさまざまな規模や形のものが造られており、相当に急なものや、家屋の間を屈曲しながらすり抜けていくものなど、ひとつとして同じものはない。石やレンガ、ブロックなど多種多様な素材を手当たり次第に使ったセルフビルド感満載の階段もあれば、老朽化して段々が崩れたり雑草が生えたり苔むしたりした階段など、エイジングが進行して妙な個性を獲得している例も見られる。



大田区山王4丁目
厳島神社弁天池の谷へ下る階段。アパートの2階外廊下がつながっている



渋谷区円山町
左右のデザインが異なる階段


 奇妙な形の階段に出会うと、ついその形の面白さに反応してしまうが、そうなった理由を後から考えてみると、敷地や斜面の形状など、その場所が持ついくつもの条件に拠る形であることが想像され、意外に味わい深いことに気づく。

 ちなみに新宿区内の道路上の階段について、公道と私道の比率を算出したら71%が私道だった。都心では恐らく6~7割程度が私道上の階段なのだろう。私道上の階段には規格に合わせて設計された公道の階段にはない面白さがあり、やや画一化が進む東京の道のなかでそれらは記憶に残るものになっている。



文京区大塚5丁目のクランク階段
到達感や達成感を味わう


 スリバチ・フィールドワークでは、やや密集した住宅地内の迷路状の細道で階段に出会うことがしばしばある。そんなときは、階段を上って行って果たしてスリバチを抜けられるのだろうか、という期待と不安が混ざった心持ちで歩みを進める。谷から抜け出して、台地上のスリバチの縁に出られた時には、「抜けられた、高台側に出られた、脱出した」というプチ達成感というか到達感を得られる。逆に高台から谷底へ下って、歩いてきた道を振り返る際は、台地の片隅に刻まれた秘密の空間へ足を踏み入れたという緊張感を感じる一方で、谷底へ下りきって一息つく安堵感を得たりする。



中野区東中野5丁目
神田川近くから早稲田通り方面へ上る階段


 こうしてスリバチを実際に上り下りして疲労を感じると、「その土地のことを詳しく知っている」という、制覇した感覚が得られるが、その際に階段を使うことで、より高低差や景観が意識されて体験の充実度は高くなる。階段で斜面を上り下りする場合は「なんとなく」ということはなく、視覚的にも体験的にも明瞭にその高低や上下が意識されるのだ。



北区赤羽西4丁目
亀ヶ池の谷へ下る階段から赤羽台を望む



階段を歩いて地形を理解し記憶する

 地域の人だけが知るような階段のある道に入り込むと、自分も秘密を共有しているような感覚になる。車で通れる大通りではなく、歩かねば知ることがない町の裏手の道筋まで知っていることが妙な満足感につながるのも、階段探索のひとつの楽しみかもしれない。それは土地勘を持つということでもあり、町への愛着を深めることにもつながる。



文京区大塚5丁目の扇型アプローチ階段


 東京の町は低地側は往々にして密集した住宅地や商店街で、一方、高台側は景色の良い御屋敷町であることが多い。低地と高台をつなぐ階段は、このふたつのやや異なる町をつなぐものであると同時に、その存在によって両者を区切ってもいる。階段は高台と低地の境で、一種のゲート・結界になっているのだ。

 都心部の高低差は20~30m程度しかないので、地形のわずかな高低は自転車や徒歩でないと知覚しにくい。高台側と低地側を景観的に仕切っていた斜面緑地も減少し、両者の境界も分かりにくい。しかしそこに階段があるとそれが視覚的・体験的なサインになり、高台と低地が意識される。

 階段は土地の高低を顕在化するサインであり、分かりにくくなった地形を改めて知覚する手掛かりにもなる。長大な階段が複数あることは、そこが急傾斜地であることの反映だし、細く入り組んだ階段の存在は、その地域がやや密集した宅地であることの表れだ。地図を見ながら階段を上り下りすれば、スリバチ地形の全体像が記憶しやすくなる。



文京区大塚5丁目のジグザグ階段


 スリバチも階段も、その面白さや魅力は現場で複合的に理解されるもので、写真や地図だけでは理解しにくい。やはり実際に見て体験して感じるのがいちばんだ。百聞は一見に如かず。地図やスリバチ本などの書を持ってスリバチを訪ね歩こう。そこには階段との出会いもきっと待っている。



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【目次】下線の記事は、試し読みが可能です。

プロローグ スリバチとは何か?─赤坂・薬研坂  皆川典久(エピソード1~11も)
エピソード1 パーフェクトな窪地の町─荒木町、白金台、幡ヶ谷
エピソード2 谷町とギンザの意外な関係─戸越銀座
エピソード3 窪みをめぐる冒険─鹿島谷(大森駅)
エピソード4 スリバチ・コードの謎を解け─大久保、池袋
エピソード5 整形されたスリバチ─弥生2丁目、大森テニスクラブ、高輪4丁目
エピソード6 地形鉄のすすめ─銀座線、丸ノ内線、山手線、東急東横線、東急大井町線
エピソード7 肉食系スリバチとは─等々力渓谷、音無渓谷(王子駅)、東武練馬駅
エピソード8 地形が育むスリバチの法則とは?─白金、麻布台
エピソード9 公園系スリバチを世界遺産に!
エピソード10 神と仏の凹凸関係─麹町、清水坂、高輪
エピソード11 スリバチという名のパワースポット─明治神宮、おとめ山公園、清水窪弁財天、お鷹の道と真姿の池
エピソード12 川はどちらに流れる?─古隅田川、隅田川、利根川  佐藤俊樹
エピソード13 東京の階段をめぐる  松本泰生
エピソード14 私が暗渠に行く理由。  髙山英男
エピソード15 暗渠に垣間見る“昭和”─阿佐ヶ谷  吉村生
エピソード16 小盆地宇宙とスリバチ─若葉町・鮫河橋谷  上野タケシ
エピソード17 幽霊はスリバチに出る─谷中三崎町、池之端2丁目、高田1丁目、十二通り  中川寛子
エピソード18 地形で楽しむ不動産チラシ  三土たつお
エピソード19 人の目を通して感じる東京─新宿・思い出横丁、広尾-六本木  浦島茂世
エピソード20 「人工スリバチ」の因縁─ららぽーとTOKYO-BAY  大山顕
エピソード21 スリバチ散歩と地図  石川初
エピソード22 デジタル地図が拡張する地形の魅力  石川初
エピソード23 「東京の微地形模型」と地形ファン  荒田哲史
エピローグ スリバチ歩きは永遠に  皆川典久


2016/03/10更新
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『東京スリバチ地形入門』(イースト・プレス)

皆川典久(みながわ・のりひさ)

1963年群馬県生まれ。2003年にGPS地上絵師の石川初氏と東京スリバチ学会を設立。谷地形に着目したフィールドワークを都内各地で行う。2012年に『凹凸を楽しむ東京「スリバチ」地形散歩』(洋泉社)を、翌年には続編を上梓。また、町の魅力を発掘する手法が評価され、「東京スリバチ学会」として2015年にグッドデザイン賞を受賞。

佐藤俊樹(さとう・としき)
 
1963年生まれ。1989年東京大学大学院社会学研究科博士課程退学、社会学博士(東京大学)。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。職業上の専門は省略(^^。地形の凸凹と神さまの関わりに興味があります。春には桜惚けを起こします。

松本泰生(まつもと・やすお)
 
1966年静岡県生まれ。尚美学園大学講師・早稲田大学オープンカレッジ講師。都市景観・都市形成史研究を行う傍ら、90年代からの東京の階段を訪ね歩く。東京23区内にある階段を全て歩くことが現在の目標。著書『東京の階段?都市の「異空間」階段の楽しみ方』(日本文芸社)

髙山英男(たかやま・ひでお)
 
中級暗渠ハンター(自称)。ある日「自分の心の中の暗渠」の存在に気づいて以来、暗渠に夢中に。2015年に『暗渠マニアック!』(柏書房)を共著、『「地形を楽しむ東京「暗渠」散歩』(洋泉社)も一部執筆。本業は広告業で、『絵でみる広告ビジネスと業界のしくみ』(日本能率協会マネジメントセンター)などを共著。

吉村生(よしむら・なま)
 
暗渠界の住人。杉並区を中心に、縁のある土地の暗渠について掘り下げたり、暗渠のほとりで飲み食いをしたり、ひたすら暗渠蓋の写真を集めたり、銭湯やラムネ工場と暗渠を関連づけるなど、好奇心の赴くままに活動している。『暗渠マニアック!』(柏書房/共著)、『地形を楽しむ東京「暗渠」散歩』(洋泉社/分担執筆)。

上野タケシ(うえの・たけし)
 
1965年栃木県生まれ。一級建築士事務所上野タケシ建築設計事務所代表。建築設計の仕事以外に、ライフワークで「庭園」研究と夜散歩をする。共著に『快適で住みやすい家のしくみ図鑑』(永岡書店)、『イラストでわかる建築用語』(ナツメ社)。

中川寛子(なかがわ・ひろこ)
 
東京生まれの東京育ち。不動産、地盤、街選びのプロとして首都圏のほとんどの街を踏破している。茶人であり、伝統芸能オタクでもある。著書に『この街に住んではいけない』(マガジンハウス)、『ブスになる部屋、キレイになる部屋』(梧桐書院)、『解決!空き家問題』(ちくま新書)など。

浦島茂世(うらしま・もよ)
 
フリーライター、新潮講座「東京のちいさな美術館めぐり」講師。時間を見つけては美術館やギャラリーに足を運び、内外の旅行先でも美術館を訪ね歩く。著書に『東京のちいさな美術館めぐり』、『京都のちいさな美術館めぐり』(株式会社G.B.)など。

三土たつお(みつち・たつお)
 
1976年茨城県生まれ。ライター、プログラマー。地図好き。@nifty:デイリーポータルZなどに連載中。『地形を楽しむ 東京「暗渠」散歩』『凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩』(共に洋泉社)などに寄稿。好きな川跡は藍染川です。

大山顕(おおやま・けん)
1972年千葉県生まれ。フォトグラファー/ライター。1998年千葉大学工学部修了。著書に『工場萌え』『団地の見究』(いずれも東京書籍)、『ジャンクション』(メディアファクトリー)、『ショッピングモールから考える』(幻冬舎)などがある。twitter:@sohsai

石川 初(いしかわ・はじめ)
 
東京スリバチ学会副会長として、会長・皆川典久とともに東京の地形を巡る様々な活動を実践している。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。登録ランドスケープアーキテクト(RLA)。GPS地上絵師。東京大学空間情報科学研究センター協力研究員。日本生活学会理事。

荒田哲史(あらた・てつし)
 
神田神保町の建築専門書店、「南洋堂書店」店主。神保町で古地図や古文書に囲まれ、坂の多い文京区で凸凹を感じながら育ったことがきっかけで地形に興味を持つようになった。建築と地形の関係は密接であるので、何らかの提案を今後もしていきたい。