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森田一義ことタモリの本質を追求した『タモリ学』。
本書と連動し補完する、「大タモリ年表」はこちらです。
膨大な量ですので、気になるところからお読みください。





illustration by 小田扉


#1 1945年(0歳) ~1974年(29歳)
#2 1975年(30歳)~1980年(35歳)
#3 1981年(36歳)~1985年(40歳)
#4 1986年(41歳)~1997年(52歳)
#5 1998年(53歳)~2013年(68歳)
#6 2014年(69歳)~2015年(70歳)

#4 1986年(41歳)~1997年(52歳)


1986年(41歳)

▼1月1日、『新春異色バラエティ!「タモリの女5人と管理人」』(日本テレビ)放送。共演は篠ひろ子・大竹しのぶ・小泉今日子ら。
▼2月5日~28日、『総天然色立体バラエティ 赤塚ミュージカル・コメディショー』(博品館劇場)。ベストセラーとなった書籍『Sono・Sono』をもとに開催。
▼3月6日、『木曜スペシャル シャボン玉ホリデー』(日本テレビ)放送。ハナ肇とクレージーキャッツ結成30周年、『シャボン玉ホリデー』の開始25周年を記念した特別番組で、タモリはゲスト出演し、クレージーキャッツと「12番街のラグ」などを演奏。
▼3月21日、映画『スタア』公開。筒井康隆脚本。監督は内藤誠。原田大二郎・水沢アキ主演。タモリはヒットラー役。
▼モデル小説『笑っていいとも!殺人事件 名探偵タモリ誕生す』(田中雅美/サンケイ出版)刊行。
▼4月16日、映画『ジャズ大名』公開。筒井康隆の同名小説を映画化。監督は岡本喜八。タモリは夜鳴きそば屋でチャルメラを吹く役で特別出演。
▼5月24日、映画『片翼だけの天使』公開。監督は舛田利雄。二谷英明・秋野暢子主演で、タモリは主人公をトルコ風呂に誘う売れっ子カメラマン・白井完介役。
▼8月15日、『おもしろバラエティ歌と笑いの41年・戦後タモリ史・天才タモリ(秘)芸連発』(フジテレビ)放送。共演は原田芳雄・和田アキ子・佐藤慶・明石家さんま・小堺一機・所ジョージら。
▼9月15日、『いいとも』オープニングのタモリ登場前にビートたけしが乱入、タモリが唖然とする中、「ウキウキWATCHING」を歌う。当日のレギュラーは明石家さんまで、「BIG3」が揃い踏み。ちなみにたけしはこの頃『オレたちひょうきん族』(フジテレビ)の収録を「お化けが出た」などと遅刻・欠席していたが、その時よくアルタのタモリの楽屋を訪れていたという。
▼9月21日、LP『HOW ABOUT THIS』(ビクター)発売。タモリのセルフプロデュース作品。トランペットはもちろん、フルート・ピアノ・シンセサイザーなども演奏。ジャケットの写真のモデルにはなぜかストロング金剛が起用されている。CD版も同時に発売されたが収録曲が一部変更されている。
▼11月6日~、「読売新聞夕刊」の「人」のコーナーでタモリが3回にわたってインタビュー付きで特集される。芸能界には「笑わせようなんて考えてません」「まだなじめません」などと語っている。この頃、飼い猫は7匹。
▼10月31日、中村誠一と対談(『サックス吹きに語らせろ!』[新潮社]に収録)。音楽の特性を「時間を共有するもの」と語っている。
▼12月9日、ビートたけし「フライデー事件」。タモリはワイドショーの記者に「もし俺がたけしに何か言いたい事があるなら、会って直接話をする。だいたい、友達同士の大事な話を校内放送でするヤツはいないだろう」と答えたという。
▼12月、昭和61年度「ゆうもあ大賞」受賞。

1987年(42歳)

▼1月1日、『タモリ・さんまの新春!爆笑タッグマッチ』(日本テレビ)放送。共演は名取裕子・小川知子ら。
▼4月、『いいとも』レギュラーに笑福亭鶴瓶加入。
▼4月11日・18日、『今夜は最高!』に美空ひばり。86年に『徹子の部屋』で、ひばりが出たい番組として挙げたのがきっかけ。男性ゲストのひとりは、ひばりの希望で原田芳雄に。美空ひばりは「A列車で行こう」を歌う。タモリはひばりを「ジャズシンガーとして世界有数」と絶賛している[1]。ひばりが89年6月24日に急逝した際、急遽この回が再編集されて放送された。
▼4月13日、ドラマ『アナウンサーぷっつん物語』(フジテレビ)の第2話にゲスト出演。
▼7月18日~19日、『FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島』(フジテレビ)放送。日本テレビの『24時間テレビ』のパロディとして、1回限りの約束で明石家さんまと総合司会を務めた。全国各地の家族を山本晋也・片岡鶴太郎・所ジョージ・渡辺正行らが生リポート。オスマン・サンコンに鞍馬天狗の扮装をさせ、フジテレビそばの神社で行った「真夜中のサンコン探し」は視聴者の顰蹙を買った。深夜、フライデー事件謹慎明けのビートたけしが登場。
▼10月、『タモリ鶴瓶のおぼえてるでェ!』(フジテレビ出版)刊行。

1988年(43歳)

▼1月1日、『新春!タモリの爆笑!!お年賀騒動』(日本テレビ)放送。島田陽子・中森明菜・田代まさし・横山やすし・木村一八らが共演。
▼1月3日、『第1回タモリ・たけし・さんま BIG3 世紀のゴルフマッチ』(フジテレビ)放送。当時としても珍しい「BIG3」が揃った番組。タモリは高校生以来「あんな耳かきの大きいのを振り回して何が楽しいのか」とほとんどゴルフをやってなかったため、ハンデが与えられた。司会は逸見政孝(93年逝去したため、以降は川端健嗣)でナレーションを関根勤(3回、6回のみ松尾伴内)が務めた。「英語禁止ホール」など名企画が生まれる。毎年12月下旬の早朝に収録が行われるため、コースはカチコチ、寒いし眠いという。
▼3月、『今夜は最高!』の主要スタッフが大幅に入れ替わる。それに伴い、スケッチ(コント)要員に田口トモロヲが起用される。音楽は佐橋俊彦に。この少し前に、ディレクターとして『金曜10時!うわさのチャンネル!!』などの棚次隆が加わる。
▼3月31日、『フジテレビ30年史』(フジテレビ)放送。開局30周年特別企画として、秘蔵VTRを一挙公開する番組。明石家さんまが司会で、タモリはビートたけしらとともにトークゲストとして出演。
▼3月、カセットブック『タモリのシャーロック・ホームズ』(小学館)発売。脚本は津川泉。「まだらのひも」を朗読。
▼4月3日、関口宏司会で86年10月24日に始まった『ミュージックステーション』(テレビ朝日)の2代目MCに。最初のパートナーは中原理恵。
▼7月16日~17日、『FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島'88』(フジテレビ)放送。笑福亭鶴瓶とともに総合司会。タモリは1回限りの約束だったため最初は断ったが、さんまも引き受けたとスタッフに騙され渋々了承。しかし実はさんまは断っていたため、タモリは「裏切られた」と連日酒浸りに。
▼12月、「『現代用語の基礎知識』選 '88日本新語・流行語大賞」特別賞部門・人語一体傑作賞で「ユンケルンバ ガンバルンバ」が受賞。

1989年(44歳)

▼1月1日、『新春・タモリの忘れていませんか「年表の裏に埋もれてたユニークな庶民の戦後史」』(フジテレビ)。共演は島田紳助、木場弘子、鈴木史朗ら。
▼1月3日、『タモリ・たけし・さんま BIG3 世紀のゴルフマッチ』(フジテレビ)放送。敗れたタモリはたけし・さんまに散々バカにされた結果ゴルフを辞め、高視聴率にもかかわらず翌90年は放送休止となった。
▼4月、『いいとも』レギュラーにウッチャンナンチャン(~94年3月)、ダウンタウン(~93年3月)加入。
▼5月19日、『いいとも』「テレフォンショッキング」で当時ブームだった「一杯のかけそば」を「涙のファシズム」などと批判。ブーム終焉のきっかけのひとつとなった。
▼6月、広島経済大学で1日講師を務める。
▼6月10日、『NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体』(NHK)放送開始(~9月12日、全6回)。『NHK特集』を『NHKスペシャル』と刷新する際の目玉企画としてタモリを司会に起用。最先端の科学の成果をもとに、生命の神秘に斬新な映像表現で迫るドキュメント。音楽は久石譲。89年には書籍化され、03年4月にはDVD-BOXが発売された。
▼7月、六本木にうどん屋「都留庵(つるあん)」を、友人との共同経営でオープン。その後沼津で、もんじゃ焼き「太助」を経営。いずれも現在は閉店。
▼7月15日~16日、『FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島'89』(フジテレビ)放送。明石家さんまとともに総合司会。
▼10月7日、『今夜は最高!』最終回。終了の経緯として「田辺エージェンシーが憤り今後日テレへのタモリの出演はまかりならんと断言したことは事実」と髙平は語っているが、詳細は不明[2]
▼12月31日、『シャボン玉の消えた日~シャボン玉ホリデー・笑いにかけた青春物語~』(日本テレビ)放送。『シャボン玉ホリデー』でのエピソードを集めて構成されたドラマ・バラエティ。脚本は髙平哲郎。原作は青島幸男。青島幸男役に萩原流行、ハナ肇役に渡辺正行、谷啓役に小倉久寛、犬塚弘役に嶋田久作、植木等役は田口トモロヲ。タモリは大橋巨泉役!

1990年(45歳)

▼1月1日、ドラマ『源義経』(TBS)放送。東山紀之主演の大型時代劇。タモリは紙芝居屋役と語りで出演。
▼1月4日・5日、『いいとも』がハワイのハワイアン・リージェント(現ワイキキ・ビーチ・マリオット・リゾート&スパ)中庭から生放送。木曜、金曜レギュラーのウッチャンナンチャン・鶴太郎・鶴瓶らが出演。テレフォンショッキングのゲストはたまたま休暇で来ていたという研ナオコ・山田邦子。生放送中、後方でタヒチアンダンスが始まってしまい騒がしく何をやってもすべる空気で、誰も何もできない状態になった時にタモリが言った「誰かがやらねば!」が内輪で流行り、4月からの新番組『ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば!』のタイトルに転用された。
▼1月13日、映画『丹波哲郎の大霊界2 死んだらおどろいた!!』公開。タモリは裁判長役。ちなみに裁判官には明石家さんまも。
▼2月22日、「週刊文春」の妹尾河童「河童が覗いたトイレまんだら」(6月に単行本化)で、86年完成の目黒の自宅トイレが図解入りで紹介される。「トイレと台所にはこだわりました」というトイレは、ゲスト用と家族用のふたつ。「トイレは落ち着くから長い」らしい。ちなみにタモリは「ウンコのリズムを仕事ごときに乱されたくない」と『いいとも』本番前ギリギリにもトイレに行っていたところ、横澤から「本番直前の排便禁止」が言い渡される。タモリは「タレントに排便の自由を」「排泄は最後の人権」というプラカードを作り抗議。なお、この頃飼っていた猫はキムヨンスン、ぺぺ、ミーの3匹。犬の横山与助は少し前に事故で亡くなっていた。
▼4月14日、ラジオ『タモリの週刊ダイナマイク』(ニッポン放送)放送開始(~05年3月27日)。アシスタントは高橋良一(くり万太郎)・上柳昌彦、吉田尚記らが務め、特に上柳とのコンビは人気を博す。またタモリは番組前にスタッフを集め「やる気のある者は去れ」などと語ったという。
▼4月19日、『世にも奇妙な物語』(フジテレビ)放送開始。89年から放送されていた『奇妙な出来事』が深夜からゴールデンに進出する際、ストーリーテラーにタモリを迎えた。たびたびドラマ本編にもカメオ出演している。岩井俊二や中島哲也・石井克人など、その後映画界で活躍する監督も多数参加していた。番組はレギュラー放送(3期)終了後も「特別編」として、改編期などに現在も放送されている。また00年11月には映画化もされた。
▼4月23日、ドラマ『自主退学』(TBS)放送。私立高校で起こった、学校側による半強制的な「自主」退学の問題を描いたドラマ。主演のタモリは生徒から日常的に暴力を受けている教師役。サングラスではなく普通のメガネで出演している。
▼5月25日、有井和幸のシングルCD『せめて今夜だけは』のカップリング曲「くちづけはたそがれのメランコリー」の作曲を担当。
▼7月、ヨットの柱に額をぶつける事故。さんまから「ゴルフをやめてヨットを始めるからこんなことになるんや」などと揶揄されたこともあり、一時ヨットを辞めてしまったという。なお、タモリが初めて自分の船を手に入れたのは40歳過ぎ。42フィートのジャヌーだったという。
▼7月18日、CD『えっ!あの人がこんな歌を…。』(CBSソニー)発売。「タモリのワーク・ソング」収録。
▼7月21日~22日、『FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島'90』(フジテレビ)放送。司会からは降板し、以降ほぼ毎年、日曜の午前中の『いいとも!増刊号スペシャル』パートに出演。そこで「今が一番眠い時間だね」というのが定番に。
▼10月13日、『クイズ!タモリの音楽は世界だ』(テレビ東京)放送開始(~94年9月10日)。タモリ司会による音楽をテーマとした音楽・クイズ・バラエティ番組。坂田明・井上順・なかにし礼らが解答者で出演。第2期(95年4月~。タイトルから「クイズ!」がはずれる)には草彅剛も出演していた。タモリがトランペットを演奏することも。93年に書籍化。関連CDも発売されている。
▼10月29日、ドラマ『代議士秘書の犯罪』(TBS)放送。大滝秀治演じる代議士が老人性痴呆症になったのを隠し、選挙に挑む秘書ふたりを描いたドラマ。タモリは秘書役で主演。そのライバルの秘書役には藤井フミヤ(当時・郁弥)。
▼12月23日、『TAMORI One of Night!』(フジテレビ)放送。

1991年(46歳)

▼1月1日、『タモリ・たけし・さんま BIG3 世紀のゴルフマッチ』(フジテレビ)放送。一時ゴルフを辞めていたタモリが練習を再開したため2年ぶりに開催。タモリはこの日のために『いいとも』終了後毎日800打近くの猛練習を繰り返していた。この回からハンデを廃止。以降第10回(99年)まで続き、そのほとんどの回、タモリが優勝。
▼5月13日、ドラマ『不連続爆破事件』(TBS)放送。警察寮で爆発事件が発生、以前の企業爆破事件との関連をさぐる本格サスペンスドラマ。タモリは江口洋介とともに主演の刑事役。風俗好きという役柄でタモリのラブシーンがある。『自主退学』『代議士秘書の犯罪』から続いたタモリ主演のドラマシリーズは「『いいとも』終わりでやるから、収録に倍の日数がかかる」という理由で終了。『代議士秘書の犯罪』とともにビデオ化されている。
▼7月20日~21日、『FNSスーパースペシャル1億2000万人のテレビ夢列島'91』(フジテレビ)放送。21日昼の『お笑いビッグ3 闘いゴルフ対談』で明石家さんまの新車レンジローバーをビートたけしがブロック塀に衝突させる。ちなみにこのことにより、日本でレンジローバーが急速に認知されたという。三宅恵介は「なぜ日本でレンジローバーがこんなに売れているのか疑問に思ったランドローバー社が調査、さんまが原因とわかったためロンドンの本社にさんまを招いた」という逸話を『週刊フジテレビ批評』フジテレビ(12・7・7)で紹介している(さんまが実際に行ったかは不明)。
▼10月、『いいとも』で「タモリ・鶴瓶のFAXは最高!?」。視聴者からテーマに沿ったFAXを募集するコーナーだったが、最初に届いたFAXが全裸の男の写真。すぐにCMに行きコーナーも即日終了。タモリ「機械物使うと、必ずコーナー失敗する(笑)」[3]
▼10月16日、『ANN』25周年特番として『タモリのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)復活放送。

1992年(47歳)

▼2月20日、『いいとも』「テレフォンショッキング」で桑野信義が志村けんを紹介したところ「明日ゴルフなんですよ」と出演拒否。「出るわけにいかないですか?」とタモリが聞き直したが「明日天気いいもんで」と返す。「しょうがないな」とタモリは諦め、モト冬樹に変更された。友達紹介で電話して拒否されたのは他にも大瀧詠一、千昌夫らがいる。
▼2月21日、CD『珍品堂~はっ!あの人がこんな歌を…。』(アルファミュージック)発売。「演歌“けねし晴れだぜ花もげら”」収録。
▼4月3日、『タモリ倶楽部』で現在も続く人気コーナー「空耳アワー」の原型「あなたにも音楽を」放送。当初のパートナーは町山広美。7月3日から「空耳アワー」と名称が変更。日本語のように聞こえる外国語の歌を視聴者から募集し、イメージ映像を付け紹介するコーナー。「誰が言ったか知らないが、言われてみれば確かに聞こえる『空耳アワー』のお時間がやってまいりました」から、パートナーの「ソラミミスト」安齋肇を紹介する流れ。採用者には作品の出来に応じて特製のてぬぐいやジャンパーなどが贈られる。「ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」「嫁、ブサイクでした 嫁、ブサイクでした」など名作数知れず。
▼4月4日、『講演大王』(日本テレビ)放送開始。ゲストが20分間好きなテーマを講演したものをノーカット編集なしで放送するという番組。タモリは初回ゲストとして「わたしが各種行事に反対している理由と、ソ連邦崩壊の関連性」を講演。93年書籍化された。
▼5月、平成3年度 第29回 「ギャラクシー賞」奨励賞を『クイズ! タモリの音楽は世界だ』(6月度)が受賞。
▼6月、山田五郎著『百万人のお尻学』(講談社)刊行。『タモリ倶楽部』の「お尻オーディション」をきっかけに「お尻評論家」となった山田五郎がアカデミックにお尻を研究。タモリは「オッパイを表の文化とするなら、お尻は裏の文化ということになる」という帯文と「お尻の思ひ出」を寄稿。小学校時代の淡い思い出を綴っている。ちなみにタモリは「おっぱい星人」でもある。
▼10月14日、『タモリのボキャブラ天国』(フジテレビ)放送開始。以後、『タモリのSuperボキャブラ天国』(94年4月~)、『タモリの超ボキャブラ天国』(96年10月~)、『新ボキャブラ天国』(97年4月~)とタイトルや放送時間を変えながら続いた(タモリの司会は『超ボキャブラ天国』終了[97年3月19日]まで)。当初は視聴者投稿による格言や歌詞のダジャレ=ボキャブった作品を紹介し、「バカパク」「バカシブ」「インパク知」「シブ知」といったマトリックスで評価していた。『Superボキャブラ天国』からリニューアルされ、「キャブラー」と呼ばれる若手芸人が作品を披露、「ボキャ天ブーム」と呼ばれる若手芸人ブームに。キャブラーにはそれぞれキャッチフレーズがあり、「不発の核弾頭」爆笑問題、「電光石火の三重殺」ネプチューン、「邪悪なお兄さん」海砂利水魚(現くりぃむしちゅー)、「回転禁止の青春」U-turn、「汚れなき壊れ屋」松本ハウス、「地獄のスナフキン」金谷ヒデユキ、「戦慄の不協和音」フォークダンスDE成子坂、「遅れてきたルーキー」BOOMERなどが大ブレイク。主な審査員は大島渚・ヒロミ・川合俊一ら。なお『新~』以降はヒロミが司会を務めた。

1993年(48歳)

▼4月10日、福岡ドームの柿落としイベントとして「ドリームライブin福岡ドーム」開催。井上陽水、武田鉄矢、甲斐よしひろ、藤井フミヤ、財津和夫ら福岡出身歌手が集結して行われ、タモリはその総合司会を務めた。武田鉄矢曰く「タモリさん、後で急に司会やるって言い始めた。その時の名言が『いないと何言われるか分からない』」(『豪華テレビ』15・4・26)
▼4月21日、寺山修司トリビュートアルバムCD『失われたボールを求めて』発売。タモリによる寺山修司モノマネの「遠く天井桟敷から」収録。
▼4月22日、『if もしも』放送開始(~9月16日)。『世にも奇妙な物語』の流れを汲むオムニバスドラマで、1話ごとに分岐点が存在し、そこから枝分かれした2通りのストーリーをそれぞれ描くという異色シリーズ。ストーリーテラーはタモリ。岩井俊二が監督した8月26日放送の山崎裕太、奥菜恵主演『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』はテレビドラマながら第34回「日本映画監督協会新人賞」を受賞。翌年、新たに編集を加えたものが劇場公開された。
▼5月、『タモリ倶楽部』で初の鉄道企画「山手線ベルの旅」放送。これを境に、タモリの趣味を活かした企画が多く放送されるようになる。なお、06年2月には原田芳雄・向谷実らとともに鉄道好きのメンバーで「タモリ電車クラブ」を結成。くるりの岸田繁・元鉄道員の田中要次・六角精児・越中詩郎とメンバーは回を追うごとに増加。タモリは「線路は分岐」「モノレールは鉄道とは認められない。あの咥えてる感じが嫌」などのこだわりがある。電車に乗るときは車窓を眺めるために一番前に。「子供と場所の取り合いになる(笑)」[4]
▼12月31日、『帰ってきた笑いのヒーローたち』(日本テレビ)放送。タモリ出演。

1994年(49歳)

▼4月、『いいとも』レギュラーにSMAPの中居正広、香取慎吾が加入。当時のふたりの印象をタモリは「いやもう高校生を見るようだったよ。なんにもできなくて立ってるだけだった。でも無理ないよ。『いいとも』出てるメンバーって錚々たる人たちでしょ。バラエティにバッと入れられたら分からないよ」と述懐している[5]
▼4月12日、『ジャングルTV タモリの法則』(TBS)放送開始(~02年9月17日)。タモリ司会、関根勤・ナインティナイン、また当初は伊集院光もレギュラーだった。女性レギュラー(渡辺満里奈・新山千春・佐藤仁美・小池栄子)も各時期に1名起用されていた。人気コーナー「ジャングルクッキング」では「料理の帝王」としてタモリが得意の料理を披露していた。
▼9月17日、『タモリのギャップ丼』(テレビ東京)放送開始(~12月24日)。世代や性別の違うパネリストたちが様々な話題でトークを展開し、そのギャップを楽しむトークバラエティ番組。飯島愛らが出演。
▼『投稿!特ホウ王国』(日本テレビ)の秋特番で、審査員長としてゲスト出演。
▼12月6日、『いいとも』を小型一級船舶操縦士免許の学科試験のため欠席。司会代行は片岡鶴太郎と久本雅美。

1995年(50歳)

▼1月1日、『タモリ・陽水の大人のお正月』(テレビ朝日)放送。奥田民生に釣りを習ったり、井上陽水の希望でクイズ企画を行った。
▼1月26日、『いいとも』を小型一級船舶操縦士免許の実技試験のため欠席。司会代行は笑福亭鶴瓶。なお、試験は一発合格。
▼2月20日~23日、『タモリのジャズスタジオ』(NHK衛星第2)放送。大西順子とともに司会進行。ジャズの名演と、それにまつわるエピソードを紹介する番組。ゲストは清水ミチコ、ピーター・バラカンら。
▼6月16日、『タモリ』『タモリ2』がCDで再発。
▼9月、「週刊宝石」9月21日号に「カツラ疑惑は本当か?」の記事。記者がタモリの髪の毛を引っ張り、カツラでも植毛でもないことが確認される。なお、カツラ疑惑は90年頃に髪型を変えた後に浮上し、明石家さんまが雑談コーナーでネタにしたことで急速に広まった。田辺エージェンシーに「どこのメーカーのものを使っているのか」という問い合わせまであったという。髪質は非常に柔らかい細いネコ毛。なお、一時期、メイクさんの計らいで後頭部の毛の薄いところを黒く塗っていたことを最近になって自ら告白している。ちなみに「ワキ毛はオバQ」のように薄いという。
▼10月、『いいとも』レギュラーにナインティナイン(~97年3月)、SMAPの草彅剛加入。当時を振り返って草彅「周りがお笑い怪獣ばかりで何にも話せなくて、タモリさんに『どうしたらいいですか?』って訊いたら『お前はそのままでいいんだ』って。ホントそのまま何もしゃべらないで18年半(笑)」[6]
▼10月、夢枕獏 編の書籍『奇譚カーニバル』(立風書房)発売。「ハナモゲラ語の思想」収録。これは77年、雑誌「面白半分」(編集長は交代制で、当時は筒井康隆)に発表された、タモリによる同名連載の第3回目にあたるものだったが、文字は一切なく白紙。タモリが〆切に遅れたため、そのまま白紙で出したという経緯だったが、夢枕獏は「これ以上突き抜ける所のない実験小説」と賞賛。
▼12月30日、『赤塚不二夫とトンデモない仲間達!!』(テレビ東京)放送。還暦を迎えた赤塚不二夫のドキュメントで、ナレーションにタモリ。還暦パーティでのタモリの挨拶も放映。
▼この年から4年半、現・イワイガワの岩井ジョニ男が運転手兼付き人を務める。付き人になるため1ヶ月間自宅に通い続けたがタモリに「この世界はフィーリングだから、どんなに面白くても嫌われる奴はダメで、どんなにつまらなくても好かれる奴は成功する。それを君に教えることはできない」と断られる。しかしその翌日も来宅し、「昨日言ったこと分かった?」と呆れられるも、それから19日間通い続けタモリが根負けした。遅刻をしても怒らないが、タモリ自身が道に詳しいため、道を間違えたり、渋滞する道に入るとこんこんと説教されたという。月給は13万円で、1年毎に1万円昇給。岩井はタモリがあわや死にかける原因を作ったこともある。タモリが真冬の夜にボートに乗ろうと、東京湾の岸壁に手を付き後ろ向きにボートに足を入れたところ、そのまま離岸(岩井がロープで船止めに固定するのを忘れていた)。うつ伏せの形で両手足が伸びきったタモリは東京湾に転落。スーツの上に着込んだコートが水を含み身動きが取れなくなったが、「助けて!」と叫ぶのはプライドが許さず、「すみませーん!」と声を上げるも誰も来ない。このまま死ぬのか……。凍えながら満月を見上げ「これが最後の月かと思った」という。そしてなんとか自力で陸に上がり、岩井に電話したタモリは震える声で「お前、俺を殺そうとしただろ!」と。その後『いいとも!増刊号』(13・12・8)で、岩井は芸人としてタモリと初共演を果たした。また実演販売員として知られるトリビア金子も元付き人。

1997年(52歳)

▼3月31日~4月6日、『ザッツお台場エンターテイメント!』(フジテレビ)放送。同局の38年間を、歌番組・アニメ・ドラマなど各ジャンル日替わりで振り返る番組。タモリは4月6日の第7夜(最終日)で久本雅美とともに司会し「特番の38年」を振り返った。
▼4月16日、『タモリの新・哲学大王!』(フジテレビ)放送開始(~9月17日)。「人生」「恋愛」「お金」「ラーメン」「死」など日常生活に即した様々なテーマを哲学的に、かつユーモアを交えながら考察するというトークバラエティ。
▼9月3日、『いいとも』の「真夏のそっくり当てまショー」に素人時代のコージー冨田(冨田弘司名義)が出場、タモリのモノマネで優勝。これまでほとんどなかったタモリのモノマネは大きなインパクトだった。その後プロ転向し「あれっ、髪切った?」、「んなぁーこたぁーない」などのフレーズでタモリモノマネの第一人者に。「髪切った?」に対してはタモリ「あれはコージーが言い出した。俺はそんなに言ってないって」[7]
▼10月2日、『いいとも』「テレフォンショッキング」でゲスト片桐はいりが大遅刻。急遽、別コーナーに変更。放送中にセットチェンジが行われた。移動中にスタジオと電話が繋がった片桐はいりが「寝坊しました!」と言うと大爆笑。「助けてぇ~」と叫びながら電車に乗り込んだ。放送終了直前になってアルタに到着。スタジオに行く道順が分からずアタフタする姿をカメラが追った。そして、私服でリュックサックを背負ったまま、泣きそうな表情で出演した。
▼10月14日、赤塚不二夫展トークショー「トキワ荘の青春から天才バカボンへ」(上野の森美術館)にゲスト出演。京都・福岡でも出演。
▼10月15日、『タモリのネタでNIGHTフィーバー!』(フジテレビ)放送開始(~翌年3月18日)。堺正章・井上順・小野ヤスシ・なぎら健壱・モト冬樹・太田光・伊集院光・三谷幸喜など「ネタティナー」のトークやネタを、女性アイドル20人の「フィーバーズ」がジャッジ。レギュラーに極楽とんぼ。
▼11月8日、『熱血チャレンジ宣言'97』(テレビ朝日)放送。タモリは深夜パートでやりたい放題。
▼12月、『タモリ倶楽部』でタモリ自らの企画「古地図で東京探訪」放送。同じく古地図マニアのエレファントカシマシ宮本浩次とともに熱く古地図愛を語り合う。後の『ブラタモリ』のルーツ的な企画。


(つづく)
―#4 1986年(41歳)~1997年(52歳)―



*次回:2014年4月10日(木)掲載

2014/04/03 更新











[個人ブログ「てれびのスキマ」での『タモリ学』関連エントリ]

タモリ、又吉、東京ポッド、マツコ……それぞれの「東京」論
2013年10月21日の『タモリ学』
タモリと吉永小百合が逢った日
タモリと猫と犬
「『大タモリ年表』第2弾公開」 タモリのデビューと『徹子の部屋』
「あれは生命の最大の肯定」タモリが絶賛した小沢健二
【「メルマ旬報」芸人ミステリーズ・再録】「幻のタモリ作品を追う。」
「大タモリ年表」とは何か?
『COMIC CUE』という祭り
3月26日『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』発売決定!





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『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(イースト・プレス)

タモリをもっと知りたくて。

デビュー時から現在までの、タモリの様々な発言やエピソードを丹念に読み解き、その特異性と唯一無二の魅力に迫る。 親しみ深くて謎の多い、孤高の男の実像とは。

タモリは過去や未来にこだわることの不毛さに対し、若い時から(あるいは幼少時から)問題意識を持ち、考えぬいた末に「現状を肯定する」という生き方を選択した。いかに執着を捨て、刹那的に生きることを選べるか。その実践として、「タモリ」がある。(本文より)

イラスト:小田 扉


戸部田 誠(てれびのスキマ)(とべたまことてれびのすきま)

78年生まれ、いわき市在住のテレビっ子。お笑い、格闘技、ドラマ好き。『週刊SPA!』「日刊サイゾー」「水道橋博士のメルマ旬報」で連載中。『splash!!』『TVBros.』などに寄稿。近著に『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか~絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』(コアマガジン)がある。
個人ブログ「てれびのスキマ」
http://littleboy.hatenablog.com/

[作者より]
3年近くかかってようやく『タモリ学』完成しました。精魂込めて書きました。正直言って自信作です! 是非、手にとって読んでみてください!

 
 



【出典一覧】

[1]「はじめてのJAZZ」『ほぼ日刊イトイ新聞』(05)
[2]『今夜は最高な日々』髙平哲郎/新潮社(10)
[3]『笑っていいとも!』フジテレビ(13・9・1)
[4]『ブラタモリ』NHK(11・12・8)
[5]『SMAP×SMAP』フジテレビ(14・3・24)
[6]『笑っていいとも!』フジテレビ(14・3・28)
[7]『笑っていいとも!』フジテレビ(14・3・25)

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