• 1


森田一義ことタモリの本質を追求した『タモリ学』。
本書と連動し補完する、「大タモリ年表」はこちらです。
膨大な量ですので、気になるところからお読みください。





illustration by 小田扉


#1 1945年(0歳) ~1974年(29歳)
#2 1975年(30歳)~1980年(35歳)
#3 1981年(36歳)~1985年(40歳)
#4 1986年(41歳)~1997年(52歳)
#5 1998年(53歳)~2013年(68歳)
#6 2014年(69歳)~2015年(70歳)

#5 1998年(53歳)~2013年(68歳)


1998年(53歳)

▼1月1日、『今夜突然タモリの昨日は去年だったスペシャル』(テレビ朝日)放送。DREAMS COME TRUE・シャ乱Q・華原朋美・小沢健二らが出演し、ゲーム、料理、イントロクイズなどで対決した。
▼11月、「婦人画報」98年12月号で堀文子と対談(『粋人に会う』[清流出版]に収録)。日本画への興味を語ったうえで「僕は、なんとか絵を描きたいと随分前から思っている」と明かしている。「ところが、これがまったく駄目。一枚描くたびに、その絵を見て自分の品性の下劣さに愕然とするんです」

1999年(54歳)

▼6月22日、赤塚不二夫と対談(『これでいいのだ。 赤塚不二夫対談集』[メディアファクトリー]収録)。
▼7月20日、笑福亭鶴瓶が主催する「無学の会」(帝塚山無学)に出演。なお、この前後に鶴瓶は『いいとも』降板を申し出てスタッフから了承されていたが、タモリから直接遺留され、年末の『特大号』には参加しないことなどを条件に残留。従って1999年以降2011年まで鶴瓶は『特大号』に出演していない。その真意は不明だが、「最後のモノマネがどんズべりしたから」と最近はよく言っている。「俺はそれ(ものまね)でショックでもう辞めさせてくれ、と」[1]
▼9月18日、『今夜は営業中!』(日本テレビ)放送。『今夜は最高!』の復活特番としてタモリと木村拓哉が主演したドラマ形式のコメディバラエティ。タモリは「タモリ」本人と「森田一義(いちよし)」というプロデューサーの二役を演じた。江角マキコ・松たか子・橋爪功・山崎一・八嶋智人・板尾創路・所ジョージ・竹中直人・陣内孝則・篠原ともえなどが出演。
▼フジテレビ中継の『ワールドカップバレーボール』、応援団長に。
▼12月18日、『土曜特集 驚異の世界 深海大冒険』(NHK)放送。「海の男ですから」と言いつつ司会進行役を務める。

2000年(55歳)

▼3月1日から、『いいとも』でタモリが「ウキウキWATCHING」を歌いながら登場する演出が廃止された。「世界中で司会者が歌手でもないのに、出て来ていきなり歌うっての、おかしいだろうということに気がついてやめたんです」[2]
▼4月、『いいとも』レギュラーに爆笑問題加入。なお、12年4月からはコンビが分かれて別の曜日のレギュラー(太田が水曜、田中が月曜、その後金曜)となった。
▼9月、「放送文化」(NHK出版)で加賀美幸子と対談(『ことばを磨く18の対話』[日本放送出版協会]に収録)。
▼11月13日、映画『世にも奇妙な物語 映画の特別編』公開。4篇のオムニバス形式で監督は鈴木雅之・落合正幸・星護・小椋久雄。タモリが出演するストーリーテラーの部分の脚本は三谷幸喜が担当。
▼11月18日、ラジオ『ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回』(ニッポン放送)に、「タモリとアッコの対談裏話」と銘打たれゲスト出演。
▼12月4日、『横澤彪 笑いは世界を救えるか』(NHK-BS2)にゲスト出演。

2001年(56歳)

▼1月1日、『さんまのまんま』(関西テレビ)新春スペシャルにゲスト出演。
▼3月26日、『笑っていいとも! 春の祭典スペシャル』(フジテレビ)放送。新番組宣伝番組で、春と秋の番組改編期に放送された(~09年)。番組対抗で『いいとも』人気コーナーのゲームなどで競い合った。
▼7月20日、ラジオ『開局50周年「ラジオ進化シリーズ4・ラジオ今昔物語/ラジオ番組とその表現方法の進化」』(TBS)放送。タモリ出演。
▼7月30日、『いいとも』で当時準レギュラーだった江頭2:50がレギュラーの橋田壽賀子にキスし、以後『いいとも』出入り禁止となってしまう。その後、14年3月12日に“解禁”され出演。
▼10月5日、ラジオ『タモリのヨッ!お疲れさんフライデースペシャル』(ニッポン放送)放送開始(~02年3月29日)。共演は堂尾弘子・福永一茂。
▼11月、「おとなぴあ」12月号で、「笑うジャズ人」と題し山下洋輔と対談。
▼11月5日、ゴルフ場でプレイ中、知人の打ったゴルフボールが当たり左こめかみ付近を負傷。15日まで検査入院。『いいとも』『ミュージックステーション』を欠席。『いいとも』は各曜日レギュラーが、『ミュージックステーション』は武内絵美アナウンサーと当日ゲストだったKinKi Kidsが司会代行を務めた。これによりタモリはゴルフを辞めることに。

2002年(57歳)

▼2月、「Quick Japan」41号で「タモリ徹底分析。」と題した大特集。
▼3月16日、『めちゃ×2イケてる!』(フジテレビ)にゲスト出演。加藤浩次夫人の出産に際してタモリから「安産マーク」をもらおうという企画。もともとこの「安産マーク」は、「テレフォンショッキング」で、翌日のゲストへのメッセージをタモリがメモする際などに描かれる女性器の例のマークで、当初はゲストに見せて反応を楽しんでいた。あるとき、「安産に効きますか?」と問われ「効きますよ」と答えたところ、実際に安産に。「で、自分はその能力に気がついた」[3]。いつしかそれが「安産マーク」と呼ばれるようになった。その後、妊婦のお腹に手を当てて、「安産スッポン!」という掛け声が加えられていった。タモリは「逆子は何人も治しましたね。この間、作家の人の奥さんも3日後に治りました」と言う。それが広がってタモリの自宅を拝んで安産祈願する人まで現れたという。タモリ「宗教法人・無痛山分娩寺(笑)」[3]
▼4月5日、『いいとも』が放送5000回を達成。「生放送単独司会世界最高記録」としてギネスブックに登録される。
▼4月~翌年3月、「TVガイド」創刊40周年のCMに出演。中国・フランス・ドイツ語バージョンと韓国・ロシア・イタリア語バージョン(いずれもデタラメ)が作られた。
▼5月、平成13年度 第39回ギャラクシー賞奨励賞を『タモリ倶楽部』「プロジェクトSEX 性の挑戦者たち~シリコンの女神を創った男達」が受賞。
▼8月、23年間マネージャーを務めた“タモリの右腕”である前田猛が急性くも膜下出血のため死去。タモリは田邊昭知と共に葬儀委員長を務めた。
▼10月8日、『タモリのグッジョブ!胸張ってこの仕事』(TBS)放送開始(~翌年3月11日)。『ジャングルTV タモリの法則』の後継番組でタモリ司会、ナインティナインはレギュラー継続。世界中のさまざまな仕事を独自に取材・紹介する番組。
▼12月4日、CD『ON AIR オールナイトニッポン パーソナリティーズヒッツ』(ポニーキャニオン)発売。番組開始35周年を迎えた『ANN』の歴代のパーソナリティのなかから、人気の高かったアーティストのヒット曲、コミック・ソング、名シーンなどを3枚組のコンピレーションアルバム。「アフリカ民俗音楽 “ソバヤ”」「オールナイトニッポン・ブルース」収録。
▼12月18日、『タモリ&安藤優子のSuperスーパーニューススペシャル』(フジテレビ)放送。

2003年(58歳)

▼1月、一級小型船舶操縦士免許・第一級海上特殊無線技士・普通自動車免許・ダイビングCカード・VISA・ダイナース・アメックス・ビックカメラ・タワーレコード・JAFなど各種免許・カード類が入った財布を落とす。まったくの偶然により、水道橋博士の手に渡り、奇跡的に本人の手に戻った。
▼1月15日、『いいとも』ギネスブック登録を祝し、当時の首相・小泉純一郎が電話出演。「5000回なんて私にはとても無理。(総理の任期は)500日くらいかな?」と笑わせた。最後は「それじゃあの私、官邸に行ってもいいんですか?」というタモリに、小泉は「いいとも!」と返した。
▼2月24日~27日、『タモリの未来予測TV』(フジテレビ)放送。タモリは「会長」として司会。共演は稲垣吾郎・山田五郎ら。
▼2月19日、CD 『オールナイトニッポン RADIO DAYS/Bitter Hits』(EMIミュージック・ジャパン)発売。「第一回テーブル・ゲーム世界選手権大会 於 青森」収録。
▼3月、ライブドアによるニッポン放送買収騒動で、ライブドアが同局の経営権を握った場合、出演拒否をする意向を表明。
▼6月27日、『ミュージックステーション』でロシアの女性デュオt.A.T.u.がオープニングには登場したものの歌う段になりドタキャン。楽屋から出てこなくなってしまった。周りのスタッフがあわてる中、タモリは「このまま出てくるな」と内心思っていたという。タモリは「t.A.T.u.が出たくねぇ、ということです。控室から出てこないということです」と楽しそうに事情を説明、その日の出演者で唯一生演奏ができるミッシェル・ガン・エレファントが代役に。このドタキャン騒動でt.A.T.u.の人気は凋落し、その後の東京ドーム公演の客席はガラガラ。プロデューサーのイワン・シャポヴァロフの話題作りが裏目に出た形となった。タモリはこれを評して「イワンのバカ」と振り返っている[4]
▼7月2日、『トリビアの泉~素晴らしきムダ知識~』放送開始(~06年9月27日)。02年10月7日~03年3月17日まで深夜で放送されていた同番組がゴールデン進出。「ムダ知識の探求者」であるタモリが「品評会会長」としてパネリストでレギュラー出演した。司会は高橋克実と八嶋智人。タモリの品評は厳しいことで知られ、滅多に高得点を与えることはなかった。最高は18へぇ(20へぇが満点)で、「スフィンクスの目線の先には今ケンタッキーフライドチキンがある」「古代オリンピックの選手は全員全裸で競技をしていた」「クラシック音楽の楽譜には指揮者が倒れるという指示が書かれているものがある」「カラオケで般若心経が歌える」の4つである。
▼8月3日、「TAMORI PRODUCE NAGAOKA COLLECTION 2003 スーパーライブ」(長岡市厚生会館)をプロデュース。グッチ裕三・0930らが出演。タモリは自宅のトイレに関し、3畳ほどの広さで、電話や本が置かれている。飯も食えるようにしたかったが嫁に怒られた、というエピソードを紹介。
▼9月、アートコンペ「キリンアートアワード2003」にて『いいとも』などの映像をサンプリングしたK.K.作「ワラッテイイトモ、」が審査員特別優秀賞を受賞。もともと最優秀賞に決まりかけていたものの、著作権や肖像権を侵害する恐れがあるとして、賞名が変更されたという。
▼10月、佐藤製薬「アセス・アセスL」のCM出演。早口コトバ篇・パジャマ篇など。
▼10月24日、『タモリ倶楽部』で「マイナーキャンペーンソング大賞」放送。大賞を受賞した特撮ソング風の「日本ブレイク工業社歌」が話題になり、その後CD化。

2004年(59歳)

▼4月4日、『タモリ&安藤優子のSuperスーパーニューススペシャル(第2弾)』(フジテレビ)放送。
▼8月1日、『笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ』(ニッポン放送)にゲスト出演。
▼10月16日、書籍『TOKYO坂道美学入門』(講談社)発売。「TOKYO1週間」で連載されていた「TOKYO坂道美学デートNAVI入門」をまとめたもの。タモリは00年に、“坂道研究家”である講談社顧問の山野勝とふたりで日本坂道学会を設立、タモリは副会長に。タモリが提唱する美しい坂の条件は「(1)勾配が急である(2)湾曲している(3)まわりに江戸の風情がある(4)名前にいわれがある」。
▼11月、日本テレコム「おとくライン」のCM出演。「宣言」編、「基本料金割安」編、「電話無料」編の3種類。
▼12月25日、『X'Smap~虎とライオンと五人の男~』(フジテレビ)放送。SMAP全員が出演したスペシャルドラマ。演出は中島哲也。タモリは眼帯姿で出演。05年11月にDVD化。

2005年(60歳)

▼1月3日、『タモリのジャポニカロゴス』(フジテレビ)放送。4月3日、9月21日にもパイロット版が放送され、10月11日からレギュラー化(~08年9月9日)。「日本語」がテーマの教養バラエティ。関根勤、松嶋尚美がレギュラー解答者で、タモリも「主宰者」として解答に参加。進行は福井謙二らアナウンサーが務めた。監修は出題者としても出演した金田一秀穂。客員教授として糸井重里が出演し「世にもステキな言いまつがいの世界」というコーナーで「ほぼ日刊イトイ新聞」とコラボレーション。その後、多くの「日本語」をテーマにした番組や企画が生まれるきっかけになった。06年『タモリのジャポニカロゴス国語辞典』(フジテレビ出版)として書籍化。
▼3月21日、ライブ「中洲産業大学&ほぼ日刊イトイ新聞presents『はじめてのJAZZ。』」(ラフォーレミュージアム六本木)開催。山下洋輔、糸井重里らが出演。タモリは歌も披露。 
▼5月、『いいとも!増刊号』で類いまれな記憶力を披露。イメージを関連付けて記憶する「ローマン・ルーム法」で、いくつもの事柄を順番通り記憶。
▼9月20日、サントリー「BOSS レインボーマウンテンブレンド」のCMに出演。石原さとみらと共演。
▼9月21日、『いいとも』で山崎邦正(現・月亭方正)がゲストの「テレフォンショッキング」中、突然客席の男が「『いいとも』が年内で終了するって本当ですか?」と発言。山崎が突然のハプニングであわてる中、タモリは「いや、聞いてないですよ」と冷静に対処。CM明けその男は退席させられ、そこにはクマのぬいぐるみが。これは子供番組『ロンパールーム』(日本テレビ)に出演していた子どもが「キンタマ」と発言、その後CM明けに同様の措置がされていた(という都市伝説?)のパロディ。
▼10月8日、ラジオ『ブリタモリ大百科事典』(ニッポン放送)放送開始(~06年3月25日)。アシスタントは山本まゆ子。
▼梅津弥英子アナウンサーとフジテレビディレクター出口敬生の結婚披露宴に出席。偽善的な空気に我慢できなくなったタモリは、千野アナなどをタックルで襲撃するなどのご乱行。

2006年(61歳)

▼1月3日、短編映画『やどさがし』公開。三鷹の森ジブリ美術館でのみ上映されている約12分の短編アニメーションで、タモリはすべての効果音や擬音を声で演じた。主人公の声は矢野顕子。一発録りで収録された。
▼4月24日、『SMAP×SMAP』(フジテレビ)「ビストロSMAP」にタモリがゲスト出演。
▼8月、「TITLE」(2006年10月号)で「世界に広げよう、鉄道好きの輪!」と題してくるりの岸田繁と対談。タモリ「鉄道って官能的なところあるよね。下半身で感じるというか」
▼10月24日、ライブ「中洲産業大学&ほぼ日刊イトイ新聞 presents『はじめての中沢新一。』アースダイバーから芸術人類学へ。」(東京国際フォーラム)開催。タモリが感銘を受けた中沢新一の著書『アースダイバー』を本人が解説するイベントで、タモリも糸井重里とともに出演。
▼11月23日、CD『赤塚不二夫のまんがNo.1シングルズ・スペシャル・エディション』発売。タモリは付録のブックレット序文を執筆。

2007年(62歳)

▼1月3日、『タモリのヒストリーX』(フジテレビ)放送。「歴史は生きている」をコンセプトに日本史・世界史を題材としたバラエティ番組。タモリ扮する「タモ様」に、「家臣」が新説をプレゼンする。以後不定期で第5弾(08年)まで放送された。家臣役には千原ジュニア・品川庄司・劇団ひとり・小池栄子ら。進行は高島彩。
▼2月12日、『和田アキ子殺人事件』(TBS)放送。和田アキ子が殺されたという設定のミステリードラマバラエティ。容疑者としてタモリほか数多くの著名人が出演。4月にDVD化。
▼2月、鈴木良雄・伊藤潔・タモリ・五野洋らによりジャズレーベル「ONEレーベル」が設立される。「一義」だから「ONE」。
▼4月25日、「中洲産業大学&ほぼ日刊イトイ新聞 カレー部例会」(電力館)開催。山下洋輔、糸井重里、みうらじゅん、リリー・フランキーが参加。タモリ式カレーをみんなで味わおうというイベント。ちなみにタモリのカレーへのこだわりは「全部混ぜる」。
▼5月16日、「ONEレーベル」から第1弾CDとして、鈴木良雄トリオの「For You」を発売。
▼6月5日、タモリが編集長という形の、TOYOTAのエコWEBマガジン「あしたのハーモニー」創刊。
▼9月8日、映画『HERO』公開。同名のフジテレビドラマの映画化。主演は木村拓哉・松たか子。監督は鈴木雅之。タモリは「森田一義」名義で贈収賄容疑のかかった代議士・花岡練三郎を演じ木村拓哉演じる久利生公平と対決。撮影は『いいとも』の後に行われ、その際、悪徳議員になりきるため、わざわざ霞ヶ関の国会議事堂の前を通って撮影所に向かったという。「そのまま行くと『あ、木村くんだ』みたいになるじゃない(笑)」「直接(木村くんに)頼まれたらね。普通の仕事とは違う」[3]
▼10月4日、『とんねるずのみなさんのおかげでした』20周年突入特番の「食わず嫌い王決定戦」にゲスト出演。対戦相手は松田聖子。タモリはとんねるずに乗せられてイグアナのものまねなど往年の芸を披露。
▼11月4日、『いいとも!増刊号』で新宿区長・中山弘子が出演、『いいとも』が新宿スタジオアルタから25年間生放送を続け「新宿の街のイメージアップに多大な貢献をしている」と、タモリに感謝状を手渡す。その表彰状は自宅よりも長くいるアルタの楽屋に貼ってある。また新宿消防署からも「防災意識を高めた」として表彰されている。ちなみにタモリのアルタ入り時間は10時30分。リハーサル中に口にするのはフルーツ。楽屋には最新の時刻表、各種地図が備え付けられ、足マッサージ機を使用する。意外に狭い。なお、「無人島にひとつだけ持って行くなら?」という質問にタモリは「時刻表」と答えている。
▼11月26日、ライブ「中洲産業大学&ほぼ日刊イトイ新聞 presents 『はじめてのJAZZ2 ヒストリーもたのしみなりー!』」(昭和女子大学 人見記念講堂)開催。20数年ぶりに中州産業大学・タモリ教授のジャズ講座が復活。過去のタモリ教授の「ジャズ講座」は、山下洋輔の大学の講義でも教材として使用。
▼12月5日、「ONEレーベル」第2弾CDとして鈴木良雄率いるBASS TALKの『Love Letter』発売。
▼12月19日、『タモリ』『タモリ2』『ラジカル・ヒステリー・ツアー』が紙ジャケCDとして再発。

2008年(63歳)

▼2月24日、『ANN』40周年記念番組『俺たちのオールナイトニッポン40時間スペシャル』(ニッポン放送)の中で『タモリのオールナイトニッポン』を放送。ゲストは木梨憲武・永作博美・井上陽水。
▼5月~、アコムのCMに出演。「アコムの『計画的に』計画、始まる。」
▼6月15日、『J‐MELO』(NHK)に出演の山下洋輔へコメントを寄せる。
▼8月2日、赤塚不二夫が肺炎のため死去。7日の告別式にタモリが自身の生涯で初めて弔辞を読み「私もあなたの数多くの作品のひとつです」と語った。なお、この弔辞は9月刊行の『文藝春秋』(10月号)に全文が掲載された。
▼ヨットレース「タモリカップ」(ヤマハマリーナ沼津)開催。これはマリーナのメンバーの高齢化を危惧し、若い世代をヨット界に集めようとしたのが動機だったという。13年からは場所を移し、横浜、福岡で開催(いずれも天候不良のためレースは中止。バーベキュー大会のみとなった)。現在では国内最大級のヨットレースに成長。特製のベーコンとビールも発売されている。なおタモリは沼津市にヨットを保有。「沼津のジャンボエンチョー(ホームセンター)が好き」など沼津の話題が出ることが多いのはそのため。ちなみに酒に酔って無意識で「新幹線乗って。ちゃんと横浜で東横線乗り換えて」[5]、沼津から帰ってきたことがあるという。本人いわく「無意識のプロだから」[6]
▼9月24日、『天才バカボン』の誕生41周年記念CD『赤塚不二夫トリビュート~四十一才の春だから~』のブックレットにインタビュー掲載。
▼10月19日、『エチカの鏡 ココロにキクTV』(フジテレビ)放送開始(~10年9月19日)。「生きていくヒントの詰まった自分を見つめ直せるお話」=エチカを紹介する番組。司会にタモリ、進行は高島彩。
▼11月1日、『フジテレビ土曜プレミアム フジの芸術ルネッサンス「これでいいのだ!!赤塚不二夫伝説」』(フジテレビ)にインタビュー出演。
▼11月29日、『タモリ教授のハテナの殿堂?』(日本テレビ)放送。「『?』こそ人類進化のエンジンである」というコンセプトで、「死と隣り合わせの男性はフェロモンが出ているのか?」など様々な疑問を検証。タモリは「教授」としてメイン司会。「准教授」役に爆笑問題。
▼12月13日(土)深夜(午前0:20~1:05)、『ブラタモリ』(NHK)放送。「NHK番組たまご トライアル2008」のひとつとして放送、その後レギュラー化された。プロデューサーの尾関憲一によると「タモリさんに昭和を揺るがした3億円事件の現場を歩いてもらう」というのが企画の発端だったが、その企画が練られたことにより、古地図や地形などを通して「普段見ているはずなのに、気づいていない街の隠れた姿を紹介することで、日常のモノの見方を変えていく」番組となった。パートナーは久保田祐佳アナウンサー。第1回目は「原宿」。ちなみに散歩が趣味のタモリの必需品は古地図ハンカチと現代地図ハンカチ。新幹線から見える不思議なもの(詳細不明)を、多摩川沿いまで全部見て歩いて回ったこともあるという[7]

2009年(64歳)

▼1月31日、テレビ朝日開局50周年記念50時間テレビ内『SmaSTATION!! Presents SMAPがんばりますっ!!』(テレビ朝日)にて、50本の「全力坂」を挑戦する木村拓哉が「日本坂道学会副会長」のタモリに挨拶。そこでタモリはオススメの坂を紹介したり、『全力坂』のDVDを持っていることを明かす。なお、このコーナーは『木村拓哉の全力坂 完全版』として4月4日に放送された。ちなみに10年以上前から草彅剛はタモリの自宅に出入りしており、この年の正月には草彅に加えて、香取慎吾・稲垣吾郎が招かれている。タモリは正月に大量のカレーを作り、来客に振る舞う。
▼3月、「週刊文春」創刊50周年記念で阿川佐和子と対談(2009年4月2日号/『阿川佐和子のこの人に会いたい 8』[文藝春秋]に収録)。少年時代のことなどを詳しく語っている。
▼3月29日、『ETV特集「全身漫画家 ~真説・赤塚不二夫論~」』(NHK教育)放送。インタビュー出演。
▼5月15日、『タモリ倶楽部』で「好評!都内歩いているだけ企画 三田用水のこん跡を巡る!」放送。地形好きの江川達也とともに「タモ江地形クラブ」が結成された。メンバーは他にとよた真帆ら。タモリは「人間の営みに対する愛おしさがある」鶯谷から上野あたりの地形を好む[8]。また道では「三差路」が好き。「ほんのちょっとしか方向は違わないけど、先はぜんぜん違う」[9]
▼6月28日、7月5日、『題名のない音楽会』(テレビ朝日)、番組45周年特別企画に山下洋輔らとゲスト出演。
▼7月13日~17日、徹底した人間ドックと白内障の手術を行うため検査入院。『いいとも』などレギュラー番組を休養。
▼8月22日、樋口毅宏・著『さらば雑司ヶ谷』発売。タモリの小沢健二評が引用され、登場人物の口を借りタモリを「絶望大王」と評す。
▼10月1日、『ブラタモリ』(NHK)レギュラー放送開始。ナレーションは戸田恵子。「情緒のない番組に情緒を与えてくれる」とタモリが言う主題歌は、井上陽水の「MAP」。

2010年(65歳)

▼1月4日、『SMAP×SMAP』(フジテレビ)の「ビストロSMAP」にゲスト出演。
▼4月5日、『いいとも』テレフォンショッキングにガチャピンが出演。タモリは返答の矛盾点に「設定が甘いね」とツッコむ。
▼4月12日、『夜の笑っていいとも!春のドラマ特大号』(フジテレビ)放送。『春(秋)の祭典』として放送されていた改編期番宣特番がリニューアル。中居正広が司会に加わった。以後、11年4月まで春と秋の改編期に放送。
▼4月9日、第2回伊丹十三賞受賞。「テレビというメディアに『タモリ』としか名づけようのないメディアを持ち込み、独自の話芸と存在感を発揮する稀な才能」と評価された。タモリは「いまだに何かをわかったわけでもなく、ただ迷いつつ手さぐりでやり続けております。」とコメント。
▼7月9日、『タモリ倶楽部』がハイビジョン化。タモリはギリギリまでアナログ放送をやる、とこだわっていた。
▼9月20日、『ラジオでブラタモリ』(NHKラジオ第1放送)放送。10年1月21日に放送された「浅草編」をラジオ向けに再編成した。ナレーションは加賀美幸子で、間接的にではあるがタモリとの『テレビファソラシド』以来のコンビ復活。
▼10月8日、ドキュメンタリー映画『アイルトン・セナ 音速の彼方へ』公開。日本でのセナの人気を示すシーンとして、セナが『いいとも』に出演した際(92年10月20日)に集まったファンをかき分けてアルタ入りする模様が使用されている。
▼10月17日、早稲田大学校友会 2010年稲門祭でジャズライブ。トランペットなどを披露。
▼11月1日、中村明一・著『倍音 音・ことば・身体の文化誌』(春秋社)刊行。ギラギラ・荘厳な感じ・カリスマ性のある整数次倍音の代表格がタモリ・黒柳徹子で、親しみやすい非整数次倍音の代表がビートたけし・堺正章と分析されている。
▼自宅で黒柳徹子とマツコ・デラックスと会食。マツコとサルサを踊った。猫のパトラは徹子にはなつくが、マツコには怯え敵意むき出し。

2011年(66歳)

▼1月8日、横澤彪が肺炎のため死去。タモリは「横澤さんは初代『いいとも』のプロデューサーで、それまで夜の番組しか出せないと言われていた私を、いきなり昼の真ん中に起用しました」「大変お世話になりました」と死を悼んだ。
▼4月4日、『フジテレビ夢SP タモリ×SMAP僕らは未来を信じよう!~宇宙への挑戦と奇跡の物語~』(フジテレビ)放送。監修とキャラクターデザインで松本零士が参加。タモリとSMAPが、宇宙に関する知られざる秘話や感動エピソードを紹介。
▼7月24日、地上波デジタル放送完全移行。『FNS27時間テレビ めちゃ2デジッてるッ! 笑顔になれなきゃテレビじゃないじゃ~ん!!』内『いいとも!増刊号スペシャル』でセレモニーを実施。
▼10月8日、『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ)のコーナー「近くへ行きたい」で、『ブラタモリ』収録中のタモリを「借りる」形で同番組とコラボ。武田真治の演奏をバックに警備員衣装のタモリが「ケービイン・ブルース」とスキャットを披露。
▼10月9日、『ニッポン小意見センタ~♪』(フジテレビ)放送。“ご意見”と呼ぶ程でもない、小さな意見“小意見”を発表するトーク番組。加藤浩次・小島慶子・白洲信哉・西村賢太・宮澤佐江・茂木健一郎が出演。
▼10月10日、『タモリ・中居の手ぶらでイイのに…!?~ドラマチック・リビングルーム~』(フジテレビ)放送。司会のタモリ自宅の大広間(を模したセット)に、中居正広が新ドラマの出演者らを招いてホームパーティーを開くという設定の番宣番組。その設定どおりタモリはほとんどの時間を台所にこもって料理をしていた。俳優の素に近い表情が見られるのが特徴で、ほろ酔いぎみのタモリが香里奈に「今度個人的に殴ってくれる?」と迫ったり、幸福論を熱弁したりしていた。ギャラクシー賞月間賞を受賞。

2012年(67歳)

▼1月14日、内藤誼人・著『なぜ、タモリさんは「人の懐」に入るのが上手いのか?』(廣済堂出版)刊行。その後、文庫化に際し『タモリさんの成功術』と改題された。 
▼4月9日、『タモリ・中居のコンビニでイイのに!?~ドラマチック・アウトドア~』(フジテレビ)放送。お花見の設定で新ドラマを宣伝。
▼4月9日、『いいとも』の「テレフォンショッキング」でお友達を紹介する「友達の輪」のシステムが廃止され、タモリ自ら次回のゲストを紹介する形式に。「友達の輪」は高嶋ちさ子が最後となった。
▼6月24日、ドラマ『ATARU』(TBS)にゲスト出演。主演は中居正広。宝石店店主役で出演、「帰っていいかな?」というセリフに北村一輝が「いいとも!」と返す。
▼7月17日、『カスペ!・プレタモリ』(フジテレビ)放送。『27時間テレビ』の事前番組として明石家さんま、とんねるず、ダウンタウン、ナインティナインら各出演者に挨拶に行く番組。
▼7月21日~22日、『FNS27時間テレビ笑っていいとも!真夏の超団結特大号!! 徹夜でがんばっちゃってもいいかな?』(フジテレビ)放送。『いいとも』放送30周年を記念してタモリが89年の第3回目以来の総合司会を務めた。番組テーマは「団結」。タモリのキャラクターデザインを久保ミツロウが担当。深夜の「さんま・中居の今夜も眠れない」ではさんま・たけし・タモリのBIG3が約十数年ぶりに揃って共演。秘蔵映像が数多く放送され、タモリはとんねるずと「男気ジャンケン」、『ペケ×ポン』メンバーと「ペケポン川柳」、声優として『サザエさん』に出演。「スーパーテレフォンショッキング」にはとんねるず・明石家さんま・くりぃむしちゅー&ネプチューン・ダウンタウン・ナインティナインが出演。タモリを慕う草彅剛が「タモリさんのため」と100キロマラソンを走った。何も食べずに27時間を乗り切ったタモリはEDで「団結した分、国民からは離れたかも知れません」と話しながらも「テレビを見ていてくれた方々、そして見ない方にも感謝を申し上げます」と感謝の弁で締めくくった。
▼10月3日、『いいとも』「テレフォンショッキング」にリリー・フランキーがゲスト。「今の彼女」というラブドールを連れてくる。リリーとは福山雅治とタモリの3人だけで誕生日会を行うなど親交が厚い。
▼10月8日、『「ガチでいいのに!?」~ドラマチックリビングルーム』(フジテレビ)放送。ホームパーティーという設定で新ドラマを宣伝。
▼11月10日、西野亮廣(にしのあきひろ名義)の3冊目の絵本『オルゴールワールド』発売。タモリは原案を提供。西野に絵本を描くのを薦めたのもタモリだった。
▼11月30日、『いいとも』で明石家さんまがゲスト出演し「復活!!タモリ・さんまの日本一の最低男」として雑談コーナーが17年ぶりに復活した。かつて萩本欽一=大将、たけし=殿、さんま=若に対抗してタモリにも愛称をつけようと視聴者に募集した結果「チーママ」に決まったがその後全く使われなかったことなどをどんどん脱線しながら話した。

2013年(68歳)

▼スマートフォンとタブレットの両刀使いに。ちなみにタモリにとって初めてのケータイをプレゼントしたのは岡村隆史。
▼4月6日、『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ)で笑福亭鶴瓶とともに、矢部浩之結婚へのお祝いコメントを送る。
▼5月、第50回ギャラクシー賞テレビ部門特別賞を『タモリ倶楽部』が受賞。
▼7月1日、『いいとも』でタモリが出演しないコーナーが生まれる。
▼7月13日、樋口毅宏・著『タモリ論』(新潮社)刊行。タモリ自身も読んだという。その感想は「いや彼は覚えているねぇ」と。
▼10月22日、翌年3月いっぱいで『いいとも』が終わることが発表される。エンディングゲストとして笑福亭鶴瓶が“乱入”し、「俺聞いたんやけど『いいとも』終わるってホンマ?」と尋ねる形で発表された。「30(歳)からこの世界入ったじゃん。スルスルスルって横滑りして入って、30から6年後にこの番組入ったの。『いいとも』で、芸能人としてはじめて格好がついたんで。32年、フジテレビがずーっと守ってくれたんだ。本当にこれは感謝してもしきれない」と出演者、視聴者に向けて感謝の弁を述べた。
▼10月23日~25日、ラジオ『われらラジオ世代』(ニッポン放送)放送。ニッポン放送開局60周年記念番組として「ラジオの過去・現在・未来」を探るというコンセプトで、久保ミツロウ&能町みね子、笑福亭鶴瓶、ももいろクローバーZをゲストに迎えた。また、この番組の宣伝を兼ねて、21日から25日まで『上柳昌彦 ごごばん!』で上柳昌彦にインタビューを受けている。
▼12月4日、『NHKスペシャル「宇宙生中継 彗星爆発太陽系の謎 」』(NHK)放送。司会にタモリ。当初は「遭遇!巨大彗星アイソン」というタイトルで放送する予定だったが、放送直前にまさかのアイソン彗星の大部分が崩壊という事態になり、番組名変更を余儀なくされた。タモリはオープニングで「いやぁアイソン彗星、ポシャっちゃいましたねぇ。崩壊して消えてしまいました」と笑い「でも消えてしまったのを目撃したほうが、神秘的じゃないかと思う」と語った。
▼12月14日、「ケトル」(16号)で「やっぱりタモリが大好き!」という「タモリ特集」。
▼12月25日、「週刊文春」(14年新年特大号)連載1000回記念で阿川佐和子と対談。『いいとも』「テレフォンショッキング」の裏話などを語っている。
▼12月25日、『いいとも』最後の年末「特大号」。恒例のタモリ牧師の説教では最後に「ヨハネによる福音書第3章」を引いた。「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」
▼12月26日、「第16回みうらじゅん賞」受賞。
▼12月27日、『徹子の部屋』に37回目の出演。


(つづく)
―#5 1998年(53歳)~2013年(68歳)―




2014/04/10 更新











[個人ブログ「てれびのスキマ」での『タモリ学』関連エントリ]

タモリ、又吉、東京ポッド、マツコ……それぞれの「東京」論
2013年10月21日の『タモリ学』
タモリと吉永小百合が逢った日
タモリと猫と犬
「『大タモリ年表』第2弾公開」 タモリのデビューと『徹子の部屋』
「あれは生命の最大の肯定」タモリが絶賛した小沢健二
【「メルマ旬報」芸人ミステリーズ・再録】「幻のタモリ作品を追う。」
「大タモリ年表」とは何か?
『COMIC CUE』という祭り
3月26日『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』発売決定!





  • 1



『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(イースト・プレス)

タモリをもっと知りたくて。

デビュー時から現在までの、タモリの様々な発言やエピソードを丹念に読み解き、その特異性と唯一無二の魅力に迫る。 親しみ深くて謎の多い、孤高の男の実像とは。

タモリは過去や未来にこだわることの不毛さに対し、若い時から(あるいは幼少時から)問題意識を持ち、考えぬいた末に「現状を肯定する」という生き方を選択した。いかに執着を捨て、刹那的に生きることを選べるか。その実践として、「タモリ」がある。(本文より)

イラスト:小田 扉


戸部田 誠(てれびのスキマ)(とべたまことてれびのすきま)

78年生まれ、いわき市在住のテレビっ子。お笑い、格闘技、ドラマ好き。『週刊SPA!』「日刊サイゾー」「水道橋博士のメルマ旬報」で連載中。『splash!!』『TVBros.』などに寄稿。近著に『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか~絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』(コアマガジン)がある。
個人ブログ「てれびのスキマ」
http://littleboy.hatenablog.com/

[作者より]
3年近くかかってようやく『タモリ学』完成しました。精魂込めて書きました。正直言って自信作です! 是非、手にとって読んでみてください!

 
 



【出典一覧】

[1]『笑っていいとも!増刊号』フジテレビ(13・12・22)
[2]『笑っていいとも!』フジテレビ(24・3・17)
[3]『笑っていいとも!増刊号』フジテレビ(14・3・30)
[4]『笑っていいとも!』フジテレビ(13・6・30)
[5]『SMAP×SMAP』フジテレビ(14・3・24)
[6]『タモリ倶楽部』テレビ朝日(12・3・16)
[7]『タモリ倶楽部』テレビ朝日(13・5・17)
[8]『タモリ倶楽部』テレビ朝日(12・9・28)
[9]『ブラタモリ』NHK(11・11・10)