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障害者の問題は、若者の雇用の問題でもあった......「ケア」の現場にあらわれた
この新しい問題は、障害者(弱者)と支援者(強者)をめぐる旧来の言説ではけっして解きえない。
前回の税システムへの言及につづき、今日の労働市場の特異性を問い、
〈自己責任〉のレトリックの危うさにふたたび警鐘をならす最終回!



最終回


《第14回》 ともに生きていくために


●生き続けるべきか、生きることを断念すべきか

熊谷(以下同) 最終回である今回は、当初予定していた、前回に続く「社会保障と財源」の話ではなく、とりわけいま私がいちばん気になっている〈ケアサービス〉をとりまく問題点について、改めて整理しておきたいと思います。

 障害者が生活をしていく上で、介助者とか介護者にいろいろと身の回りの世話をしてもらうことが必要です。ところで、以前の講演でも何度かお話ししたように、かつてはこのケアサービスをめぐる「供給独占」が問題だったわけです。家族が家庭の中で、あるいは施設職員が施設で、ケアサービスを独占している。障害者は、家庭や施設以外の場所から、ケアを調達することができない状況に置かれていました。そのような供給独占状態は、いろいろな弊害を生んできました。施設での不当な処遇であるとか、障害者側の意思決定をないがしろにしたケアが行われる、などということです。 
 そして、障害者の自立生活運動というのは、つきつめればケアの供給独占に対する異議申し立ての運動だったのだと私は思っています。専門的な職員だけにケアをさせるのではなく、地域にケアの調達先を広く開き、自由市場の中で供給独占状況を緩和させるための制度的枠組みをつくり、対等性を確保していくという運動だったといえるのだと思います。それはまた、私がいままでにやはり何度かお話ししてきた「依存先が集中」している状態から、「依存先が分散」されている状態を目指すものとも言えますし、いずれにせよそれは、市場化へと必然的に開かれていくものです。
 しかし、ここで気をつけておかなければならないのは、市場化とは自己決定/自己責任のロジックを必然的に呼び込むものであるという点です。依存先が多いということは、どの依存先からケアを調達するかという選択の自由度が高いということを意味します。そしてそれは、自己決定/自己責任の領域が拡大することでもあります。他方、供給独占の状態は、障害者に自己責任も自己決定も迫りません。選択しようにも、選択肢がなく、したがって責任も引き受けようがないからです。
 自立生活運動においては、供給独占からの解放がうたわれ、市場化、自己決定、自己責任のレトリックが採用されてきました。そのこと自体は、依存先の増大という面から見れば好ましいことといえます。しかし、近年ますます目につくようになりつつあるのは、自己決定や自己責任ということばが、本来なら選択の対象になるべきでない領域、たとえば、生き続けるべきか生きることを断念するかといった選択をも迫るような文脈で、過剰な自己責任論を補強する言説資源へと容易に転用されがちだということです。市場における交渉上の地歩のアンバランスを是正するような再分配制度がなければ、市場化が依存先の分散をもたらす保証はどこにもないということ、これはつねに頭の片隅においておきたい、きわめて重要な現実なのです。


●「供給独占」における支援者層の変化

 ところで近年は新たに、「需要独占」ともいうべき、ケアサービスを買う側の独占状況が出現しつつあります。シンポジウムの第1回目にいらしてくださった渡邉琢さんの『介助者たちは、どう生きていくのか――障害者の地域自立生活と介助という営み』(生活書院)の中にも書かれているように、就職先がなくてケアサービスに参入せざるを得なかったという若者が近年増えてきていることを、私も生活の中で実感しています。景気が低迷していくにつれて、支援に入ってくれる人の層が変わってきているように感じられるのです。
 私の場合、90年代までは、お金と時間のある奥様や、仕事をやめて体力と時間のあり余っているおじさんや、貧しくても、支援の現場に居場所のようなものを感じている人や、障害者の運動に共鳴している人が支援に入っていた印象があります。
 しかしここのところ、この人もかなり生活が苦しいのではないか、決して自ら選んで支援をしているわけではないのではないか、と感じられる人が支援に来てくれることが多いように思います。そのために、むしろ私たち障害者のほうが相手に無理を強いているのではと気遣うような場面も、じつは増えているのです。
 支援に使える財源が逼迫しているような状況下では、障害者の暮らしを守ることと、介助者の暮らしを守ることとが、相反する局面もあります。障害者運動の中では、かつての施設などで行われていたパターナリスティックな介助のありかたに抵抗するため、「介助者は意志を持たず、言われたことだけをする道具に徹するべきだ」というスローガンが掲げられたり、「突発的に生じるニーズに柔軟な対応できるよう、介助労働は流動化すべきだ」ということが言われて来て、そのことが介助者の暮らしを脅かしてきたという面も認めざるを得ません。


●障害者問題から労働市場の問題へ

 いずれにせよ、障害者にとって、介助者の心身の健康、生活保障の問題は、自分の生活保障の問題でもあります。介助者が経済的にも、それゆえ精神的にも不安定であれば、当然障害者も安定した生活を送ることができなくなる。要は、これまでになかった問題を直視しなくてはならない状況にあるというわけなのです。
 つまり、かつては障害者が弱者だったわけですが、最近は介助者も弱者になっているということです。そうなると、障害者問題の枠組みを超えて、よりマクロな、たとえば労働市場の問題などに切り込まなければ、解決に近づくことはできません。障害者問題が、ひろく若者の雇用の問題などと深く連関しているという新たな側面が生じてきているということなのです。支援者の支援が必要なのだ、と言い換えることもできると思います。

 支援を受ける側と、支援を提供する側の問題を、それぞれ切り離して考えることができないような入り組んだ状況の中で、ともに生きのびるためにどうすればいいのか。この連続シンポジウムの最後に、財源や制度設計の問題を取り上げようと当初考えていたのは、さまざまな実践家や、専門家の方々からこの問題を丁寧に考えるためのヒントをいただけないかと願っていたからでした。しかし、当初想像していた以上にこの問題は複雑に入り組んでおり、もっと時間をかける必要があるという認識を、いまの私はもつに至りました。私自身の勉強も、まったく足りていなかったことを、改めて突きつけられもしました。お恥ずかしい限りですが、期待してお待ちくださっていた読者の方々、申し訳ありません。
 本シンポジウムを通して、依存症、身体障害、発達障害のそれぞれを考察する中から導き出した方向性を、どのように制度的に実現していくのか――この問いは、宿題にさせていただき、必ずやそう遠くないうちに最後の回を果たしたいと願いながら、いったんこの連続講演およびシンポジウムを閉じさせていただこうと思います。
 長いあいだにわたり、ご清聴ありがとうございました。



(2013年5月4日/イースト・プレス会議室での談話に加筆)



本連載の単行本化を、2014年初春刊行を目指し、鋭意準備中です。
詳細は改めてお知らせいたします。どうぞご期待ください!

2013/08/15 更新

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『暇と退屈の倫理学』(國分功一郎・著/朝日出版社)
パスカルの断章「部屋にじっとしていられないから、人間は不幸を招く」を皮切りに、さまざまな哲学的根拠を横断しながら、古今東西、老若男女、万人にとっての切実なリアリティである「退屈さ」の諸問題へと迫る、瞠目の1冊。







『リハビリの夜』(熊谷晋一郎/シリーズ「ケアをひらく」医学書院)
審査員の絶賛のうちに「新潮ドキュメント賞」受賞!
官能的な反リハビリ論が、障害VS健常というフレームそのものを一新した画期的な1冊!







『つながりの作法――同じでもなく 違うでもなく』(熊谷晋一郎・綾屋紗月/NHK出版生活人新書)
「つながらないさみしさ」「つながりすぎる苦しみ」……自閉症者と脳性マヒというそれぞれの障害によって、世界や他者との「つながり」に困難を抱えてきたふたりが、人と人とが「互いの違いを認めたうえでなお、どのようにしてつながりうるのか」という普遍的テーマに挑む。







『発達障害当事者研究――ゆっくりていねいにつながりたい』(熊谷晋一郎・綾屋紗月/シリーズ「ケアをひらく」医学書院)
「感覚過敏」「こだわりが強い」「扱いにくい」……ネガティブな視線で注目を浴びる「アスペルガー症候群」当事者の綾屋紗月とともに、その世界の驚きに満ちた豊かさを記述。





〈論文掲載〉
「現代思想2011年8月号 特集=痛むカラダ 当事者研究最前線」

「現代思想2010年10月号 特集=臨床現象学 精神医学・リハビリテーション・看護ケア」

「現代思想2010年12月号 特集=新しい依存症のかたち 「回復」へのプログラム」 ほか

熊谷晋一郎(くまがや・しんいちろう)

1977年生まれ。脳性まひの電動車椅子ユーザー。小児科医、東京大学先端科学研究センター特任講師。東京大学グローバルCOE「共生のための国際哲学教育研究センター」共同研究員。著書に『リハビリの夜』(新潮ドキュメント賞受賞)、綾屋紗月氏との共著に『発達障害当事者研究』(ともに医学書院)、『つながりの作法――同じでも違うでもなく』(NHK出版)がある。
ブログURL:http://ayayamoon.blog77.fc2.com/

熊谷晋一郎
写真:多比良孝司(共同通信社)

熊谷晋一郎さん連続講演+討議のご案内
於:一橋大学 佐野書院
(国立駅徒歩12分)

2012年4月より、月に一度のペースで行っている連続講演+シンポジウムのお知らせです。身体障害者運動、介助者運動、発達障害問題、依存症の自助活動、尊厳死問題などを起点にして、 自立/依存、こころ/からだの二項対立を問い直しつつ、異なる領域の問題を横断したときに逆照射される社会の問題について、じっくりと考えていこうとするものです。毎回前半には、東京大学先端技術研究所特任講師の熊谷晋一郎さんに2時間ほどの講演をお願いし、そののちにゲストの方との対談もしくはシンポジウムを2時間ほど、そして終了時間にとらわれることなく、聴講者の方々からのご意見や討議のお時間も設定させていただきたいと思っております。どうぞご参加ください。

以下、各回のテーマとゲストの方たちをお知らせいたします。日時以外、若干の変更がある場合もあります。第7回の日程については未定です。下記の問い合わせ先にメールをいただければ、新たなご案内をそのつど差し上げて参ります。どうぞよろしくお願いいたします。

* * * * * *

〇第1回:4月29日(日)
他人の身体をつかうということ
〈終了〉
渡邊琢さん+岩橋誠治さん

〇第2回:5月13日(日)
「発達障害」ブーム再考
〈終了〉
斎藤環さん+内海健さん+綾屋紗月さん

〇第3回:6月10日(日)
「ゆらぎ」と「痛み」、「依存」と「自立」
〈終了〉
松本俊彦さん+上岡陽江さん

〇第4回:7月1日(日)
自己決定をつきつけてくる身体
〈終了〉
國分功一郎さん
※この日のみ午前10時より。ご注意ください。

〇第5回:8月19日(日)
「親心」の活用
〈終了〉
岡部耕典さん

〇第6回:11月11日(日)
発達障害とサリエントな世界秩序
〈終了〉
國分功一郎さん

〇第7回
社会保障と包摂型社会

湯浅誠さん、大野更紗さんほか
(日時決定次第記載します)



■各回、午後2時~7時頃まで。
■会場地図
佐野書院案内図(pdf)
■問い合わせ(主催)
(株)イースト・プレス
担当:清水檀
shimizu@eastpress.co.jp
(参加費500円前後。なるべくメールにて事前予約をお願いいたします)


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