落雷と祝福

副題は「好き」に生かされる短歌とエッセイ。
歌人・岡本真帆が愛するものをお題にした連作短歌6首とエッセイをお送りします。
第一回のテーマは、「PUI PUI モルカー」です

 

 

 

 

 

 

 

PUI PUI って発明だ

 モルカーはかわいい。特に困っているモルカーはかわいい。渋滞のせいで病院にたどり着けず泣いている救急モルカーも、それを知らされて困り果てた顔をするポテトもかわいい。強盗に脅され、逃走車として犯罪に加担しなければならなくなったかわいそうなシロモには、ついつい感情移入してしまう。まさか車がモルモットになるなんて。本来人間に従順であるはずの車が、モルモットとして意志を持つことで生まれてしまう危うさに心を揺さぶられて、視聴者であるわたしたちはハラハラしたり、ほっとしたりしている。

 そもそもモルカーとは一体なんなのだろう。モルモットなのに体は車のようで、内側は人間が乗り込めるような作りになっている。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』をオマージュした回ではモルモットが進化してモルカーになったことが明かされているが、いったい彼らはなぜこのような進化を遂げたのだろう。そしてどのようにして人間社会に浸透していったのだろうか。想像し始めると気になることばかりだ。

 モルカーの世界の秩序が保たれているのは、どう考えても奇跡だ。もしもわたしたちの社会の車が全部モルモットで、それぞれが人間の意志とは異なる自由な考えと感情を持つ存在だとしたら、とんでもないことになっているんじゃないか。おそらく事故は絶えないだろうし、その事故の責任が人間に問われるのか、モルカーに問われるのかも気になる。他にも、モルカーの不法投棄や「老モルカー」の暴走事故なども社会問題になっていそうだ。問題のあるモルカーは、どこにいくんだろうか。歳をとって安全に走れなくなったモルカーは、どうなるんだろう。そんなことをひとつひとつ想像し始めると、不安な気持ちが止まらなくなる。モルカーはあんなに健気でかわいいのに。頭の中にディストピアが広がり始めた時は、わたしは再び第一話から見直すことにしている。かわいい。今日もシロモが怯え、アビーが猫を救っている。よかった。どうかモルカーたちには幸せでいてほしい。

 車をモルモットにしてしまおう、という普通では思いつかないような発想によって、心揺さぶるモルカーの物語は誕生した。でもそれ以上に最高の発明だと思うのは、制作スタッフが彼らの泣き声に「PUI PUI」というオノマトペを与えたことだ。

 モルカーの声には、本物のモルモットの鳴き声が使われている。わたしはモルカーを視聴するまでモルモットの鳴き声を聞いたことがなかった。「もきゅもきゅ」とか「んきゅんきゅ」というようにも聞こえるけれど、見里監督はそれらを「PUI PUI」と呼んだ。今では誰もが、モルカーたちの鳴き声を「ぷいぷい」として認識している。

 雪が降る様子に「しんしん」というオノマトペがついているのはすごい。オノマトペには擬音語と擬態語があり、擬音語は鳴き声や物音を言葉で表現したもの、擬態語は物事の状態や様子を表現したものだ。「しんしん」は調べたところによるとどうやら擬態語に分類されるらしいが、静まりかえった様子を表すマンガ表現に「しーん」があったり、「しんしん」という副詞自体に「あたりが静まりかえる様子」(『新明解国語辞典 第8版』)という意味があることから、まるで音もなく降る雪に音が与えられたように思える。無音の世界に音がつけられているのはなんとも神秘的だなあと、降りしきる雪を見るたび思う。今では当たり前のように使われている「しんしん」という表現が一度世界から失われたとして、再びゼロベースで考えつく自信はわたしにはない。それくらいわたしたちにとって「しんしん」は当たり前の表現になっている。

 「ぷいぷい」も同じくらいすごいと思う。モルモットの鳴き声は、犬の「ワンワン」や猫の「にゃー」ほどメジャーではなかった。もしかしたらモルモット界隈ではもともと彼らの鳴き声は「ぷいぷい」として認識されていたのかもしれない。だとしても、そこまでの市民権は得ていなかったはずだ。モルカーの登場によって、この先の人生、わたしはモルモットの鳴き声は当たり前のように「ぷいぷい」として認識するだろう。人の当たり前になるような言葉を発明できるのは、世界の認識を変えることとほとんど同義だ。あのなんとも言えないかわいい声が、今となっては「ぷいぷい」にしか聞こえない。小さな彼らの話し声に、もっと耳を澄ませていたい。

 

≪作品紹介≫

PUI PUI モルカー

2021年放送テレビアニメ。モルモットの姿形をした自動車のようないきもの「モルカー」の騒動を描く。そのドライバー(人間)も登場する。モルカーは羊毛フェルトで作られ、映像はストップモーションで制作。運転にまつわる迷惑行為も題材になり、社会派な一面も話題に。SNSで爆発的な人気を誇り、台湾では週に32回放送された。モルカーの声は、監督の家族が飼育するモルモット「つむぎ」さんなどの実際の鳴き声を録音し使用する。

https://molcar-anime.com/

YouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/channel/UCkpdBZk3ulIbSTsAAzZH1dQ

 

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次回予告

12月中の更新を予定しています。次回もお楽しみに!

単行本情報

『水上バス浅草行き』
水上バス浅草行き
著:岡本真帆
発行:ナナロク社
定価:(本体1700円+税)
 

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著者プロフィール

岡本真帆

一九八九年生まれ。高知県、四万十川のほとりで育つ。未来短歌会「陸から海へ」出身。

Twitter: @mhpokmt

  • マンガ 募集
  • コミックエッセイの森
  • 『水上バス浅草行き』
    水上バス浅草行き
    著:岡本真帆
    発行:ナナロク社
    定価:(本体1700円+税)
  • 岡本真帆(おかもと・まほ)

    一九八九年生まれ。高知県、四万十川のほとりで育つ。未来短歌会「陸から海へ」出身。第一歌集『水上バス浅草行き』(ナナロク社)
    Twitter:@mhpokmt