落雷と祝福
副題は「好き」に生かされる短歌とエッセイ。
歌人・岡本真帆が愛するものをお題にした連作短歌とエッセイをお送りします。
第7回のテーマは、お菓子の「グミ」です。
変わっていくわたしの、変わらないもの
会ったことのない人にTwitter上でブロックされているのを観測して、あ、と驚いた。ブロックされていることに対してではない。昔ほど傷つかなくなった自分に対してだ。嫌われたり、拒絶されたりするとどうしようもなく悲しくて、落ち込んでいたわたしが、事実を冷静に受け止められるようになっている。もちろん、面と向かって悪口を言われるのはつらい。でも、Twitterでブロックされたからといって、自分の全てが拒絶されているとは考えなくなった。むしろわたしを嫌いになる事情が相手にあったのかもしれないとすら、思えるようになった。
初めて「短歌って面白い!」と思ったのは大学二年生のときで、きっかけは雑誌『ダ・ヴィンチ』にあった穂村弘さんの連載、「短歌ください」だった。誌面に並ぶ採用歌は穂村弘さんの解説も相まってどれも素晴らしかった。投稿者もわたしも同じ日本語を使っているのに、どうしてこんな芸当ができるんだろう? 簡単そうに見えるのに、やってみるとぜんぜんそうじゃない。面白い、楽しい、と感じると同時に、歌が採用されている人たちと自分の差に打ちひしがれていた。そして、嫉妬した。見様見真似で作ってみたわたしの短歌は、雰囲気だけがそこにある空虚な文字の羅列だった。採用歌と並べるとヘタさは一目瞭然。短歌の鑑賞も作歌の訓練もせず、初めて作った短歌がいきなり傑作だったら、それは天才ってことだ。「できる!」と思えるところまで作歌に向き合えたらよかったのだけれど、その頃のわたしには難しかった。純粋な気持ちで一首一首を読み、鑑賞できる余裕もなかった。わたしは自分が「只の人」であることを認めたくなかったのだと思う。そして、わたしはそれから数年短歌を遠ざけた。再び短歌を読み、作るようになったのは、しばらく後のことだ。
当時のわたしが、楽しそうに短歌を作る現在のわたしを見たら、どう思うだろう。やはり羨ましく、妬ましく思うのだろうか。Twitterにいたら、目に入らないようにミュートするかもしれない。ブロックする度胸はたぶんない……。当時のわたしと今のわたしは同じ「わたし」なのに、考えていることも価値観もできることも、違う。「わたし」という人格の意識はずっと一つであり続けるのに、ふと振り返るといろんな分岐点を経て別の生き物に生まれ変わっている。好きな色、好きな音楽、好きな食べ物。好きだったはずのものが苦手になっていたり、苦手だったはずのものが大丈夫になっていたりする。そのこと自体を、特別悲しいとは思わない。どんなものも、少しずつ変わっていく。生きていくことは多少なりとも変化を伴うものだ。
だけど、昔からずっと変わらず好きなものがある。その「好き」を確かめられる瞬間に、どうしてかほっとしてしまう。グミはそんな「変わらない好き」を感じられるもののひとつだ。指で摘まむとぷにぷにと弾力があって、光にかざすと透けて見える。色とりどりの見た目。
小学生の頃、母親とスーパーに行くと好きなお菓子を一つ買ってもらえるルールがあった。その頃からグミはおやつドラフトの上位にいる。遠足にも必ず持っていった。幼稚園から高校まで、遠足の行き先はいつも地元の浜辺だ。ポイフル、コーラアップ、果汁グミ。ビーチに腰掛けて、きらきら光る海を見る。落としたら砂だらけになるから、気をつけて大切に食べる。
大人になったわたしは、電車に乗る前に駅のコンビニでグミを買う。空腹になると機嫌が悪くなるからだ。なるべくご機嫌でいたいわたしの、おまもりのような存在。グミをかばんに忍ばせて、空港に向かう列車や、職場に向かう電車に乗る。小腹が空いて、一粒取り出して噛み締める。おいしさのあまり二粒ずつ、三粒ずつ食べ始めてハッと手を止める。食べるシチュエーションは子どもの頃とは違うけれど、夢中になってしまう美味しさとうれしさが変わらずにある。
わたしは少しずつ変わっていく。ブロックされても受け止められるようになったり、短歌が作れるようになったり。辛いものが得意じゃないことに気付いたり、冷たい水風呂に入れるようになったりしながら。わたし自身や身の回りに起きるたくさんの変化の中で、錨を下ろすようにグミを食べる。グミが大好きな子どものわたしと、今でもグミを好きなわたし。どちらもわたしで、あの日から今日までが確かに繋がっている。
≪作品紹介≫
グミ
おかし。岡本真帆さんの推しグミは「アンパンマングミ」「ハリボー」「ポイフル」「水グミ」
2023.3.30更新
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※本連載のバナー・サムネイルデザイン:六月
次回予告
春中の更新を予定しています。次回もお楽しみに!
単行本情報
著:上坂あゆみ・岡本真帆
発行:ナナロク社
定価:(本体1200円+税)
”歌集副読本”も発売中!
『老人ホームで死ぬほどモテたい』と『水上バス浅草行き』、
2冊の歌集をそれぞれの歌人が読みあう”副読本”。
歌人は短歌をどう読むか? 私たちが短歌に親しむためのガイドのような一冊です。
著者プロフィール
岡本真帆
一九八九年生まれ。高知県、四万十川のほとりで育つ。未来短歌会「陸から海へ」出身。
Twitter: @mhpokmt
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