落雷と祝福

副題は「好き」に生かされる短歌とエッセイ。
歌人・岡本真帆が愛するものをお題にした連作短歌とエッセイをお送りします。
第8回のテーマは「花を買うこと」です。

 

 

 

 

 

 

 

 

柔らかな窓

 

​​ 外でのことを優先して、家のことは後回し。わたしにはそんなところがあった。

 平日、20時頃まで働いたら、そのまま家には帰らず、ストレスを発散するように書店や映画館に行く。ちょっと無理してでも遊んで、エネルギーを使い果たしてから遅い時間に帰宅するので、家のことをする気力はほとんど残ってない。だから部屋の中は結構散らかっていた。読みかけの小説や漫画は本棚ではなく、ベッドの周辺にジェンガのように乱立している。タワーになったジェンガも、崩れたジェンガもある。朝脱いだパジャマは、抜け殻みたいに床に落ちている。それを回収してもう一度着る。スマホを握ったまま寝落ちして、ギリギリまで寝て、部屋はたいして片付けないまま、身支度をして会社に行く。社会人になってからの生活はしばらくそんな感じだった。部屋を徹底的に片付けるのは、誰かがやってくるときだけ。外面優先で、家の中のことに向き合うのは一番最後だった。

 花を部屋に飾るようになったきっかけは、切り花のサブスクだった。毎月定額を支払うとポストにお花が届くサービスが始まったとSNSで知って、登録したのが2019年。花瓶は一つ持っていたけれど、何かのお祝いでいただいた花束を飾ったきり、ほとんど使っていなかった。隔週で、花弁の大きなもの、小ぶりなもの、そしてグリーン系の2~3種類が薄くて小さな箱に入って届く。自分だったら買わないような種類の植物が届くこともあって、おしゃれなねこじゃらしみたいなものが届いたときはちょっと戸惑ったけれど、一緒に買った新しい花瓶と届くお花の茎の高さがほどよく合っていて、水を入れて挿せばそれっぽくきれいに飾れるのがよかった。ねこじゃらしも他のお花と一緒に飾るとなかなかいいバランス。なるほど、こんな風に組み合わせるのか、と少しずつお花のことを知っていった。

 部屋に花を飾ると、そこだけなんだかぱっと明るくなる。花はいつもしゃんとしている。切り花の命は短いけれど、そんなことはまったく知らないかのように、堂々と咲いている。ああ、命があるな、と迎えるたびにちょっとだけ緊張した。いつもの一人暮らしのワンルームに、自分以外の生きているものがやってきた実感があった。まばゆい存在。周りが散らかっているとなんだか申し訳なくて、お花を飾るために部屋を整頓したりした。

 花は、窓のようであり、鏡のようでもある。トルコキキョウ、ガーベラ、芍薬、ラナンキュラス。好きな花を一輪飾るだけで、部屋の中で光や風を感じられた。まるで窓がひとつ増えたかのようだ。水を替え、茎を切る。花器の周りをきれいに整える。命の短い切り花と向かい合うと、自分の暮らしに向き合っている感じがする。気にかける存在がいることで、いつも後回しにしていた生活、そして自分自身のことを少しずつ大切にできている気がした。

 それから、お花を買って自室に飾ることは日常の行為になっていった。特にコロナ禍では花を買うことは自分にとっての生命線のようなものだった。わたしの第一歌集『水上バス浅草行き』の中にも、花についての歌がたくさん出てくる。短歌をつくることが自分にとっての癒しになっていたように、花を飾り愛でることは停滞していく部屋の時間を解放してくれるようなところがあった。先の見えない日々の中で、わたしは花に救われていたと思う。

 高知に引っ越してからは、切り花を買うことは都会で暮らしていた頃に比べて少なくなった。部屋には大きな窓があり、すぐそばに雄大な山の景色が広がっていて、ものすごく身近に自然があるからだ。

 先日、母が芍薬を買ってきた。でも馴染みの芍薬とはちょっと様子が違う。小さなつぼみが3つついた一本と、中くらいのつぼみの一本、そしてすでに大きく花開いた一本を、がさっと花束のように持っている。つやつやとした葉っぱはたっぷりついたままで、都会で見る芍薬より野生感があった。「どこで売ってたの?」と尋ねると母は「JAで」と答えた。芍薬は、自分の蜜で花弁がくっついてしまい、うまく開かないことがある。だからつぼみの蜜をティッシュで優しく拭き取ったり、軽く揉んでやる。けれども農協の芍薬は既に堂々と咲いていた。わたしが手を貸さなくても、ぶわっと花開いているワイルドな花。そのたくましさに驚いて、また花のことが好きになった。 

 

≪作品紹介≫

切り花サブスク

毎月定額で切り花が届く。
岡本さんが使用していたのは「FLOWER」

2023.4.27更新

 

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次回予告

初夏の更新を予定しています。次回もお楽しみに!

単行本情報

『水上バス浅草行き』
水上バス浅草行き
著:岡本真帆
発行:ナナロク社
定価:(本体1700円+税)
 

岡本真帆さん第一歌集発売中!

ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし
3、2、1ぱちんで全部忘れるよって今のは説明だから泣くなよ
平日の明るいうちからビール飲む ごらんよビールこれが夏だよ

きらめく31音がたっぷり収録された第一歌集。ぜひお求めください

 

 
『歌集副読本『老人ホームで死ぬほどモテたい』と『水上バス浅草行き』を読む』
著:上坂あゆみ・岡本真帆
発行:ナナロク社
定価:(本体1200円+税)
 

”歌集副読本”も発売中!

『老人ホームで死ぬほどモテたい』と『水上バス浅草行き』、
2冊の歌集をそれぞれの歌人が読みあう”副読本”。
歌人は短歌をどう読むか? 私たちが短歌に親しむためのガイドのような一冊です。

 

 

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著者プロフィール

岡本真帆

一九八九年生まれ。高知県、四万十川のほとりで育つ。未来短歌会「陸から海へ」出身。

Twitter: @mhpokmt

  • マンガ 募集
  • コミックエッセイの森
  • 岡本真帆(おかもと・まほ)

    一九八九年生まれ。高知県、四万十川のほとりで育つ。未来短歌会「陸から海へ」出身。第一歌集『水上バス浅草行き』(ナナロク社)
    Twitter:@mhpokmt