◎“理想の男性”が田原総一朗になったわけ

田原 今日はお会いできるのを楽しみにしていました。春香さん、僕のファンだと言ってくれているんだって? 嬉しいねえ。

春香 はい。あこがれの田原さんとお話しできるということで、とても緊張しています。

田原 年齢は春香さんのお父さん、いや、おじいさんに近いでしょう(笑)。なんで僕なのか、今日はそのあたりをぜひ、お聞きしたい。まず、その前に、日本に来られた経緯からうかがいましょうか。

春香 日本の芸能界にあこがれて、16歳のときにスイスから単身、日本の高校に編入してきました。父は日本人、母はスイス人です。

田原 そう、それで日本語が上手なんですね。

春香 ありがとうございます。母は日本語を話せなかったので、父との会話で覚えました。でも、父はスイス人と結婚したのに、ドイツ語を話せないんです。

田原 えっ、お父さん、ドイツ語を話せないの? なら、お父さんとお母さんは、何語で会話をするの?

春香 英語です。ですから、家族の共通言語がなかった……おかしな家族でしょう(笑)。

田原 いやいや、だから語学が堪能なんだね。でも、なんで日本の芸能界だったの?

春香 小さいころから、どういうわけかスイスに馴染めなくて。もちろん、スイスは自然が豊かで綺麗な所ですが、刺激もあまりなく、私だけ浮いている感じでした。そんなとき、衛星放送でやっていた日本テレビの「笑点」を見て、“わっ、楽しそうな世界”と思ったんです。

田原 「笑点」って、あの落語番組の? 日本語の放送でしょう、理解できたの?

春香 初めて見たのは小学校の高学年くらいだったんですが、もちろん、最初はわからなかったです。

田原 小学生!? 時事問題もあったりして、とにかく日本の文化や世情を知らないと、オチも理解できないしょう。とても難しいと思うんだけど。

春香 はい。最初は……でも、わからないなりに、色とりどりの着物や座布団があって楽しそうだなとか、お客さんが笑うのを見てつられて笑ってました。

田原 そう、お題の出来、不出来によって座布団をもらったり、没収されたりね。

春香 初めは座布団がなんで増えたり、減らされたりするのかもわからなかったんですが、毎週見ているうちに大喜利のルールがわかってきて、完全にハマりました(笑)。





田原 ハマった……つまり、笑点を見て、こういう世界に入りたいと?

春香 はい。日本のテレビって、笑いがあって、楽しそうでいいなあって。

田原 でも、なんでスイスでなくて、日本のテレビなの?

春香 スイスのテレビって、正直、あまり面白くないんです。出演者も、司会と歌手、役者さん、一般の人ぐらいで、日本でいうタレントさんもいないし、雛壇もないんです。だけど、日本ではいろんなキャラのタレントさんがいて、笑わせるようなテロップもドーンと出たり、内容も濃くてテンポも早くて、とにかく面白い。まさにバラエティなんです。

田原 そうね。日本のテレビはものすごくサービス精神にあふれていて、なんとかお客さんにわかってもらおう、笑ってもらおうって懸命にやってる。

春香 そうなんです! 情報番組もいろんなボードを使って説明してくれたり、そういうところに惹かれて、この世界に入ってみたいと。

田原 それで日本に来ちゃったわけ? ご両親に反対されたでしょう。

春香 大反対でした。でも、私の決意が固くて……。必死に勉強して、父が出した条件の学校の成績を下げずに、TOEIC、TOEFL、ドイツ語、漢字検定、日本語能力試験をすべて1年以内にクリアして、許可をもらったんです。おかげで、日本へは高校2年の途中から編入することができました。

田原 スイスの高校と日本の高校では、ずいぶん違ったでしょう。

春香 全然違いましたね。まず、スイスの高校って、みんな普通に意見を言ったり、質問したりして手を挙げるのに、日本では、手を挙げないのが普通なんですね。

田原 そうね、日本では、あまり手を挙げないね。

春香 「笑点」のイメージがあったので、冗談は言わないまでも、手を挙げて、意見を言ったり、質問したりするのが活発なのかと思ったのですが、先生が一方的にずっとしゃべっている……。

田原 なぜかと言うと、日本の教育は、正解のある問題を解くことを教えているから。正解しか教えないわけだから、生徒も間違った意見は言えないと思って手を挙げないし、異なる意見や疑問もぶつけない。そんな授業、全然、面白くないよね。

春香 正直、ショックでした。そこで思い出したのが、田原さんの著書に書いてあった、先生を質問攻めにして困らせた話です。


◎「ズバリ訊く」からかっこいい

田原 ちょっと待って、高校生のときに、もう僕の本を読んでいた?

春香 そうです。「朝まで生テレビ」も拝見していました。

田原 すごい! 僕はどんどん質問するので、日本ではイメージがあんまりよくないんだけど(笑)……僕のどこに興味を持ったの?





春香 質問して何が悪いんだっていう姿勢です。私は気になったことは、とことん突き詰めるタイプで、それが当たり前だと思って生きてきたんですが、日本では、その場の空気を壊しちゃいけないという独特の雰囲気があって、たとえ疑問があったとしても、みんな何も言わないんです。

田原 それは、場の空気を壊すことはあえて言わない、日本の悪しき風潮だね。世界では、日本人にしゃべらせるのと、インド人を黙らせるのがいちばん難しいと言われている。

春香 そうかも!(笑) 私は、疑問に思ったことはその場で訊いて納得しないと、思考が停止しちゃうようで、とても苦痛なんです。

田原 その気持ち、よくわかるよ。

春香 なぜ、疑問のままでいられるのでしょうか。

田原 さっき言ったように、正解を出す教育しか受けてこなかったからだと思う。国際会議で欧米人がどんどん異議を唱えるのに、日本人が積極的に発言しないのは、正解を言わないと恥ずかしいと思っているからだと思うね。だけど、世の中の問題には正解のないことがほとんどでしょう。

春香 おっしゃるとおりです。で、田原さんが「朝まで生テレビ」で出演者を質問攻めにしているのを見て、日本人でもこんな方がいるんだと、目が釘付けに。それで、いろいろ著書を読ませていただきました。最近だったら『逆風を追い風に変えた19人の底力』(青春出版社)とか……出てくる方のお話もそれぞれすごく魅力的でしたが、何より疑問に思ったらすぐに質問に行く田原さんの行動力と取材魂に感動しました。

田原 気に入った?(笑)

春香 はい。著書はもちろんですが、討論番組でタブーに踏み込む姿、一歩先を読んで、相手の本音を引き出す姿勢に惹かれました。

田原 ありがとう。だけど、なぜって訊くのは嫌われやすい。政治家なんか、みんな僕のことを嫌な奴だと思ってるよ。

春香 訊かれたくないところを突かれるからじゃないですか? 私も「なぜ、なぜ?」って訊きすぎて、同級生に「お願いだから訊かないで」って言われていました(笑)。

田原 僕もだね。今も「なんで?」ってばかり聞いてる(笑)。でも、芸能界では「なんで?」って言うと、周りに嫌がられるでしょう?

春香 はい。だから、雛壇に座るときは、なるべく訊かないようにしています(笑)。だけど、疑問に思うことを曖昧なままにしていると、本当の自分がわからなくなってしまうし、物事の本質がわからなくなるという思いがあるんです。日本では、その場の空気を読むことを大事にする。それを学ぶのは面白いのですが、読んでばかりいると、何も訊けなくなくなってしまう。

田原 日本のジャーナリストのなかには、こんなことを訊くのは相手に悪いという気持ちから、遠回しの質問をする人が多いけど、海外のジャーナリストは、そんなことおかまいなしに、はっきり訊くんです。とくに中国のジャーナリストなどは非常にストレートに質問してくる。日本人はその態度に面食らうようだけど、僕は彼らととても気が合うし、僕も遠慮せずに「弾圧されて亡命した陳光誠さん(編集部註:中国山東省出身の盲目の人権保護活動家。自宅で軟禁、迫害を受けていたが、2012年、北京のアメリカ大使館に逃げ込む)を、どう思う?」などと直球で質問する。

春香 田原さんはなぜ、そんなにズバリ訊けるのですか?

田原 本質に迫るのがジャーナリストでしょう。そこに切り込まなければジャーナリストとはいえない。相手を思いやるのは大切なことだけれど、口論になるくらい相手と真剣にぶつかり、本音で議論する、これが大事だと思う。僕は物事の本質は自分で確かめるしかないと思っている。僕はそれを子どものころ学んだ。春香さん、太平洋戦争って知ってる?

春香 はい。

田原 僕は、11歳で終戦を迎えたんだけど、それまでは軍国少年で、海軍兵学校に入って軍人になり、国のために死ぬのが役目だと思っていた。ところが、敗戦を境に聖戦と教えられてきた戦争が間違いに変わり、教師や新聞は言っていることを180度変えた。以来、常識はそのまま信じてはならないと思って生きてきた。常識を徹底的に疑うことがジャーナリストの仕事だと思うようになったきっかけはそんな子ども時代の経験にある。

春香 田原さんの目は好奇心にあふれていると思っていたんですが、お話をうかがって、その理由がわかりました。

田原 追及ばかりしているんで、僕は目つきが悪いと思っていたんだけど、自信もっていいかな(笑)。

春香 もちろんです! 私のなかでは理想の男性です。



◎日本の政治を知りたくて永田町通い!?

田原 春香さんは、現在は上智大学の学生でもあるわけだけど、大学生活はどう? 

春香 実は、話のできる友達があまりいなくて。スイスでは友達と、ファッションや恋愛、ジョークなど軽い話もするんですが、たとえば、「最近、EUに加盟しようとスイスは迷っているけれど、どう思う?」というような政治や社会問題の話も普通にするんです。

田原 なるほど。日本の学生は全然、政治に興味を持ってないでしょう?

春香 はい、ほとんど話さないですね。大学に入って二十歳になったので飲み会に参加したんですが、政治の話はまったくで……。

田原 日本の若者が政治に関心がないのは、第一に政治を知らないことにあると思う。そんな状況を身近に見てどう感じました?

春香 政治って、自分たちの暮らしの土台をつくるものなのに、なぜ興味がないのか不思議でした。それで日本の政治を知りたいと思い、まずは国会を見てみようと、永田町に通い始めたんです。

田原 国会に行くという発想がいいね。それで、政治家の追っかけに?

春香 はい。政党や政策から入ると難しいので、政治家個人に注目しようと思ったのです。真面目な印象の岡田克也さんはカエルの置物収集が趣味だったり、谷垣さんはいつも「プロポリスのど飴」を持ち歩いているとか、国を動かしている人たちのパーソナリティがわかると、政治がぐっと身近になるんです。衆参議員の名前を覚えようと、政治家のカルタも作りました(笑)。





田原 政治家のカルタ? 

春香 はい。最初は議員さんの顔と名前を単語帳に貼ってたんですが、親しみがわかなくて。そこで政党ごとに色分けして、読み札には名前の頭文字から始まるその議員さんにちなんだフレーズをつけて……。

田原 面白いこと考えるね。ちなみに、安倍総理はどんなフレーズ?

春香 作ったのが政権を奪回する前だったので、「アイスクリーム ププモナカが大好き 安倍晋三」。ほかには「おばあちゃん子 小沢一郎」 「あの頃も 今もイケメン 甘利明」……とか。

田原 へえ、どうやって情報収集するの?

春香 春と秋に出る『政官要覧』は常に持ち歩いて熟読してますし、facebookやTwitterをチェックしたり。ですが、田原さんがおっしゃるとおり、自分の目と耳で得た情報にはかなわないので、三日に一度は永田町に出向いたり、気になる議員さんの街頭演説を聞きに行ったりしています。

田原 昨年は、若い人に向けて政治や選挙のしくみについて解説した本(『春香クリスティーンのおもしろい政治ジャパン』マガジンハウス)も書かれた。若いタレントさんで政治の本を書いたのは春香さんが初めてじゃないかな。

春香 その節は帯にコメントをいただき、ありがとうございました。

田原 基本的なことが詳しく解説されていて感心したね。国会や選挙の仕組みも、案外、みんな知ってるようで知らないからね。若い世代の関心を選挙に向ける一冊だと思う。

春香 そんな、お褒めの言葉をいただいて感激です。昨年の参院選公示に合わせて書き上げました。自分の生き方や生活が政治によって左右されてしまうと思うと無関心ではいられないし、若者がいいなと思う政策を掲げている候補者がいても、その人に投票しないと意味がないわけで……。

田原 そうね。選挙には行かないと。

春香 昨年の参院選ではネット選挙が解禁となって、各政党がLINEを立ち上げたり、候補者がTwitterやFacebookに動画をアップしたりで、私はかなり興奮したんですが、投票率はまったく伸びず……。

田原 期待はずれとの見方もあったけど、そもそもネット選挙を導入しただけで投票率が上がるものではないし、ネット選挙の一番の利点は、不偏不党の原則にしばられず、公約の分析や批判がスピード性を持って伝えられる点にある。SNSがこれだけ普及した今、そうしたツールを活用して有権者も意見をどんどん言うべきだし、候補者も聞きくべきだと思うね。

春香 TwitterやFacebookで同じ意見の有権者同士がつながれば、ひとつの大きな意見となりますよね。有権者同士だけでなく、政治家と有権者とのコミュニケーションも深まることを期待したいです。


◎“ネクラでコミュニケーションが苦手”だった!?

田原 ところで、今の学生は、飲み会で何を話すの?

春香 男の子はバイトの話とか、女の子はファッションとか、いわゆるガールズトークです。私は、そういう話がいちばん苦手で、飲み会もあまり楽しめなくて。

田原 飲み会のなかに、気になる男子はいなかったの?

春香 それが、興味が持てないんです。だからといって女性に興味があるわけではないのですが(笑)。

田原 なぜ、興味がないの? 

春香 今はそんなことする時期じゃない。勉強だとか、やるべきことがほかにたくさんある気がして、恋愛はもっと大人になってからすればいいと……。

田原 もう、十分大人だと思うけど(笑)。





春香 そうなんですよね。実は、スイスでは小学生から恋愛話をするくらい、みんなませていて、私はついていけなくて引いてたんです。高校生になったら恋愛もいいかなと思っていたんですが、日本でももうみんな当たり前に恋愛していて。

田原 日本でも高校生は普通に恋愛していますよ。

春香 ちょっと出遅れた感があって、恋愛の輪に入り込めなかったんです。

田原 でも、春香さん、綺麗だから男性のほうから、「つき合ってください」って言ってくるんじゃない?

春香 いえいえ、まったくモテないです(笑)。

田原 あ、そうか。春香さん、綺麗すぎるんだよ。綺麗すぎるから、男たちは恐れをなして声をかけられない。

春香 いえいえ。たぶん、私の問題もあるかと。高校生のときは「こんにちは」って言われても、下向いて挨拶を返すくらいネクラの子だったんです。

田原 あまりコミュニケーションが得意じゃなかった?

春香 はい。自分から話しかけるのも苦手で、男の子とも10秒以上会話ができなかったんです。

田原 今はコミュニケーションが苦手とは思えないけれど、いつごろから変わったんですか?

春香 この仕事を始めてからですね。

田原 そもそもテレビの仕事を始めたきっかけは?

春香 テレビの世界にあこがれていたので、スイスに住んでいたときから、インターネットでオーディションに何回も応募はしていたんです。ホリプロのオーディションに。父は厳格な人で、芸能界に理解がなかったのですが、唯一、山口百恵さんのファンで、百恵さんがいたホリプロならいいと言われて、ひたすらインターネットで、ホリプロばかり受けていました(笑)。

田原 インターネットの応募って、どんなことを書くの?

春香 普通に年齢、体重、身長と、特技・趣味とかです。

田原 特技・趣味は何を?

春香 4カ国語しゃべれるとかです。

田原 それ、すごいことだけど、ホリプロはダメだったの?

春香 はい。翻訳家を探しているわけじゃないから、と。

田原 4カ国語でギャグ言うなんてね、すごいことだと思うけど。

春香 今はありがたいことにやらせてもらっていますが、当時は……。

田原 まあ、当時はホリプロに目がなかったんだね。で、日本に来てからは?

春香 あきらめずに応募し続けて、ようやく演劇ユニットに受かったんですが、外国人なので、なかなかドラマの役もなくて落ち込むばかりで……。唯一の楽しみが、お笑いの芸人さんの物真似で、家のユニットバスの鏡の前でそればかりやっていました(笑)。

田原 どんな芸人さんの真似を?

春香 オードリー春日さんとか、あのころブレイクしていた小島よしおさんとか。それで、当時、深夜のお笑い番組で、芸人さんが自分の特技を披露するというのがあって、そこでお笑い芸人の世界のナベアツ(現・落語家桂三度)さんのネタを4カ国語でやったらウケて、それがテレビに出たきっかけです。

田原 芸能界って、どこにチャンスが転がっているかわからないね。で、デビューして、苦手なコミュニケーションが克服できた?

春香 克服とまではいかないんですが、以前よりは雑談ができるようになりました。

田原 春香さん、雑談が苦手なの? 実は、僕も雑談が最も苦手なんです(笑)。

春香 本当ですか? 歴代の総理大臣にもインタビューしてきた田原さんが……。信じられません!

田原 本当ですよ(笑)。地方で講演会があると、待ち時間に地元の関係者と雑談しなければならないのが苦痛で、妻が生きていたころは同行してもらい、僕の代わりに雑談をしてもらっていたんです。まず、興味のない話ができない。たとえば、食べ物の話をされても、食べることにそれほど興味がないので、会話が続かないのです。 

春香 その感じ、わかります!

田原 春香さんも雑談は苦手でも、興味のある話ならできるでしょ。

春香 もちろんです!

田原 コミュニケーションは大事だけれど、無理に取ろうとすると、なおさらうまくいかないね。

春香 そうですよね。私、雑談が苦手だから、「話かけないで」オーラを出していたところがあったかもしれません。それが相手にも伝わり、会話が進まない……。

田原 そうね。苦手な僕が言うのもなんだけど、雑談も挨拶程度に考えて、軽くかわせばいいんじゃない。

春香 はい。おかげで気が楽になりました(笑)。


◎恋愛がわからない!?

田原 バラエティからニュース番組まで幅広く活躍されて、今は売れっ子になっているんだけれど、本当にボーイフレンドはいないの?

春香 本当なんです……。

田原 日本の男はダメ?

春香 いえいえ。むしろ、ヨーロッパ系の、背が高くて声が低くてマッチョな男性のほうがダメです。

田原 そうか。背が高くて声が低いマッチョはダメか。

春香 スイスでは、そういうタイプの男子ばかりで怖かったです。

田原 じゃあ、日本のほうがいいじゃない?

春香 はあ……日本の男性のほうがいいなあとは思うんですが……。

田原 でも、このごろの日本の若者たちは草食動物で、ちゃんとアプローチしてこない?

春香 こないですね。最近では絶食系という言葉まであるくらい……。

田原 仕事柄、学生やさまざまな分野で活躍する若者たちと話をする機会があるけど、彼氏・彼女がいない人もけっこういるし、結婚に至っては必要性を感じないという声も聞くね。国の調査(厚生労働省「人口動態統計」2012年)でも、未婚者で交際中の異性がいない男性は6割、女性は5割、生涯未婚率(50歳までに一度も結婚経験のない割合)も上昇していて、男性2割、女性1割に達している。

春香 実は、私も絶食系女子というか、どうしたら恋愛に踏み出せるのか、まったくわからないんです。

田原 えっ、わからない? 

春香 はい。そもそもどこからが恋愛なのか、何が恋愛なのか、恋愛ってしたほうがいいのか……。

田原 いやいや、恋愛はしたほうがいいに決まってる! 永遠のテーマだし、これからますます大事になってくると思うね。今、なぜ恋愛かといえば、女性に経済力がなかった時代、女性は結婚して初めて生活を安定させることができたんです。僕が最初の妻と結婚した昭和35年当時は、女性は結婚したら仕事を辞める、寿退社が一般的だった。仕事もお茶くみなどの補助的なもので、いずれ辞めてしまうことを前提に給料も低く位置づけられていた。つまり、女性が結婚する目的の多くは経済であり、それほど恋愛感情がなくても結婚に踏みきれたわけ。

春香 女子トークを聞いていると、男性に経済力を求める傾向は、今もあります。

田原 そうね。男性に養ってもらいたい願望は今もあるね。だけど、今は女性も経済的に自立してひとりで生きていける。日本でも男女雇用機会均等法の施行以降、女性の社会進出が進み、総合職への道も開かれてきて、男性並みに高収入の女性も増えた。結婚は、生活のためにしなければならないものから、人生の選択肢のひとつになった。

春香 私の周りでも、キャリア志向の女性やシングルライフを謳歌している先輩がいます。

田原 テレビ局などではそういう女性が多いよね。で、結婚が選択肢のひとつになると、決断には相応の理由が必要となる。だけど、条件のいい人といっても、高収・高学歴の男性はそうそう巡り会えるものではない。

春香 私は行ったことないですが、合コンでは、やはり高収・高学歴の男性がモテるとか。

田原 でも、一部上場企業は全体のわずか1割程度にすぎない。たいていの人は中小企業で働いているのが現実でしょう。そうなると、よほど好きな人でなければ結婚に踏み切れない。だからこそ、恋愛が大事になってくる。

春香 なるほど。恋愛がわからない私なりに、ちょっと納得です(笑)。


◎恋愛のない人生なんてつまらない!

田原 まあ、だけど、恋愛や結婚は個人の自由なんだし、するもしないも大きなお世話なんだけど、それでも僕は若い人たちに、もっと積極的に恋愛しようよ! と言いたい。

春香 そう言われても……やはり、私にはハードルが高いです。

田原 どうして? フラれるのが怖いから? そんなことないでしょう。 僕の場合は……春香さんは僕を理想の男性と言ってくれているけど、僕は決して女性にモテるタイプではなかったし、かなりの奥手だったんです。好きな子がいても声もかけられず、高校生どころか、大学生になっても女性の手も握れなかったのですから。

春香 えーっ、本当ですか!

田原 本当ですよ(笑)。だから僕の場合はすごく、フラれるのが怖かった。容姿もたいしたことないし、就職の際の健康診断で、「肩幅が子どもみたいに狭いね」と言われてショックを受けるくらい体つきも貧弱で、まさにコンプレックスの塊だった。つまり、男として自信がないから、好きな女性がいても声もかけられなかった。つまりかくいう僕も、実は恋愛に消極的だったんです。

春香 そんな田原さんが、恋愛をすすめるのは、なぜなんですか?

田原 みんな恋愛が面倒とか、自信がないとか言うけど、本当のところ、恋愛を望んでいない男女はいないと思うからです。

春香 そうでしょうか……。

田原 だって、僕自身がそうだから! 僕は奥手でコンプレックスの塊だったけれど、一度も恋愛をしなくてもよいと思ったことはないんです。そのおかげか、4月で80歳になろうという今も、交際している女性がいる。

春香 ええっ、驚きです!

田原 別にそんなに驚くことじゃないよ。高齢社会なんだし珍しくないね。

春香 たとえば、どんなデートを? 私が恋愛に至るには時間がかかる(笑)と思うので、参考までにぜひお聞きしたいですね。

田原 別に若い人と変わりないよ。毎晩その日の出来事を電話で報告し合ったり、ときどき食事に行ったり。違うのはメールでなくて電話なことくらいだね(笑)。彼女は高校のときの文学会の仲間で、当時、思いを寄せていた女性。お互い伴侶を亡くして独身同士で、数年前に同窓会で顔を合わせてようやく告白することができたんです。

春香 素敵なお話ですね。

田原 そうでしょう(笑)。いくつになっても恋愛はいいものだし、人生には欠かせないものだと実感している。だから、春香さんにも、臆せずに恋愛をしてほしい。

春香 そうおっしゃられても……。恋愛とは何かもわからないのに、実践するのは難しいです。

田原 恋愛とはなにか? そんな難しいこと考えなくても、単純に、好きになればいいんですよ。あの子、いいなあと思えば、ちょっとつき合ってみようかとか。

春香 そんなあ……どうやって好きかどうかを見極めたらいいかがわからないです。

田原 見極める? そんな必要ないよ。恋愛って、気持ちだよ。自分の気持ちに正直になればいいんです!

春香 はあ……人間としてこの人、素敵だなあと思うことはありますが。

田原 「素敵!」、それでいいじゃない! 好きかどうかなんて、見て感じがいいなと思えばいいんじゃない?

春香 えっ、その程度でいいんですか? だって、感じのいい人は、世の中にいっぱいいるじゃないですか。

田原 どんな人でも感じがよければいいんじゃない。たとえば、結婚していても、していなくても……。

春香 ええっ!?

田原 えっ、ダメなの?

春香 さすがに結婚している人とは社会的に……。



◎恋愛とモラル論争

田原 確かに不倫はよくないよね。春香さんの僕に対するイメージを壊すようで心苦しいんだけど、実は、僕は最初の妻・末子をがんで亡くしたあと、再婚したんだけど、その妻・節子とは不倫の末、結ばれたんです。お互い家庭のある身だったんだけど、惹かれ合ってしまったら、それはどうしようもなかった。

春香 どうしようもない……?

田原 そう。彼女は日本テレビのアナウンサーで、僕は彼女の番組の構成者として関わっていて、議論のセンスがお互いとても合ったんです。仕事を通して話しあううちに、世の中とはかけ離れた常識や価値観、感覚までもがとてもフィットした。気がついたときには、わかり合えるパートナーしてお互いなくてはならない存在になっていた。

春香 で、つき合うように?

田原 そう。でも、つき合うといっても、何年間も、会ってひたすら話をするだけ。キスもしなければ手も握らなかった。

春香 それはやはり、不倫は悪いという気持ちから?

田原 うーん。不倫がいいか、悪いかって言ったら悪いに決まってる。道徳的には決して褒められない行為でしょう。けれど、惹かれ合ったらどうしようもない。不倫は、“業”としか言いようがないね。だから、僕らが何年間も結ばれなかったのは、いい・悪いというより、僕が恋愛に不器用だったことに加え、お互い一線を越えたら後戻りできないという思いが大きかったからだと思う。

春香 もちろん、罪悪感はあったでしょう。

田原 当然、妻を裏切っているという罪悪感はあったし、ずるいといわれるかもしれないが、僕は妻や子どもたちを愛していたし、戦前の教育を受けていたから、家長として妻や子どもたちに不自由のない生活を保証する責任があると思っていた。

春香 えーっと、あのー、恋愛って、いい・悪いだけでは語れないものなんでしょうが、経験のない私にはすでに理解の域を越えています……。

田原 そうだよね。失礼しました。恋愛がわからないって悩んでいるのに、不倫の話なんて答えようがないよね(笑)。ところで、春香さん、森鴎外って知ってる?

春香 あの、『舞姫』とか書いた作家ですよね。

田原 そう。実は、僕がいちばん尊敬している作家は森鴎外で、鴎外は作家としての信念や自分の生き方を貫き通したんだけど、その一方で家長意識が強く、家族も守った。僕は鴎外のいろいろ抱え込んでも妥協はしないという生き方が好きで(彼はそれをドロップアウトと表現していた)、僕も仕事では思う存分好き勝手にわが道を進んできたけど、同時に家族の生活を守るように努めてきた。だから、節子とつき合うことで妻や子どもたちを傷つけることは絶対にしてはいけないと思っていたんだ。

春香 で、節子さんとはどんなタイミングで再婚されたんですか?

田原 最初の妻・末子が亡くなってから5年後、つき合ってからだと27年後だったけど、節子もまたがんを患って亡くなってね。結婚生活は14年だったけど、彼女とは一生ものの恋愛をしたと思っている。

春香 節子さんはどんな方だったんですか?

田原 当時ではまだ珍しい、ただ原稿を読み上げるアナウンサーとは違って、物事を深く考えて論理的に語れる女性でね、理知的で媚を売らないところに惹かれた。どちらかといえば女性の味方で、同性から好かれるタイプだったね。

春香 お会いしてみたかったです。

田原 まあ、春香さんにいきなり不倫はすすめないけど、恋愛はモラルに縛られてするものじゃないと思うよ。結婚もしかりで、僕はどんどん結婚して、合わなければどんどん離婚すればいいと思っている。離婚がめんどうなら、事実婚でもいいし。

春香 離婚も、事実婚もありですか? 問題でしょう。

田原 問題ないよ。フランスでは結婚しないで一緒に住んでる事実婚がいっぱいいるじゃないですか。フランスの現大統領フランソワ・オランドさんだって事実婚だったし、別にいいんじゃない?

春香 たしかに、そういう例はヨーロッパではよくありますが……。

田原 春香さんだって、ヨーロッパ系じゃない。

春香 そうですが、スキャンダラスな感じがして……。たしかに、スイスの高校時代の友人のfacebookのトップ画面はキスしている写真だったり、この人とつき合っていますと、堂々と宣言する写真が貼ってあったり、男女の関係はオープンだと思いますが。

田原 そんな写真を見て春香さんはどうなの? 嫌だなあと思うわけ?

春香 私は引いてしまいます。「お幸せに!」っていう感じです。

田原 春香さんは、とっても道徳意識が高いんだね。

春香 どうなんでしょう? でも間違ったことをするのはどうかと……。

田原 じゃ、男と女がキスするのは、よくないと思っているわけ?

春香 キスするシチュエーションによってですが、やはり人前ではちょっと。





田原 春香さんは、誰かにキスをしてほしいなあと思ったことは?

春香 キスしてほしいですか? 正直、まだないです。そこまで近しい関係になったことがないので。

田原 なんでならないの? 

春香 男の人と食事に行く機会も、なかなかないですし……。

田原 春香さんのほうから、「一緒に食事に行きませんか」って誘えばいいじゃないの。

春香 あのう……、片っ端から、いろんな人を誘ったほうがいいんですか?

田原 いや、必ずしもいいとは思わないけど、ちょっと感じがいいなと思ったら誘うのは、なんの問題もないんじゃない。ちょっと誘って話をしたいなと、思う子はいるでしょ?

春香 話を聞きたいなあと、思う人はいます。でもそれは、プライベートなことではなくて、たとえば、私と同じように、政治に興味を持っている人の意見だったりですね。

田原 だったら、その政治の話を聞くのに、食事をしながら聞いてもいいんじゃない? 別に男の子と一緒に食事をするときに、愛がどうしたとか、そんな話をしなくてもいいじゃない(笑)。自民党がどうとか消費税はどうなるとか、そういう話をしながら食事をしたっていいと思う。

春香 でも、政治の話からどうやって恋愛に発展するんですか?

田原 僕は妻の節子と恋人時代、一緒にベッドに入ってからも、今の総理大臣はダメだとか、どこの党がダメだとかいう議論をよくしていた。

春香 そうなんですか!

田原 実際、論争すると、女性のほうが強いね(笑)。夜中の一時になっても二時になっても論争が続くわけ。僕のほうが今日はもう閉店といっても、彼女は納得いくまで話をしたがったね。

春香 デートで議論ですか。うらやましいですね。

田原 さっきも話したとおり、彼女とは議論のセンスがお互いに合っていたんだと思う。あるとき、番組の企画会議で、電車で男が痴漢をするのは、病気か特殊な男だろうという意見が出た。春香さんは、痴漢するのは特殊な男だと思う?

春香 どうでしょう、よくわかりません。

田原 僕は違うと思う。男はみんな痴漢をしたいんですよ。

春香 えっ、そうなんですか!

田原 痴漢をして女性に怒られたり、警察に捕まったりするのが怖いからしないだけで、実はみんな願望はあると思う。

春香 好きな人でなくても、お尻触りたいんですか?

田原 そう、触りたいと思う。それが証拠に、男たちがよく行くストリップショーっていうのがある。これは一種の痴漢ですよ。春香さんは男のヌードを見たいと思う?

春香 男の人のストリップショーに行くっていうことですよね。まったく興味がないですね。

田原 そこがね、男と女のまったく違うところなんです。

春香 たしかに、違いますね。

田原 彼女とこの議論をしたらとてもフィットして、それで深くつき合うようになっていった。

春香 じゃあ、議論を続けていたら、恋愛に発展するんですか?

田原 可能性はあるね(笑)。もっと言うと、僕の原稿やテレビ出演を彼女に批評してもらっていた。彼女は本音で話をするので、僕はしょっちゅうコテンパンに批判されていた。だけど、それは僕のための善意の批判なので、逆に僕はすごくありがたかった。それからどんどん関係が深まっていった。

春香 そういう恋愛もあるんですね。

田原 だから、まずは、理屈抜きで、春香さんの好きな政治の話をすればいい。そして、この人と話が合うなと思ったら、次に食事をしたっていいじゃない?

春香 でも、恋愛ドラマとか恋愛小説では、そんなデートってないし……。

田原 そうだね。たしかにドラマでは絵になりにくいから、ないのかもしれない。でも、現実にはいろいろなケースがあると思うけど。

春香 ドラマのように、おしゃれなカフェで愛を語り合ったり、海辺を手をつないで散歩したりするのが、普通かと思っていました。

田原 ドラマはあこがれの世界を創りあげているのであって、しょっちゅうそんなデートをしている人は少ないと思うよ。それに恋愛小説はね、あまり恋愛をしたことのない男が書いてることが多いんですよ。こうあってほしいという、自分の願望を書いているわけ。だから恋愛小説を書いている男は、たいがいモテないね(笑)。

春香 一時期、本当に恋愛ってわからなくて、恋愛小説を読めばわかるかと思い、片っ端から読んでみたんですが。

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  • 【おふたりの近著】  
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    永田町大好き!  春香クリスティーンのおもしろい政治ジャパン 『永田町大好き! 春香クリスティーンのおもしろい政治ジャパン』  
  • 田原総一朗(たはら・そういちろう)

    1934年4月15日滋賀県生まれ。早稲田大学卒。岩波映画製作所、東京12チャンネル(現・テレビ東京)を経て、1977年フリーのジャーナリストに。1987年開始の「朝まで生テレビ」(テレビ朝日系)では、ストレートな物言いを武器に政治・経済・教育など幅広い問題について鋭く切り込む。1998年ギャラクシー35周年記念賞受賞。2010年「激論!クロスファイア」(BS朝日)開始。2002年「大隈塾」開講、2005年より早稲田大学特命教授。『日本の戦争』(小学館)、『塀の上を走れ 田原総一朗自伝』講談社)、『誰もが書かなかった日本の戦争』(ポプラ社)、『田原総一朗責任 編集 竹中先生、日本経済 次はどうなりますか?』(アスコム)など、著書多数。