ようこそ、この不思議な世界へ!
世代を超えて愛されるシンガーソングライター、谷山浩子さんの連載が待望の書籍化。
20年ぶりの新作長編小説となる本作品、早くもファンの間で話題になっています。
PCモニターの向こう側には、
見たことのない世界が広がっていた――。
見たことのない世界が広がっていた――。
仲良し姉妹のミカルとハルルが迷い込んだ、世にも不思議な世界。これは夢か、それとも現実か? NHK『みんなのうた』、スタジオジブリ『ゲド戦記』『コクリコ坂から』への楽曲提供など、世代を超えて愛されるシンガーソングライター、谷山浩子さんが贈る、20年ぶりの新作小説!
[目次]
#1 ミカルとハルル
#2 グラフト登場(物理的にではなく)
#3 Amazonのすごい秘密
#4 棒が一本
#5 携帯ジャラジャラ
#6 イケメン人形、逃げそこねる
#7 イケメン人形、イケメンじゃなくなる
#8 ゆらゆらしているお父さんと、恋に不向きな娘たち
#9 謎の占い師 水鏡アリア
#10 オカメインコと月のあれこれ
#11 鳥籠の中の暑苦しい会話
#12 スーパーロボット・グラちゃんの時代
#13 銀色のミカルと、銀色じゃないほうのミカル
#14 ミカル、自分の分身を否定する
#15 お母さん、謎の母親力を発揮する
#16 ミカルのお風呂はさめている
#17 その呼び方をやめなさい
#18 見ているのに見えないということ
#19 いる。いない。いる。いない。いるいないるいな。
#20 現れては消え現れては消えるお茶の時間
#21 お茶お茶お茶お茶、お茶が飲めない!
#22 液体が液体の中を歩いていく
#23 そしてミカルは普通のアールグレイを飲み干した
#24 エピローグ
あとがき
[おためし読み]
#1 ミカルとハルル
「ねえハルちゃん、これ何かな…………」PCのモニターをじっと見つめて、姉のミカルがつぶやいた。
読んでいた雑誌から目を上げて、ハルルは姉のほうを見た。
姉はいつものおっとりとした、あんまり感情のこもっていない声で、こう言ったのだ。
「Amazonで変なもの売ってる」
どうでもいいようなことだが、この姉妹のちょっと変わったカタカナの名前は、祖父母の意見のぶつかり合いの結果である。
娘夫婦から初孫の名付けを任された祖父母は、男の子希望の祖父が「
「女の子に尊なんておかしいわよ。女の子なら美歌と決めてたじゃないの」
「じゃあ一歩譲ってミカルはどうだ」
「もっとおかしいわ、そんなの日本人の名前じゃありませんよ」
憤慨するばあちゃんのそばで、お母さんが、
「ミカル、かわいいかも。けっこう好きかも」
とつぶやいた。
それで決まった。お母さんは威勢のいい
遠方にいるお父さんの両親は温和な人たちで、あとで知らされてちょっと驚いていたけれど、なかなか個性的ですねと控えめに言っただけだった。
二人目出産の時は、祖父が「尊」、祖母が「
「タケルでもドザエモンでも好きにしたらいい」
と言い捨てて話し合いを放棄したので、根は愛妻家の祖父が「間を取って」ハルルに決めた。
カタカナ表記は、祖父が勝手に届けを出しに行って勝手に書いてきたのだ。どっちの時も。
と、どうでもいいような話はこのへんにして、先ほどのミカルの言葉に戻る。
「Amazonで変なもの売ってる」
「変なものって? どんな?」
「ん……んぐ……」
姉が首をくねくねさせて答えに困っている様子なので、ハルルは立ち上がり、後ろから画面をのぞき込んだ。
それはなんの変哲もない、普通のAmazonの商品ページに見えた。
ただ、商品画像が……。
「なにこのピンボケ。これ何が写ってるかわからないレベルじゃん」
「写真もだけど、それより商品名がほら」
言われて見ると、商品名が「んぐぁをりhkの」だった。
「なんじゃこりゃあ」
ハルルがお上品な奇声を上げた。
「んぐぁをりhkの!? んぐぁをりhkの、なに!?」
「よく一発で読めたね、ハルちゃん」
感心するミカル。
「なんだろうこれ。ね、ミカちゃん、商品カテゴリは? どこに分類されてる?」
「……“その他”」
「Amazonに“その他”なんてあったっけ?」
「商品説明読んでみるね」
マウスを動かして画面を下にスクロールさせ、商品説明を探す。
「あったあった。えーと……回転数が倍になり、より効率的な作業が可能になりました。重さが違います。ご自宅ジャッとくつろぐ」
そこまで読むとミカルは口をつぐんだ。かわいらしく小首をかしげて画面を見ている。
「ミカちゃん、最後まで読んでよ」
「読んだよ」
「途中でやめたじゃん」
「全部読んだよ。『ご自宅ジャッとくつろぐ』これで終わり。ほら」
ミカルの言うとおりだった。
「ジャッとくつろぐって何?」
「ホッとくつろぐの誤植かな」
説明を読んでもなんの商品かさっぱりわからないので、画面をさらに下にスクロールして、カスタマーレビューを見てみることにした。
「えーと、最も参考になったカスタマーレビュー……『さかさに振っても全く変わりません。ショープははさむ気配ありません』」
「『どんで? ざんで? リピ決定です』、参考になった、七千百二十三人……」
ミカルは当惑顔で妹を振り返り、ハルルもまた当惑顔で姉を見返した。
意味もなく、見つめ合う二人……。
「エイプリルフール……」
「過ぎてるよ、だいぶ前に」
「だよね」
だいたいエイプリルフールのネタにしては微妙、というか意味不明すぎる。
「ハッカーかな」
「ハッカーだってもうちょっとわかりやすく
姉妹は再びモニター画面に目を向けた。
「あ。これAmazonプライム対象商品だよ」
ミカルが急に嬉しそうな声を上げた。
「お急ぎ便送料無料だって。あと三十分以内に注文すると今日中にお届けしますだって」
ネットショッピング大好き、ほとんど全ての買い物をネットでするミカルは、当然のように年会費を払ってAmazonプライムの会員になっている。
ミカルのネットショッピング好きはハルルから見るとちょっと常軌を逸している。駅ビルや百貨店にいてもお茶を飲みながらiPhoneで買い物している。目の前にドラッグストアがあるのに、ケンコーコムでサプリメントを買ったりする。
Amazonポイントと楽天ポイントとYahooポイントとTポイントとnanacoポイントとその他いろんな企業のポイントが、競い合うように貯まっては消費されていくらしいのだが、ミカル自身がそれをあまり把握していない。ポイントは目的ではなく、少額でも使っちゃう主義で、履歴も見たことないと言っている。
「ポチ」
「……えっ」
ハルルは驚いて姉の顔を見た。
「ミカちゃん、今ポチって」
もしかしてなんかクリックした?
「買っちゃった」
「えええええ」
「1-clickで注文、当日お急ぎ便送料無料」
「ななななななんで」
「だってあと三十分って」
「ちょっと待って、だってミカちゃん、何を買ったの」
「うん? だから、ん……んぐあり……」
眉根を寄せて商品名を読もうとするミカル。
「自分で言えないものを買うな」
「だってハルちゃん知りたくない? んぐあ……この、これの正体」
そう言われれば、知りたくないことはない。というか、知りたい。すごく。
「送られてきたものを見て、なーんだこういうことだったのか、ポン、って手を打ちたくない?」
いや、別に手は打ちたくないけど。
「どうしたって買わずにはいられないよね」
「いくらなの、その、んぐぁをりhkの」
「すごいねハルちゃん、自然に口をついて出るね。えーと、三十六円」
「安っ!!」
「30%オフだよ。送料無料だよ」
なんだかAmazon気の毒になってきた。
「値段からして相当つまんないものだねこれは。百円ショップでも売ってないようなチンケなヘアクリップとか」
「ハルちゃん、ヘアクリップのカテゴリは“ヘルス&ビューティー”だから。“その他”じゃないから」
などという話をしていたら、
「ピンポン」
誰か来た。
インターフォンのスイッチを押すと、
「ヤマト運輸でっす」
宅急便だ。
ミカルが嬉しそうに、
「すごい、もう届いた!」
と手を叩く。
「いや、たった今注文してそれはない」
笑いながらハルルが玄関に出て、真顔で戻ってきた。手に幅四十五センチくらいの段ボール箱を持って。
Amazonからだった。
「ミカちゃん、Amazonでなんか頼んだ?」
「ううん、さっきのだけ。あとは楽天で化粧水と、ファンケルで発芽米と……」
「Amazonからだよ、これ」
段ボールを開けると、小さな箱と、送り状。
「ハルちゃん大変」
ミカルの声が五度くらい高くなった。
「んぐ……んぐあ」
「んぐぁをりhkの!!」
二人が同時に叫んだ。
なんと、注文ボタンをクリックして三分で、「んぐぁをりhkの」は届いたのだった。
段ボールに入っていた小さな箱を開き、中に入っていたそれをつまみ出して、テーブルの上に置く。
じっと見つめる。
「これ……」
「なんだろう……」
それはヘアクリップではなく、なーんだこういうことだったのかとポンと手を打つような種類の何かでもなかった。
素材は、ゴムのような、粘土のような、シリコンのような、肉のような、でもそのどれとも違う。なんとなくはっきりしない材質だった。
色は、強いて言えば赤みがかった灰色がかった茶系、絵の具を混ぜすぎて失敗した時みたいに濁った色。なんとなくはっきりしない色だった。
そして形は……
「なんかデコボコしてる……」
「丸っこいけど、歪んでる……」
どうにも説明のしようがない、単純なのに全然単純じゃない、ただただなんとなくはっきりしない形なのだった。
「さすがだ。さすが、んぐぁをりhkの」
ハルルが妙な感心をしていると、送り状を見ていたミカルが頓狂な声を上げた。
「違う~」
「どうした、何が違うって?」
「Amazonプライムじゃない、これ。Amazonプレミ……」
「プレミアム?」
「プレミア~ンヌ……だって」
なんだそりゃ。
「Amazonプレミア~ンヌ会員の皆様だけにお届けする、特別な商品でございます……あたしそんなのの会員じゃないよ」
送り状には、カスタマーサポートのURLが記載されている。
二人はPCの前に移動し、アドレスバーにそのURLを入力した。
「これって普通にAmazonのサイトだよね……」
「http://www.amazon.co.jp/、ここまではそうだけど、そのあとが変なような……」
「えーと、/premiaaannu/enter_here/kowakunai/kowakunai/kowakunai/」
「怖くないって三回もくり返してるよ……逆に怖いよ」
入力を完了し、エンターを押す。
読み込まれた画面には、真っ黒な背景のまん中に、一枚の扉が描かれていた。
突然、二人のいる部屋が、真っ暗になった。
「あれ。今、夜だっけ?」
「違うよハルちゃん、午前中。のはず」
「なんで暗いの」
「わかんないよ……日蝕?」
「窓の外も真っ暗……日蝕かな」
「日蝕かも」
ふいにモニター画面の中の扉が、ぎぎぎ……と音を立てて、ゆっくりと開き始めた。
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2014/08/07 更新