七福神の大黒くん 青沼貴子インタビュー



神様ものがずっと描きたかったんです

──さっそくですが、『七福神の大黒くん』(以下:「大黒くん」)が生まれた経緯をお聞かせください。

青沼:私は昔から、神社仏閣、神道、キリスト教、ギリシャ神話といった神様ものがどうも好きで、小さい時からよく神話系を読んでいた子供だったんです。漫画家になって最初に少女漫画を描いていたんですけど、その時にも神様ものを描いていたりして。その後、私の環境が子育てに変わってしまったこともあって、コミックエッセイばかり描くようになってしまったんですが、その間も、もしオリジナルを描く機会があったら、神様ものを描きたいなということはずっと思っていました。
そこで、イースト・プレスさんにオリジナルを描かせてもらえませんか?という話を持ちかけたんです。それで何度も何度もネームのダメ出しの直しをくり返して、やっと連載の運びとなったわけです。連載が決まった時はほんと嬉しかったなあ…。

──その節はがんばってくださって本当にありがとうございました!

青沼:とっても描きたかった話なので、直しさえ楽しかったです(笑)。

──描きたいと思っていたのは、期間でいうとどのぐらいですか?

青沼:ずっと興味のあるテーマだったんですけれど、具体的にこんな神様の話を描きたいなと考え始めてからは10年ぐらいになります。その頃に子供の手が離れてのマダムス旅行で(編集部注:マダムスとは、青沼氏のママ友仲間のこと)神社仏閣とか好んで行くようになって、高野山にも行ったりして。それであらためて、そうだ私、神様好きだったんだ!って思い出しました。そういうの何か作品にできたらいいな、死ぬまでに1本神様の作品を描きたいなって、ここ10年ぐらい思ってました。

──念願かなってなんですね。七福神にしたきっかけはなんですか?

青沼:私が一番好きな神様っていうのが、ヒンズー教のシヴァ神なんですね。さっき言った少女漫画で連載してたっていうのも、シヴァ神が主人公だったんですよ。

──『とってもカミカミ』という作品ですよね。

青沼:そうです。シヴァ神が好きすぎてインドに旅行したりもしたんですけど(笑)。

──そうだったんですか!

青沼:シヴァ神が日本に入ってくるにあたって大黒天になったという説がとても有力にあるんで、それだったら大黒天を主人公にしちゃおうかなと。となったら七福神か、というふうに決まっていきました。

──大黒くんのキャラクターはすんなり出てきましたか?

青沼:そうですね。最初はヘボで、だんだん強くなっていくという物語が好きなので、そういう主人公のグローイングアップものを描いてみたかったんです。

──大黒くんのキャラクターは、最初の構想で思った通りに動いていますか?

青沼:やっぱりだんだん話が進むにつれ、思い通りにいっています。最初のほうを読み返すと絵だってすごく大人っぽいですよね。でも最近は絵も中身も子供っぽい感じのおバカな高校生ぐらいの子になってますね。それで固まった感じで、そうなってからはとても自然に動いてくれています。
一番好きなキャラは恵比須天です。って聞かれてないのに(笑)。





──これから聞こうと思ってました(笑)。その理由を教えていただけますか?

青沼:漫画でもアニメでも映画でも、どちらかというとナンバー2が好きなんです。一番目立って光り輝く主人公よりも、その後ろでちょっと物憂げな顔をしてるキャラがどうしても好きなので、そんなナンバー2のキャラにしようと思って作り上げたんです。

──わりと最初からですか?

青沼:そうですね。大黒くんのキャラが決まる前に恵比須さんのキャラは決まってるという感じでしたね。

──シニカルで一見性格が悪いように見えてしまうんですけど…。

青沼:これはね~、とても性格が悪いのかもしれないんですけれども、まあ、この先を読んでくださるとわかるんですが、間違いなくあなたをギャップ萌えの世界に誘うでしょう(笑)。

──キャラクターというだけじゃなく、男性のタイプも恵比須さんのような感じですか?

青沼:あ~、実際に、例えば結婚して一緒に暮らすのは嫌ですね。

──たしかに(笑)。

青沼:もっとストレートに優しい方がいいですね。ただ恋愛時代はドキドキして楽しいかもしれないですね。何考えてるかわかんなくて(笑)。


作画は当社比で3倍時間がかかります(笑)

──漫画の登場人物は、完全オリジナルのパターンと、今回のように土台があるものの場合では、描き方や考え方に違いはありますか?

青沼:こういう神話にある神様や歴史的人間が描かれる漫画や映画なんかを自分が観た時に、後で気になって調べて、あ、あのエピソードってホントに史実にあったんだ!っていうのってものすごくテンション上がるから、私も神話にあるようなエピソードは盛り込むようにしてます。そこがこだわりと言えばこだわりですかね。

──それは、神様が元々お好きだったからこそ楽しく作れるんでしょうか?

青沼:そうですね。古事記も日本書紀も好きだから何度も何度も読んだんですけど、読んだ上で、ここって本当はこうなんじゃないかとか、実はこうだったらいいのにな、とかいう妄想も込めてのお話作りをしています。

──オリジナルと、土台があるもので比べると、キャラクターの描きやすさ、動かしやすさに違いはありますか?

青沼:どちらが描きやすいっていうのは特にないですけど、先ほど言った、神話にあることを上手い具合にエピソードに盛り込めると、達成感はありますね。

──「大黒くん」のこれまでの中で、お気に入りのシーン、苦労したシーンはどれですか?

青沼:戦いシーンは今まで描いたことがなかったので、がんばって描いてるんですけれどとてもヘタクソになってしまって、資料見たりでものすごく時間がかかります。それでも気に入らなくてコミックス作業の時に全部の戦いシーンを描き直したりとか、さらにしてます(笑)。私、「大黒くん」以外はコミックエッセイの連載で、オリジナルはこれしか描いていないんですけど、コミックエッセイの3倍、時間がかかってる。

──すごい!

青沼:そうなんですよ。3倍時間がかかってもすごく楽しくって、次回描くのがとても楽しみな作品だったりします。
お気に入りのシーンは、今ねえ、パッと思いつくのは、いなばくんが脱いだシーンです(笑)。





──それは若い男の子の裸が描けたとかそういう意味合いではなく?

青沼:(笑)。うさぎですからね(笑)。若い男の子の裸を描くのは嫌いじゃないですが(笑)。

──途中にはさんでいるギャグシーンは、自然に浮かんでくるんですか?

青沼:はい。自然に浮かんできます。今までの私の描き方としても、基本、漫画は娯楽だというのがあるんです。漫画を読んで感動するのもそうだし、クスッと笑っちゃったりすると読後感がいいじゃないですか、面白かったな~って。そういう漫画を描きたいなといつも心がけているので、たまに感動を入れつつ、このちょっとしたコメディはしょっちゅう入れるように心がけています。特にこの「大黒くん」に関しては、今までのオリジナルの中で一番ギャグ度は高くしてます。

──そうですか!

青沼:はい。細かく入れるギャグ度は。なぜなら最近の自分の好みなのかな。読んで笑いたいというのがあるのかもしれない(笑)。





──先生はコミックエッセイも描かれているのでその辺もお聞きしたいのですが、オリジナル漫画とコミックエッセイで、描く時に一番違うものってなんでしょうか?

青沼:ええとね、作り上げ感ですね。コミックエッセイは孤独な作業なんです。コミックエッセイって体験した話だから誰もダメ出しができないんですよ。このエピソードじゃなくって、こういうふうにしません?って言えないじゃないですか、実際の話ですから。

──はい、たしかに。

青沼: だから逆に言うと、とても孤独なんですね。打ち合わせしていただいても、私がこんな感じで良いですか?っていうのを良いか悪いか言われるだけで、そこに他の方からの提示はないですよね。それでいうと、やっぱり「大黒くん」はオリジナルだから、担当編集さんと二人で作り上げた感がすごくあって、とても楽しいです。

──ありがたいです…!


インドでシヴァ神様グッズを買いあさりました

──『青沼さん、BL漫画家をこっそりめざす。』という作品を弊社で出させていただきましたが…

青沼:あ、イースト・プレスさんからでしたね。内緒にはできないか(笑)。

──(笑)。今もこっそり目指していたり、描きたい気持ちがあったりしますか?

青沼:BL漫画を描かせてください、といろんな会社の編集さんに会うたびに言ってみたけど、みんななんか薄ら笑いを浮かべて相手にしてくれないんで、やめました(笑)。ていうか、「絵柄的に違うんだよね、ってうちのBL編集部に言われた」っていう編集さんもいたし。あ、きっとそうなのかな、と思って。私の絵柄はきっとBL漫画家の絵柄じゃないのかなと思って、そっちのデビューはあきらめました。はい。

──欲求も前ほどではない?

青沼:そうですね。私はわりと熱しやすく冷めやすいところがあるかもしれないですね、そういうところは。あの1冊出させていただいたので十分かなと。

──あれはとっても面白かったです。

青沼:ありがとうございます。あ、あれもコミックエッセイですからね。あれはあれで、コミックエッセイとしては、なかなか他に類を見ないものだと思います(笑)。





──神様についてもお聞きしたいのですが、先ほどシヴァ神がお好きとおっしゃっていましたが、シヴァ神にまつわる神社仏閣に行ったことはありますか?

青沼:シヴァ神が祀られてるのはインドにしかないので、一度しか行ってないです。

──インドに行かれたのは、おいくつの時だったんですか?

青沼:20代後半ぐらいの時で、もう20年以上前になりますね。

──デビューしてからですね。

青沼:デビューしてからです。新婚旅行だったんです。新婚旅行をインドにしてくれと夫に言って。どうしてもシヴァ神様を拝みに行きたかったので。その時、週刊連載をしていたので、新婚旅行とかそういう体がないと休めなくて。その時に行って、インドってほんとに悠久の時間が流れてるなと思ったんですけど、3年ぐらい前にうちの娘が旅行でインドに行って、その写真を見たり話を聞くと、私が20数年前に行ったのと、時が流れてなかったみたいにまったく変わってなくて。え~、ほんとに悠久の時間なんだなと。だからまた行ってみたいですね。

──よく人生観が変わると言いますが、変わりましたか?

青沼:あ~、私は1カ月近く行ってたんですけど、あまりに広大な大地だから、シヴァ神様グッズを買いあさったり、行きたくて事前に調べたストゥーパ(仏塔)や寺院に全部行くには結構忙しくって、人生観が変わったと思う暇はなかった(笑)。バラナシ、ガンジス川にも行きました。ガンジス川の中には、ちょっと色的に無理で入れなかったですけど(笑)。船に乗って上を通ったりとか。ああいうことをして駆けずり回ってやりたいことをやってる間、夫は水に当たって寝てたりしてたから、そっちの記憶しかないです(笑)。

──でもかなり充実していたんですね。

青沼:そうですね。楽しかったですね。(『こんな私がマンガ家に!?』で描いた)ハワイには結婚式を挙げに行って、なんとか1週間捻出したんですけど、その後たぶん連載と連載のはざまでしょうね。何年か後だったと思いますけど。

──インドでここは行っておくといい場所ってありますか?

青沼:インドでオススメは、やっぱり夜に見たタージマハル。すごっ!って思った。真っ暗な中、真っ白なの。すごく厳かで、あれを見た時には人生観変わりそうになった(笑)。私って汚れてるって(笑)。

──ライトアップとかはしてないんですか?

青沼:ライトアップはしていなかった。逆に、パンジャビファイティングをしてるって言われて、軽い戦争をやっていて中に入れなかったんですよ。よくシーク教徒とシーク教徒じゃない人とが小競り合いで戦ってましたよ。シーク教徒っていうのはターバンを巻いた人たちで、ターバン巻いてない人は、ヒンズー教徒とかイスラム教徒とかでした。

──すごいところに出くわしたんですね。

青沼:そうですね。なんか危険でしたね。


恵比須さんの目の隈を塗ってる時が一番楽しい

──インドでは、いろいろ見て満足して帰ってこられましたか?

青沼:ハマるとグッズ集める癖があるんで、カレンダーとかポストカードとか本とか、読めもしないヒンズー語で書かれたものを買いまくって帰ってきた覚えがありますね。全部シヴァ神なんですけど、シヴァ神って現地では肌が紫色で表現されていて、それも素敵だった。薄い紫で、海に入った毒を全部飲んで世界を救ってくれたっていう神話からきているんですけどね。(編集部注:絵で表す際に本来の色である黒から変換されたと言われています)
破壊神っていう、物を全部壊して歩く神様で、破壊と創造は表裏一体みたいな世界観から来てる神様らしいです。創造の神様(クリシュナ神)ももちろん表側の一番人気ですよね。シヴァ神も影の一番人気ではあるんだけど、破壊の神様だから裏的な感じで。それもあって私はシヴァ神が一番好きなんでしょうね。クリシュナは創り上げてくれる神で、シヴァは壊す神。だから悪いエピソードもいっぱいあるんですよ。だけど時々救ってくれるんですね。ギャップ萌えがある(笑)。

──となると「大黒くん」で言うと、恵比須さんがシヴァ神っぽいですね。

青沼:そうですね。そう言われてみると近いです。元々好きなキャラの性格なんでしょうね。

──やっぱり一朝一夕にできたわけではない、温め続けたものなんですね。

青沼:はい。この連載を始めるにあたって、出雲大社にも行って拝んでまいりました。出雲大社に祀られてるオオクニヌシノミコトは大黒天と同一視されているのですが、オオクニヌシノミコトは私の好きな日本神話のほうの神様で、大黒天は仏教のほうになります。出雲大社には、うさぎの石像がポツンと置いてあったりとか、因幡の白うさぎの片鱗がいっぱいあったので、ムクムクといなばくんの妄想が湧いてきて、そしていなばくんが出来上がったわけです(笑)。





──当初、これだけ主要キャラになるとは思っていませんでした?

青沼:思ってなかったですね。私の漫画って動物や子供とかが出てきがちなんですけど、とりあえず造形が小さくて可愛いものが好きなんでしょうね。

──いなばくんは、うさぎの姿と人間の姿、描く時どちらが楽しいですか?

青沼:別な楽しさで両方楽しいんですけど、小さい生意気なものが好きなので、うさぎのいなばくんは中身も性格もとても好きで描いています。ただやっぱり美少年も描いてて楽しいですね(笑)。一応裏設定として、いなばくんが人間になるとすごい美少年の設定で。大黒くんよりビジュアルはいいという(笑)。

──たしか背の丈もいなばくんのほうが高い。

青沼:そうなんです。ちょっとだけね。大黒くんが164cmぐらいで、いなばくんが168cmぐらいですね。

──他にビジュアル的に描いてて楽しいのは?

青沼:恵比須さんの目の隈(くま)を塗ってる時が一番楽しいです(笑)。回を重ねるにつれ、どんどん幅が広くなってきて(笑)。あれは歌舞伎の世界で、神様を表す時に赤の縁どりって決まりごとがあるんですね。あの化粧法を見て恵比須さんには化粧をしてるんです。だからあれは赤なんです。

──こだわりが随所にちりばめられていますね。これから盛り上がっていくにつれ、こう楽しんでほしいというところは?

青沼:これから1巻目で貼った伏線がどんどん回収されていきますので、それを楽しんでくださいという感じですね。

──最後に読者の皆様へひと言お願いします。

青沼:こんな神様が好きなんだけど出ないんですか?とかご要望がありましたら教えてください。面白い神様とかクセのある神様とか募集中です(笑)。

──(笑)。どうもありがとうございました!

(インタビュー:編集部)



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七福神の大黒くん(1) 七福神の大黒くん(2)
『七福神の大黒くん』①②


2016/08/09 更新
  • マンガ 募集
  • コミックエッセイの森
  • 【登場人物】

    大黒天
    大黒天〈だいこくてん〉
    天界で目覚めたばかりの神様で、前世はシヴァ神(のはず)。七福神のひとりとして七副商会で働くが、御利益の神力が弱いのが悩み。そのため打ち出の小槌を捜索中!

    いなばくん
    いなばくん
    大黒くんの眷属〈けんぞく〉(神の使者)であるものの、今はほぼ家政夫状態。天界ではうさぎの姿。

    恵比須天
    恵比須天〈えびすてん〉
    七福神のひとり。七福商会イチのやり手&ドS。不本意ながら大黒くんとペアに。

    弁財天
    弁財天〈べんざいてん〉
    七福神の紅一点。いつも傍らに龍がいる。

    毘沙門天
    毘沙門天〈びしゃもんてん〉
    七福神のひとり。最強の武神として天界を護る四天王を兼任している。

    布袋尊
    布袋尊〈ほていそん〉
    七福神のひとり。弁天さんと仲良し。

    福禄寿&寿老人
    福禄寿〈ふくろくじゅ〉
    &寿老人
    〈じゅろうじん〉
    七福神最年長の双子で、七福商会をしきる事務方。オカミとの連絡や調整を行う。



    七福神の大黒くん(1) 七福神の大黒くん(2)

    『七福神の大黒くん』①②(イースト・プレス)
    ある日、千年もの眠りから目覚めた大黒天は、徳を積んだ人間に“ちょっとだけ運を授ける”という使命を持った「七福神」のひとりに任命された! 個性豊かなメンバーとともに織り成す天界の冒険を描くファンタジーアクションコメディ!


    こんな私がマンガ家に! ?

    『こんな私がマンガ家に!?』(イースト・プレス)
    デビュー30年のベテランマンガ家、青沼貴子の知られざるデビュー秘話とは!? 出版社への持ち込み、アシスタント業、怒涛の週刊連載、「ペルシャ」アニメ化の真相、漫画家業と子育ての両立の苦労などなど、今だから言える裏話も満載!


    青沼さん、BL漫画家をこっそりめざす。

    『青沼さん、BL漫画家をこっそりめざす。』(イースト・プレス)
    青沼貴子が本気でBL(ボーイズラブ)デビューに奮闘した一部始終を描くコミックエッセイ。若い編集者にダメ出しされ挫折を味わいながらも、描きたい世界を求めて前進あるのみ! いっぱい笑えて出版界の内情も垣間見える、エンタテインメントな一冊です!


    青沼さんちのぽよぽよ日記

    『青沼さんちのぽよぽよ日記』(イースト・プレス)
    大ヒットした子育てコミックエッセイ『ママはぽよぽよザウルスがお好き』から早20年。リュウとアンという二人の怪獣(子ども)が大きくなって、今は楽しいお気楽ライフ♪ 子育てマダム世代に贈る、笑えてちょっとためになる青沼さんちの様子をのぞいてみよう!