千円でべろべろに酔える店=通称「せんべろ」。
安くておいしくて泣けて笑える名店(迷店)をご紹介。
酒場ライターと漫画家による異色酒場ガイドエッセイ。







「いいせんべろ酒場」とは、安いだけじゃなく、しみじみ泣ける店主の半生が
あったり、しみじみ笑えるルールがあったり、そこに行くと小さなドラマに出会
える場所、人間模様や町の息づかいが凝縮された酒場、だと、ライターのさくら
いさんは語っています。
今回は10月15日に発売される『きょうも、せんべろ 千円で酔える酒場の旅』の
刊行を記念して、本書より選りすぐりの3店舗をご紹介します!





上板橋◆花門

全品400円デカ盛りを死守シマス


 来日29年のイラン人・マンスールは上板橋では結構な有名人だ。画家であ
り居酒屋店主でもある。「花門にカモン」が合い言葉で1分に1回ダジャレを
投下し、客を困惑させて喜んでいる。
 そんな彼が時折、生コン車のバイトをしていると噂が流れた。
「そうヨ。バイトの(店員の給料)ためバイトしてマンス」と、明るい。
 店は焼きそばにから揚げ、豚キムチまで全品400円で信じがたいデカ盛りが
売りだ。
 名物はカリフラワーにニンニク、セロリなど活力みなぎる漬物や、クミンや
コリアンダーなどスパイス香る肉野菜煮などのイラン料理。「値段一律、量は倍」
と決めたのは21年前。
「ある日、妊婦さんが旦那さんと来たの。彼女は800円のサイコロステーキを
食べたかった。でも高いから頼んだのは380円の焼きそば。栄養つけさせてあ
げたかったと思ったヨ。その夜全部380円(当時)に決めた。あとにおいとく
と気が変わっちゃうかもしれないから」
 数日後、妊婦が再訪。突然価格破壊したステーキに驚き注文。
「ボクのほうがうれしくてサイコロ5個のところ、つい10個入れちゃった。
もうかったから値下げしたって」とうそをついた。これが、量が倍になった始
まり。


店主のマンスール・コルドバッチェさん


アットホームな人情酒場

 濃ゆい緑茶ハイを飲みながら、わしは「愛と情け」について考えた。ふと「こ
んちは」とご近所さんが来た。「いらないお皿を下さい」と張り紙したところ町
民が日参するらしい。
 客人は次々来る。2人目は絵の生徒さんでお中元のお届け。3人目はおから
のおすそわけで4人目は豆腐と卵の物々交換。なんなんだここは、よろずやか!
「人生相談もアルヨ。自殺したいとかね。わかった。背中押すならいつでも押
すヨ、マンスを呼んで!」。このしゃく熱のスマイルに死ぬ気もうせるに違いな
い。情けは人のためならず、とか言う。しかし彼は己のためというより本能だ。
妊婦さんと会った日、自家用車もマイホームもおあずけにしたとマンス。「サイ
コロステーキの彼女のおなかにいた子はいま21歳。日本中の21歳は全員自分
の子みたい」。
 本能で生きる男に後悔なし。だからどうか心の叫びを聞いてくれ。
「皆さん、値段も量も変えず花門がつぶれない(もうかる)アイデア募集して
マンス!」


左:イラン風人気ロール 右:イラン風煮物


◎お店情報
店主のマンスール・コルドバッチェさんの人柄もあってアットホームな居酒屋だ。
イラン料理のほか、卵の数が1~9個まで自由に選べるベーコンエッグなど〝デカ盛り〟料理はいずれも400円。4人で食べても多いほど。残せばテイクアウトもできる。 カウンターに並んだ「赤霧島」「中々」などの本格焼酎は水割り400円、ロック500円。 料理がついて3000円からの飲み放題(なんと時間無制限だ)コースも人気。「花門」の日常やマンスールさんの活躍などはマンスさん公認ブログ「花門にカモン!」でチェック!

◎お品書き
・瓶ビール 500円
・生ビール 550円
・藤枝みどり(緑茶割り) 350円
・イラン風オムレツ 400円
・イラン風煮物 400円
・イラン風ケバブ 400円

花門

住所▼
東京都板橋区上板橋3‐6‐7
電話番号▼
03(3935)9222
営業時間▼
18時~25時6分(この6分には意味がある。店で聞いてください)
定休日▼
火曜








清澄白河◆だるま

コの字カウンターでステーキを


※画像クリックで拡大されます。
 開店30分前。サンダル履きで訪れたおじさんは、冷蔵庫からビールを取り
シュパンと栓を抜いた。自分のグラスとテレビを見ているおばちゃんに注ぐ。
え?っと思った。おっちゃんの自由行動にではなく、従業員と思っていたおば
ちゃんも客だったことに。
 「外で待たせるのが悪い」と準備中も店を開ける店主は峠のお地蔵様のごと
くうららかだ。
 1993年の開店以来、値段は不変。「消費税が8%になってうちも5%いただ
くように……」。3%はどこへ行った。きょうは天然のホヤ刺し350円が芳醇で
舌でとろける。大瓶ビールも400円台、サーロインステーキやサムゲタンまで
和洋韓を網羅。
 板前は参議院議員会館の食堂でも腕を振るう熟練だ。
 今夜も愉快な答弁が行き交うコの字カウンター席では、同じ話で皆いっせい
にワハハと笑う。
 壁には、「だるま会」なる旅行写真。「勤め人は社員旅行があり、うらやまし
いとお客さんが言うので、なら、うちが音頭を取ろうと」発足。


存在感のあるコの字カウンター。開店後、すぐに満席になる。


借金返済はつい最近! 苦難に満ちた「だるま」の歴史

 ふと謎の保冷棚とやけに高い天井が気になった。「昭和38(1963)年からス
ーパーを営んでたんです。都内12店舗、年商12億円でした。ここは最後の店
舗で」とお地蔵様がのどかに明かす歴史におののいた。
 じゅうにおくってなんだ。誰かが「そのころはロレックスとかしてたんすか!」
と聞く。「へへ」。してたのか。「そのころは2号さんとかいたの!」「さすがに
それは」とほほ笑む。妻命、だ。
 「でもバブル後、大手の台頭で閉店。負債を抱え、スーパーじゃ惣菜もつく
ってたから至急弁当を始めました」。昼は弁当の移動販売、夜は酒場の2本立
てだ。
 でも弁当が売れない。お地蔵様は悩んだ。模索した。そして気がついた。「ビ
ルを造るのに1年。毎日500〜600人が働くんです」。工事現場を見つけると〝
飛び込み営業〞で評判を呼び「500円の弁当が1日600個売れた」。
 早朝は弁当を仕込み、夜勤明けのタクシー運転手のため店も開けた。借金完
済は3年前。つい最近だ!
 足かけ20年、見事、お地蔵様は再起した。
 「だるま」の名が苦難に満ちた七転び八起きの人生に由来するとはだるま会
でもあまり知られていない。
 ※備考……ロレックスは紛失した。


だるま名物のオニオンロールパン


◎お店情報
米国のブルーボトルコーヒーなど、おしゃれなカフェも点在する清澄白河にあって昭和の居酒屋の雰囲気を色濃く残す。
短冊メニューは、コロッケ(2個150円)、冷や奴(200円)など定番料理がズラリ。黒板メニューは日替わりで、その日仕入れた鮮魚などがある。品数が豊富で目移りする。いずれもクオリティが高く、びっくりするほど安い。
スペイン産ワイン「バトゥーユ」(ボトル1700円)に合う洋食おつまみもある。コの字カウンターのほか小上がり、テーブル席もある。

◎お品書き
・ビール大瓶 450円
・ホッピーセット 400円
・酎ハイ 300円
・ポテトサラダ 300円
・アジ酢 350円
・オニオンロールパン 350円

だるま

住所▼
東京都江東区三好2‐17‐9
電話番号▼
03(3643)2330
営業時間▼
17時~23時
定休日▼
土曜








池袋◆うな達

うなぎだけじゃない地下の小宇宙


 池袋のはずれ、1974(昭和49)年創業の「うな達」の間口には魔窟感が漂
っていた。
 こわごわ地下へ続く細い階段を下りた。
 なんだここは! 本当にうなぎ店か? 店内は低い天井に年季の染みた壁、
難破船の荒縄みたいな背もたれの椅子にコの字のカウンター、水槽ではドジョ
ウが暴れていた。
「いらっしゃ〜い」。シブすぎるアングラは予想外の活気だった。
 棚にずらり並ぶ一升瓶は客のキープボトルで「5本目はお祝い事だからタダ
よ!」と、話す奥さんは真冬でも半袖素足。
 カウンターに座り、金宮3000円を入れた。ドキドキした。うなぎ店で焼酎
一升瓶、あとにも先にも聞いたことがない。
 そのうえ、うなぎセット4本560円の値段を見て、せんべろスイッチが入っ
た。継ぎ足し40年のタレをまとったうなぎは小ぶりだが、柔らかな肉感で慈
悲深い。どことなくうなぎ顔の板さんが2代目らしく、銚子から仕入れる生き
たうなぎをさばく名人だ。


地下に広がる小宇宙。大人数で座れる小上がりもある。


鰻屋の枠を超えたフリーダムな魔窟

 ほろ酔ううちに常連の姉さんと友達になった。将来、自分の料理店を出すの
が夢だというの、乾杯しエールを送った。カップル客には、「ここは都内で類
を見ないうなぎせんべろですよ」とツウぶってささやいた。元来、人見知りの
わしだが、なんせコの字が妙に近いうえ焼酎一升瓶で気が大きくなっていた。
 上機嫌で金宮を3分の1空けたころ、ふと視線を感じた。対角線に座るおじ
さんが、ぎろりとこちらをにらんでいた。
「あんた、せんべろ酒場っつうけど、どんだけ知ってんだい」
 面倒なことになった。
「立ち飲みせんべろ当たり前。座ってせんべろありがたい、うなぎが食え
りゃもう最高。だろ?」
「は、はい」大きくうなずいた。
「でもな、ここのオススメは」
「はい……?」
「カレーライスだ」
 ええ、カレー!?
 2代目を見ると、「そーよ。金曜限定の大人気〜」。ほかにもカキ鍋に焼き魚、
自家製さつま揚げなど超絶多彩な品書きがあった。うなぎ店のこだわり全然な
し!
 人はよく「職人魂」とか言う。「伝統の味を守る」とか言う。そんな枠を突き
抜けたフリーダム。
 うなぎ屋さんのカレーは、おかんの味とインドの風が交互にまぐわう摩訶不
思議なうまさだった。楽しすぎる魔窟。金宮は残り数センチになっていた。


うなぎセット560円。注文は1人1セットまで。


◎お店情報
うなぎセットは、カブト、ヒレ、キモ、一口蒲焼の4本。鍋はいずれも1人前から小鍋で。
ランチタイムは金曜日限定のカレーライスがオススメ。並盛430円から特盛580円まで。基本的に夜は食べられないが、取材日は店のコの字カウンターで行われた某アーティストのPV撮影で提供された〝おあまり〟をいただいた。

◎お品書き
・ビール大瓶 500円
・ホッピーセット 450円
・うなぎ串1本 100円~
・うなぎセット 560円
・うな丼 800円
・寄せ鍋 750円

うな丼はなんと800円!

うな達

住所▼
東京都豊島区東池袋1‐31‐3
電話番号▼
03(3983)0008
営業時間▼
11時30分~13時30分、17時~22時ラストオーダー
定休日▼
日曜・祝日



『きょうも、せんべろ 千円で酔える酒場の旅』
10月15日発売です!




きょうも、せんべろ千円で酔える酒場の旅

『きょうも、せんべろ
     千円で酔える酒場の旅』
イースト・プレス刊/1,000円+税



2017/10/12更新


  • マンガ 募集
  • コミックエッセイの森

  • きょうは、どの店いこうかなあ。
    安くておいしい、でもそれだけじゃない……王道から穴場まで、笑いと涙の酒場探訪。
    新刊『きょうも、せんべろ 千円で酔える酒場の店』
  • さくらいよしえ(さくらい・よしえ)

    1973年大阪府生まれ。日大芸術学部卒。著書に『にんげんラブラブ交叉点』(交通新聞社)、『東京★千円で酔える店』(メディアファクトリー)、『今夜も孤独じゃないグルメ』(交通新聞社)、『りばーさいどペヤングばばあ』(小学館)などがある。