萩尾望都が20代で著したSF小説。その集大成『音楽の在りて』。
後に描かれた名作マンガの数々とも呼応する、原点的作品集です。
その刊行を記念して批評家・大森望との公開対談が行われました。



構成・大森望



◎お手本は、ブラッドベリにアシモフ。翻訳小説が大好きだった

大森 後半の、「美しの神の伝え」という中編ですね。これも初出は『奇想天外』で、1年ぐらい毎月連載されていた。短めの長編ぐらいの長さのある作品です。

萩尾 ある空間に、理想的な人類を作ってしまおうといって実験を繰り返す話ですね。それ以前にも、たとえば「マージナル」でも人工的に子供を作ったり、私って昔からこの趣味があったのかなと。

大森 人間に似た人間でないものって、女性の作家が惹かれるのか、少女マンガではすごく多いですよね。人間そっくりの異星人であるとかロボットであるとか。

萩尾 少年は、やっぱり自分が主人公になって冒険するのが、基本的に好きなんですよね。でも、アシモフは人間みたいなロボットを目指してロボットの帝国を作っていくし、手塚先生もクローンに凝ったりしてるし、何かあるのかしら。

大森 少女マンガのSFの場合は、主人公が人間でないものと恋をするみたいなパターンが多いんじゃないかと一時思っていましたけど。「美しの神の伝え」に出てくる人造人間も、非常に美しいですよね。本の中にもカラーのイラストが入っていますけれども、実はそれ以外にもいろんなところで「美しの神の伝え」に関係するイラストを描かれていて。[イラストボードをとりだす]

萩尾 発表したものもありますけど、落描きで描いたものも。どれが発表したものかもはや自分でも区別が(笑)。このふたつはたぶん未発表のはず……。しかしこうやって見ると「マージナル」と見分けがつかない(笑)。

「『美しの神の伝え』後半に登場する“ツーロン”の最初のイメージです。
本に収録したカラーイラストと同時期に描いたもの……のはず(笑)」(萩尾)

 

「同じく『美しの神の伝え』に登場する“使者”のイメージです」(萩尾)


大森 こちらの3点はまた全然違うテイストで。同じキャラクターがかなり違うふうに描かれていますね。[※こちらのイラストも次回掲載!]

萩尾 イラストを描いてるときはまだ断片的なイメージだったもので、なんか適当に「こんな感じ」って空想を膨らませていたんですけど、文字を書き出したら苦労するのなんの、ずいぶん考えました。そのイラストを描いたときは、人造人間ばかり集めた王国のイメージだったんですね。そこに王子様系と奴隷系の人がいて……っていうのを考えていたんですけども。いまとなってはなぜこのシーンを描いたのか覚えてない(笑)。

大森 このイラストと「美しの神の伝え」というタイトルからすると、神話とかファンタジー的なものを想像されると思うんですけど。実際そういう感じで始まるものの、実は本格SF的な設定が徐々に明かされていくという構造になっていて。これもやっぱり、ル・グィンの『闇の左手』とか、海外SFの香りが。人造人間ものといっても、この小説の場合は、作り方がすごく変わってますよね。

萩尾 ちょっとギリシャ神話っぽくて、この人造人間たちの総称がミューズ、通称ミューっていうんですね。ミューズ・コットンとは違うんですけども(笑)。

大森 湖の中に島があって、そのまわりに15のテリトリーがある。そして、一位から二位、二位から三位と、1年ごとに順番に移動していく。14年かけてひとまわりして、そこまでいっても“美しの神”にならないと、もういちど再生槽に入って一位からやり直す、っていうふうな永劫回帰を続ける。しかも、彼らには個体差がない。性もないし名前もないところで、みんな完全に満ち足りた生活を送っていると。小説としてはかなりハードルの高い設定です。

萩尾 ちょっとユートピアみたいな感じで。いまは遺伝子工学とかどんどん発達しているから、14年もかけなくても、遺伝子をちょこちょこっといじればいい(笑)。何を悠長なことを言っているのだと思われるでしょうが、でも知らないからこそ書けるおもしろさもありますね。

大森 外枠としては、ある人たちがやっている実験だと。

萩尾 いま読むと突っ込みどころ満載ですよね。

大森 いえいえ、久しぶりに全部まとめて読み返してみて、意外にというと語弊がありますけど、突っ込みどころは意外とないですよ(笑)。明らかにおかしい記述はなくて、ぼかし方が上手い。SFを書き慣れない人が書くと、ぼかすべきところをぼかさずに、迂闊な数字とか出して突っ込まれるケースが多いんですけど、萩尾さんの場合は、そのへんのごまかし方がすごく達者ですね。ほとんどあまり古さを感じないし。

萩尾 これに科学的な注釈をいっぱいつけて新たに誰かが書いてくれるとすごくハードなSFになるんじゃないかと。

大森 逆に、77~78年当時の最新科学がそのまま入っていたとすると、10年ぐらいですごく古くなっていたと思いますから。そういう意味では時の流れに耐える書き方がされていたんだなと思います。
 小説の文章に関しては、とくに何かお手本があったりしたんでしょうか。

萩尾 何でしょうね。私はブラッドベリとか、アシモフとか、そこらへんの翻訳小説が好きだったから、たぶんあのへんの影響をどっぷり受けてるんだと思います。翻訳ものを読むときにすごく楽なのは、誰かが何をどうしゃべっているのかがすごく明快にわかることなんです。日本の小説を読んでいるとき、とくに時代ものとかは、口調とかで「これはお殿様」「これは家来」と察しないといけないでしょう。私には誰がしゃべっているのか全然わからない(笑)。その点、翻訳ものはすごく読みやすくて、そればかり読んでいました。

大森 「と、彼は言った」がないといけないと。

萩尾 日本文学を読み慣れている人は、翻訳ものは「私は」「彼は」と言いすぎだとおっしゃるんですけど、私はそれがないと読めない。

大森 SFに関しても、もともと翻訳もののほうがお好きだったんですよね。

萩尾 アシモフやブラウンから入りました。『SFマガジン』には、外国の小説の他に、日本の作家だと小松左京さんや星新一さんも書いてまして、それもすごくおもしろくて読んでいました。日本のSF作家の文章も、ちょっとバタ臭いところがあって。

大森 そもそも、日本の小説より翻訳もののほうが好きだったのですか?

萩尾 そうですね、世界名作全集とか……って世界名作全集は翻訳ものですね(笑)。
 日本のものだと、宮沢賢治とか『次郎物語』とか、そこらへんが好きだったですね。お友達から、これいいよなんて井上靖とか、すごく初期の三島由紀夫の、たとえば『潮騒』とか勧められたんですけど、けっこうほら、田舎の話だったりするんですよ。田舎っていうのはもう、身にしみてわかっているから(笑)。どういうところで、どんなふうに暮らしているか。読みながら夢も希望もないことがフラッシュバックしてくる。違う、こういうんじゃない! もっとキレイなものが見たい! って(笑)。光線銃をバンバン撃ちまくるスペースマンとか、エンターテインメント的なものに憧れて。“ここではないどこか”の話を求めていってSFになったんですね。


◎ブラッドベリに思わず言ってしまった、「I love you!」

大森 最初はアシモフの『宇宙気流』でしたっけ? 中に出てくる、「地球、そんな惑星のことは聞いたこともない」っていうセリフに衝撃を受けたとか。

萩尾 ものすごくびっくりしました。記憶を失った主人公がだんだん記憶を取り戻していくんですね。彼は地球の惑星学者かなんかだったんですけど、とんでもないものを見つけてしまったために、記憶を消されてしまうわけです。その記憶を取り戻していって、「私は地球人だ」と言うんですね。そしたら、居並ぶお歴々が――これがテレビ電話なんですよ――「そんな星は聞いたこともない」って言って、そこで私はえーっ!? って。私はそのとき、地球の、日本の、大阪の吹田でその本を読んでたんですけど(笑)、「この地球をきみらは知らんのか」って驚いた。なんか自分が幽霊になってしまったかのような……。でも、書いたアシモフも地球人だから、そんなムキになることもないんですが(笑)。そうか、ここまでいくのかって。『惑星SOS』っていう題名で、『宇宙気流』のジュブナイル版が、学研の雑誌『中学三年コース』の付録についてたんですけど。
 惑星系の太陽がやがてノヴァ(惑星爆発)を起こすので、みんなで逃げなければいけないっていう話だったんですね。だけど、さっき大森さんがおっしゃったように、その当時の科学知識と現代の知識は違っていて、いまの科学だと、質量の小さな星はノヴァにはならないんです。だから、いまとなっては、あの星はノヴァにならずにあのままあるかもしれないなあ、なんてね。

大森 意外とそういう理屈を考えるタイプなんですね。「そんな慌てなくても大丈夫だったじゃん!」みたいな(笑)。
 ともあれ、その「地球? そんな星は聞いたこともない」で、SF特有の、いわゆるセンス・オブ・ワンダー(驚異の感覚)を体験したわけですね。

萩尾 いきなり爆弾を投げつけられたようなコミュニケーション・ギャップを体験して。それがずっと尾を引いてSFを書いてる感じです。

大森 読むときも、驚きを求めて読む。

萩尾 どんなことでも驚きがあるんだなあと思いながら。25日ごとに女を殺すとか(笑)。大森さんがSFにハマったのには何かきっかけがあるんですか?

大森 僕が一番最初にハマったのは『両棲人間一号』っていう、アレクサンドル・ベリャーエフっていう作家が書いたSFのジュブナイル版で。

萩尾 人造人間っぽいものですよね。

大森 そうですね、一種のサイボーグものかな。いまは『イルカに乗った少年』というタイトルで青い鳥文庫に入ってますけど。男の子を生体改造して、エラをつけて、海の中で呼吸できるようにするという。それにすごく憧れたんですね。子供のころ、すごく海が好きだったんで、海で暮らせるのか、それはいいなあと。……くらべると、萩尾さんのほうがだいぶかっこいい感じしますね(笑)。

萩尾 イルカもいいですよ(笑)。

大森 『イルカに乗った少年』ってタイトルになってるのを見たときは愕然としましたけどね。私が最初に読んだSFが、城みちるになってしまったのかと(笑)。

萩尾 『イルカに乗った少年』ってとてもきれいなイメージですよ。彫刻にありますよね。不思議なギリシャ彫刻のようなイルカの上に少年が立ち上がって……イルカは小さいでしょうけども。

大森 まあ、『海のトリトン』的なイメージもありますしね。
 話を戻して、中高生の頃はアシモフやブラウンを読みあさっていたわけですね。

萩尾 そこらへんの文庫で手に入るものと、あと早川書房から出ている細長い本。

大森 ハヤカワSFシリーズ、“銀背”ってやつですね。

萩尾 大阪で通っていた中学校の近くに貸し本屋さんがあったんです。そこに細長い本がずらっと揃っていて、ミステリーもあったしSFもあって、それで最初のうち両方一冊ずつ借りて読んでたんですけど。

大森 僕もまったくそうでしたね。僕は図書館でしたけども。

萩尾 どこの図書館?

大森 高知の市民図書館です。宮内さんという人が寄贈したハヤカワSFシリーズや、ハヤカワ・ポケット・ミステリが大量にあったんで、片っ端からそれを借りて。でも、貸し本屋で銀背を読んでたっていう人は珍しいんじゃないですかね。中学生がおこづかいを握りしめて、今日はハインラインを借りようとか言って……。

萩尾 そうそう。10円か20円で借りられたと思うんだけど。1日延滞すると5円とか10円とか。だから、勉強もしないで、授業が終わったら借りた本を読んで。ただ、ブラッドベリはその貸本屋になかったんですよね。本当はそのときすでに日本でも『太陽と黄金の林檎』なんかが出てたはずなんですけど。
 高校3年のときに(生まれ故郷の)大牟田に戻ってからは、そういう、いい貸本屋さんがなかったので(笑)、古本屋さんで『SFマガジン』のバックナンバーを買ったり、本屋さんでブラウンを買ったりアシモフを買ったりして、ばくばくとSFを摂っていたんですけど。ある日、20歳ぐらいのときですね、何か読もうと思って本屋さんに行ったら、レイ・ブラッドベリの本が2冊も並んでたんですよ。
 全然知らない作家だったんだけど、短編だったら漫画を描く合間合間に読めるし、2冊出ている以上、おもしろい人だろうと(笑)。表紙がきれいだと思って、『十月はたそがれの国』を先に買ったんです。
 そしたら、合間合間に読もうと思ったのが一晩で読んじゃって、翌朝7時に起きて、売れてませんようにと思いながら本屋さんに行って(笑)、残りの『ウは宇宙船のウ』を買って読みました。

大森 その出会いがあるから、早川じゃなくて、創元のブラッドベリということになるわけですね。

萩尾 そのあと上京して、ブラッドベリが好きだと言ったら、みんな異口同音に、「『火星年代記』を読んだか?」って……それは大牟田になかったもので(笑)。
 そういえば、去年のサンディエゴ(コミック・コンベンション)でブラッドベリに会いました。

大森 おお。たしか、もう90歳……。

萩尾 それぐらいですよね。サンディエゴのコミックコンには毎年必ず来てくれるんですって。いつもはちゃんと歩いているんだけども、ちょっと前に家で転んだそうで、そのときは車椅子でした。私は全然知らなくて、ブラッドベリが来てますよって言われて、「ええっ? まだ生きてたの?」って(場内爆笑)。
 だったら、隙間からでも見えないかしらって思っていたら、ちゃんと会わせていただいて。20代のときの、キャーキャー言いながら読んでいたときの乙女になってしまって(笑)、それで車椅子に乗ってブラッドベリがやってきたら、もう、キャーッって。「Nice to meet you. I love you!」って言いました(笑)。

大森 あなたの作品をマンガにしましたとか言わなかったんですか?

萩尾 長い英語はちょっと(笑)。まさか会えるとは思わなかったから……。会えるとわかっていたら(『ウは宇宙船のウ』を)持って行ったのに。でも、サインをもらいました。


萩尾望都のSF世界 第1回
・萩尾望都のSF世界 第2回
萩尾望都のSF世界 第3回


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2011/07/21更新
  • マンガ 募集
  • コミックエッセイの森
  • 『音楽の在りて』
    (萩尾望都 著/イースト・プレス 刊)

  • 萩尾望都(はぎお・もと)

    1949年、福岡県生まれ。マンガ家。72年より「別冊少女コミック」で連載を始めた『ポーの一族』が人気に。同時期の『トーマの心臓』ともども代表作となる。少女マンガにおけるSF作品の先駆者としてもその功績は大きく、75年に描かれた『11人いる!』は、『ポーの一族』とともに第21回小学館漫画賞を受賞。ほか長編では『マージナル』や『スター・レッド』『銀の三角』、短篇では、「A-A'」、「X+Y」などの名作を生む。06年には『バルバラ異界』で第27回日本SF大賞も受賞した。2009年にはマンガ家生活40周年を迎え、エッセイ集『思い出を切りぬくとき』、童話集『銀の船と青い海』も刊行。2011年、第40回日本漫画家協会賞・文部科学大臣賞を受賞。