作家になったエンジニア 宮内悠介 藤井太洋 大森望 作家になったエンジニア サイバーパンクとは違う、未来社会へのアプローチで読ませるふたりの作家。
その現代性とリアリティはどこからやってくるのか。
源流を探るべく、“作家以前”の体験、そしていまなお抱く技術者としての信念に迫った。
元3DCGソフトの開発者と元プログラマー、ともにエンジニアマインド溢れるおふたりが、
仕事を辞めて「言葉」で世界を構築することを決めた――。
テクノロジーの進化に対して、そしてそれを使う人々に対して、
おふたりには独特のまなざしがあります。
それぞれの代表作『Gene Mapper -full build-』と『ヨハネスブルグの天使たち』を軸に、
おふたりがフィクションに思いを仮託しようと決めた理由と、そこに至った必然について
お聞きしたいと、対談の場を設けさせて頂きました。
さらに、なぜおふたりがともにデビューから短時間でここまでの人気を集めたのか、
作品が持つ現代性やSF要素に着目しその秘密に迫るべく、大森望さんにお越し頂き、
対談の聞き手と解説をお願い致しました。
奇しくも2014年4月25日に贈賞式が行われた第34回日本SF大賞の最終選考には、
上記二作と大森望責任編集のオリジナルアンソロジー『NOVA』全10巻がノミネート。
時代に求められる三人がそろったことで、SFの可能性をも照らし出すことになりました。





◎その先に生まれる詩情を求めてる

宮内 全部を「ありそうに」書かねばならないというのは前提として、私はどうも「ありそうな泥臭いもの」と「どう書いても無いだろ!」が一緒くたになっている代物を好むようです。

大森 お手本みたいなものはあるの? 僕はニール・スティーヴンスン(1959-、アメリカ)とかちょっと連想したんだけど。

宮内 ニール・スティーヴンスンは理想的かもしれないです。「ねえよ!」と言いながら大喜びで読んでしまう、みたいな。

大森 でもニール・スティーヴンスンも『クリプトノミコン』みたいに近未来ものの場合はテクノロジー的にあり得ないことはあまり書かなくて、逆に『ダイアモンド・エイジ』みたいな遠未来のお話だと、未来なのにまだ義和団事件が起きてたり、そういう意味での「あり得なさ」がどんどん入ってくる。『ヨハネスブルグ』の場合は、近未来の話なのにいろいろ混じってる、という感じかな。

宮内 近未来なのにDX9がまるきりのオーバーテクノロジーであったり。

大森 そうそう、でもDX9は量産型で、安くてどこでも手に入るという。

藤井 あれはいくらくらいなんですか?

宮内 作中で言われているほどに安くするのは無理でした。

大森 10万円くらいかな。もっと安い?

藤井 10万円だと原価が3万円とか4万円ですよね。それを2700体集めるだけで「おお!
って感じですね。私の場合、試験するのに建物1個借り切るって聞いた瞬間に、ガラケーの話を思い出して。ガラケーのQAテスト(品質保証テスト)って、箱根あたりのホテルを1棟借り切って、そこにタコ部屋つくってやっていたんだそうで、確かに日本企業ならそれぐらのコストかけてやるよなあ、なんてすごいリアルに想像してしまいました。

大森 いやいやいや、でもあんな高いところから落とすって!(笑)

藤井 それはそうですけどね(笑)。

宮内 本当はこれを言い出すと、そもそもあのロボットに落下試験は必要だろうかと(笑)。

大森 せいぜい転倒試験ぐらいでいいでしょ。高度ゼロから倒れて壊れなければそれでいい。そういう意味では最初からもう大嘘から出発しているので、なんでもありだという。

宮内 その通りです!

藤井 (笑)。

宮内 電子機器の強度を測る落下試験というものの存在を知ったときに、何とも言えない抒情性のようなものを感じてしまったのです。試験のためだけにただひたすら地面に落とされ続ける。もしそれがロボットであったら、もっと言えば自分であったらどうなるか。それが出発点でしたので、これはもういかんとも。

大森 「スペース金融道」(※『NOVA』5巻、7巻、9巻に掲載された同一主人公のシリーズ。それぞれ正式名称は「スペース金融道」「スペース地獄篇」「スペース蜃気楼」。宇宙版『ナニワ金融道』という趣向だが、れっきとした本格SF)のほうでも同じような問題があって、人格転写に関してはわりと簡単に成立する感じになっているじゃないですか。転写に関してはすごくハードルが低い気がするんだけど、何か信念があるの?

藤井 すごいこと聞きますね(笑)。

宮内 「スペース金融道」についてはまだ遠未来だからというのと、アンドロイド同士であるのとで、そこまで問題視はしていませんでした。と、信念と言うと大袈裟ですが、どのみち自分たちはシミュラクラみたいなものだし、本人たちが思うより簡単にエミュレーションできるのではないのという、ちょっと歪んだ執念のようなものはあります。

藤井 人格ってどこで出てくるのでしょう。人格って脳だけに限らないわけですよね。

宮内 『ヨハネスブルグの天使たち』の転写については、どちらかと言うと、「よくあるガジェットだしまあいいか」と思わせる勘所のようなものを外したのかもしれなくて、そうであるなら、問題はそちらのほうであると考えています。

大森 DX9への人格転写について言うと、単純に、自分だったらもっと高いものに移すだろう、と。人工の身体に移るんだったら、せめて家一軒分くらいの値段がするものに移りたいじゃないですか。1体10万とかの身体に入りたいかという問題(笑)。

藤井 ムーブ(完全に移行させて本体は残らない)なのかコピー(本体は残る)なのかですよね。

大森 最初のはムーブだよね。途中コピーの話も出てくるけど。

藤井 コピーならいいんじゃねと思いません?

宮内 「CTRL+C」と「CTRL+X」の違いでしかないではありませんか。

藤井 そうですね……いやいや!

大森 生身の肉体を完全に捨てて、唯一の自分としてDX9の中に入る覚悟があるわけね(笑)。

藤井 アイデンティティが、文字通りアイデンティティですけれども、コピーがあった場合には出会わなければいいだけですからね。

大森 グレッグ・イーガンもよく書いてるけど、まあ、コピーされちゃったほうは別にね。というかDX9が知性を持つのかどうかという問題もあるよね。作中では深入りしないけど。

宮内 第2話で行動分析を扱ってますが、行動分析を持ち出した理由は、一つには、「意識があとからついてくる」という説をショートカットで短編に埋め込めるのではないかと考えたのと、もう一つは、DXの意識の問題を棚上げするためでした。

大森 意識自体についても、あってもなくても良い、みたいな?

宮内 作中人物に「たかが意識じゃん」と言わせていますが、そういう面も自分の中にあります。

大森 『ヨハネスブルグ』の場合、SF密度がすごく高いだけに、追求されない問題があると気になるといえば気になる……。

藤井 確かに問題の提起がたくさんされて、でも基本的に解消されないので、それ持ったままずっと読み続けことになりますよね。だからこそ途中で読み止めるのがすごくもったいないなくて、私なんかはそれが、どんどん先に進んでいきたいというモチベーションにつながりました。

大森 藤井さんは、「自分だったら絶対こうは書かないな」とか思う箇所はなかったですか? 書かない、あるいは書けない。

藤井 いやー、「ロボットが落ちてくるところ書く」と決めたらそれを必死でやる方法とかやる必然とかを必死で考えてロジックで落としちゃうと思いますけどね。ただ宮内さんが選んでる建築についての評論……すごくポエティックな捉え方をする評論を引っ張ってこられているのですけども、そういうところのセンスが素晴らしいなと思いました。クレジットされてる建築方面の参考文献はほとんど読んでるので、どこから拾ってきているかが大体わかるんですが、選ばれてるのは私の記憶に残っていないところばかり。

大森 へえ、そうなんですね。

藤井 拾ってくるものがまったく違う。本当に違う角度から見ているのだなと驚きました。

大森 そういう意味ではポエジー重視っていうことですよね?

宮内 ええ、はい。

大森 エンジニア的な部分とポエティックな部分というのに矛盾はない? あるときはエンジニアで、あるときは詩人みたいな。

宮内 エンジニア的思考の果てにポエジーが生まれたら素晴らしいではありませんか。

大森 うんうん。

宮内 みんなそうしたいんじゃないんですか…?

大森 いやでも、宮内さんの場合は、間が飛んでいると思うのね。エンジニア的なものを積み重ねて行ってポエジーが生まれるのではなくて、ポーンと飛躍してる。

宮内 論理を積み重ねた果てにポエジーを生み出すために、いかにして「最小限の論理の穴」を設定するか、というのがあると思うのですが、この穴をどのように設定するかは、ほとんど勘所のようなものですよね。ここで飛躍が発生するのは未熟であるからですが、飛躍させるならさせるで、それは印象的なものにしたいと思ったりもします。

藤井 少し失礼な言い方になっちゃうかもしれないですけども、『ヨハネスブルグの天使たち』を読んだときの印象は、ポストモダン的な手法でモチーフの印象をどんどん変えていって、最終的にすごく綺麗なパッチワークが出来上がっていっている……というものだったんですね。ポストモダンというと人によって受け止め方がものすごく違うので正しく説明しにくいのですが。

宮内 と、すみません、どのポストモダンでしょうか……。

藤井 ポストモダン建築ですね。宮内さんの場合、いろんな土地風土の様々なモチーフを持ってきて、それを物語の真ん中にどんと据えてる。それを柱にしたうえで、たとえばタリバンだったりナインイレブンだったりという横糸を織り上げていっていて、そういうつくりがポストモダンふうだなと。私はそう読んだというだけの話かもしれませんが、宮内さんご自身にそういう意識はあったんでしょうか。

大森 作中に出てくるプルーイット・アイゴー団地の崩壊はモダニズム建築の終焉と言われてるわけだから、ポストモダンに行くのはある意味必然じゃないかと。

宮内 ポストモダニズムという意味では、踏まえておかねばとは思いました。何しろ各国の紛争地帯が舞台ですし、そうでなければとても受け入れてもらえないのではないかと。それとは別に、「場所が人間を規定する」という思いがありまして、その点で、近代建築の呪いのようなものですとか、あるいはサイバーパンク的な「風景」がどう人間を変えるか、といったことに興味があったりもします。作劇面は藤井さんがおっしゃったような作り方をしています。ともあれ、自分の想像や経験、思い入れの類いを極力削りたいとは強く思っていました。よその人間たちが生きるよその土地の話ですし、せめて自分の思想は排して、「ここで掲げている文献を読めば誰でもこの話が作れます」というのをある種の理想としています。

大森 すごいなあ。そのために参考文献リストがあると。

宮内 よその国の事情や歴史や人々の考え方を「わかる」とは言えません。それなのに、不完全な知識を元に、私はよその国で紛争やテロを起こしてしまう。ですから、せめてその国の人たちに対して、自分なりに真面目に学んではいますと言いたかったのと、またどの程度に私がわかっているのか、あるいはわかっていないのか、ソースを提示しなければならないと感じたのです。

藤井 私は実は、個人的にはポストモダン建築とかポストモダン文学っていうのはあまり受け付けないんですよ。でも宮内さんはそれを2013年のいますごく真摯にやって、それがすごく好感の持てる作品として仕上がっているので、ちょっと驚いた。手法の問題じゃないんだ、作品の力ってやはり別のところにあるんだなということを再認識しました。



◎文脈から切り離して描いた初音ミク

大森 刊行直後に紀伊国屋新宿南店でやったトークショーでも言いましたけど、初音ミク的なものを実体化させるという意味では、先駆者に野尻抱介さんという方がいます。もともとニコニコ動画のミク厨(熱烈なファン)の間では初音ミクに肉体を与えたいというのは共通の欲望としてあって、等身大の身体を与えるべく研究したり実際につくっている人なんかも多数いると。でも野尻さんはSF作家としていろいろ検討した結果、地球の科学力では無理だから宇宙人に実現してもらおうという結論を出した。それが『南極点のピアピア動画』(ハヤカワ文庫JA)というお話に結実したわけですね。
 でも作中で「あーや」と呼ばれるそのアンドロイドには、けしからぬ目的で使おうとすると自壊してしまう機能が実装されていて、性的な欲望を満たそうとか、『ヨハネスブルグ』みたいに兵器として使おうとかすると、壊れちゃう。そのへんの作家性の違いというか、欲望の表し方の違いが好対照で面白いですよね。

藤井 私は、『ヨハネスブルグ』って、初音ミク文化をまったく知らなくても理解できて楽しめる物語になっているところが素晴らしいな、と思いました。これなら翻訳可能で、世界中誰が読んでもわかる。TOYとしてのDX9を通してすごく立体的に文化が描かれてる。

大森 初音ミクらしさっていうのはすごく抑えられていますね。ほとんど出てこない。

宮内 もちろんそうです。なるべくなら100年後も読まれるものにしたかったので。

藤井 仮にルックスを完全に初音ミクに合わせ、ツインテールとか書いていたとしても、翻訳可能だと思う。そこがすごいんです。

宮内 そう言っていただけるのはものすごく嬉しいです。「何語にしても大丈夫」であるもの、文脈もフィルターも何もない素の状態での読書に耐えうるもの、というのは誰しもが目指すものであると思いますし。まして、ツインテールでも大丈夫であるだなんて。

藤井 私も書くときは……自分の英語がネイティブな人に通じるとはまったく思っていないのですけど、推敲するときは必ず英語だったらどう書くかというのを意識しています。どうしても英語に出来ないときって、おそらく奥行きが足りてないんですよ。

宮内 私も、絵のデッサンが狂ってないか紙を裏返して透かしてみるような感じで、ちょっと頭の中で英語にしてみたりとかよくします。

藤井 そうそうそう! 特にセリフはそうですね。日本語って役割語がすごく多いですし、ちょっとしたことで雰囲気がふわっと出てしまう。それが嫌で、特に外国人の登場人物の場合は英語でどう言うかを考えてから日本語を書くようにしています。

宮内 わかります。絵で思い出したのですが、私の小説の場合、人の外見についての描写が少ないのです。何にせよ読者のイメージが最強であるのだからそれを妨げたくないというのと、皆さんお忙しいわけだから余計な情報は省きたいというのと、そして、外見の描写には文化固有の匂いがつきすぎるように感じるのと……単に横着であるだけかもしれないのですが(笑)。

藤井 そういえば、外見の描写ほとんどないですよね。

宮内 それから、さっきの「ミクの悪用」の話なのですが、私の場合は、目の前にデバイスがあれば、やはり悪用方法を考えてしまいます。悪用できるならしたいし、プロテクトがあるなら外したい。そこから生まれる文化もある。もちろん野尻さんはこんなこと百も承知で、その上で理念を説いているわけですから、それが間違っているとはまったく思わないのですが。

大森 やっぱりサイバーパンク的な方法論というか、ハッカー的な発想で、「こんなものがあればユーザーがいろいろな使い方を勝手に生み出すだろうと。

宮内 持たざるゲリラ組織がDX9を手にしたなら、やはり兵器への転用を考えるはずなのです。

藤井 そういう意味ではDX9って私にはミクじゃなくてルンバなんですよね。ルンバってAPIが公開されていて、パイソンでプログラムが書けるんですよ。それをインストールして実装することができる。

大森 他の目的、場合によっては兵器としても使える、と。

藤井 だってもともと兵器ロボットやってる会社ですからね、アイロボット。地雷撤去とか。ルンバの障害物回避や床塗りつぶしのアルゴリズムはそこから来てる。アイロボット社のロボットは基本軍用で、ルンバは民間にスピンオフしているわけですよ。だから僕にとってはどちらかというとルンバです。再プログラミングできる商品ということで。

宮内 ちょっとルンバを買いに行きたくなりました。

大森 DX9という名称はそもそもシンセサイザーだよね。

宮内 そうです。初音ミクのデザインのもとがDX7で、そのDX7の廉価版がDX9なのですね。

藤井 ヤマハに商標侵害で訴えられたり(笑)。

宮内 いちおう、商標検索はしました。作中でも触れたことなのですが、商品名を記号にするのは各国の商標を取る手間を省く意味合いもありますので、たぶん大丈夫だとは……(笑)。

藤井 DX9とかDX7って商標登録されていないんですか?

宮内 おそらくは。

藤井 すごく意外だな。てっきりされているものと思っていましたけれども。

大森 名前はなくて型番で呼んでいるようなものだから。

宮内 えっと、ちょっと心配になってきました(笑)。

藤井 いま「yom yom」で連載されている「アメリカ最後の実験」も楽器モチーフですよね。

大森 「パンドラ」だっけ?

宮内 そうです。第2話でいきなり正体を明かしましたが。

大森 一種のシンセサイザーですか?

宮内 シンセサイザーそのものです。ピアニストのエンジニアなら、一度はこういう製品を考えるのではないかなという、ある種の夢の楽器です。技術的にはたいしたものではなくて、10年前に作られていてもおかしくないのですが、シンセって機構にお金がかかりますので、なかなか突飛なものは企画が通りにくい。ですから、たぶん、まだ存在しないはずであると。……と、NDA(機密保持契約)の関係で深掘りしにくいのですが、このあたりは逆算でわかることなので。

藤井 話を簡単にすると、キーボードタイプのシンセサイザーって両手で演奏するから、(両手を広げて)このサイズがいるんですよ。このサイズの金型って600万円くらいかかるわけですよ。

大森 つくるのにお金がかかりすぎる、と。

藤井 あと可動部分が多いと、センサーだったり構成物がそれだけ必要になるので大変。だから箱なんですよね、パンドラは。

宮内 ありがとうございます(笑)。ですから、鍵盤系の電子楽器は、案外ありそうでないものが多いのです。

藤井 だから僕的には、パンドラの正体を知ってすごく萌えまして。そうでしょう、そうでしょう、確かにこうなるでしょう! みたいな。

大森 エンジニア的ジャズ小説ですね。

2014年5月1日に発売された「yom yom」vol.32に掲載されたこの連載の第5回の中には、「音楽は突き詰めれば人間へのハッキングだ」登場人物のこんな言葉も躍る。「エンジニア的」が孕むものの深さを、つまり音楽そのものの潜在性に潜っていこうという「楽器エンジニア」の野心と欲望を感じさせる展開に、ビリビリきてしまう。


後編はこちら >>>


撮影:秋倉康介
  取材・構成:浅井愛(編集部)
place: Le sang des poetes 詩人の血



2014/05/15 更新



Gene Mapper -full build- (ハヤカワ文庫JA)

『Gene Mapper -full build-』(藤井太洋 著/ハヤカワ文庫JA)
拡張現実が広く社会に浸透し、フルスクラッチで遺伝子設計された蒸留作物が食卓の主役である近未来。遺伝子デザイナーの林田は、L&B社のエージェント黒川から自分が遺伝子設計した稲が遺伝子崩壊した可能性があるとの連絡を受け原因究明にあたる。ハッカーのキタムラの協力を得た林田は、黒川と共に稲の謎を追うためホーチミンを目指すが……。2012年にセルフパブリッシングで出された電子書籍がKindleストアで1位に。翌年、大幅に加筆、改稿が施され本書が刊行された。





ヨハネスブルグの天使たち (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

『ヨハネスブルグの天使たち』 (宮内悠介 著/ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
デビュー作『盤上の夜』で皆の度肝を抜いた大型新人・宮内さんの第2作品集。ヨハネスブルグ、アフリカ、NY、アフガニスタン……国境を超えて普及した日本製のホビーロボットを媒介に人間の業と本質に迫り、国家・民族・宗教・戦争・言語の意味を問い直す連作集。「SFマガジン」に連載した4編に、日本を舞台にした書き下ろしを加えた5編を収録。第34回日本SF大賞・特別賞受賞。





NOVA 5---書き下ろし日本SFコレクション (河出文庫)

『NOVA 5――書き下ろし日本SFコレクション』(大森望責任編集/河出文庫)
SFというジャンルが持つ幅の広さと可能性を詰め込んだ完全新作アンソロジー・シリーズ第5巻。「スペース金融道」を引っ提げ、宮内さん初登場。以後、7巻、9巻にそれぞれ「スペース地獄篇」「スペース蜃気楼」が収録されている。 本シリーズ全10巻も今年、第34回日本SF大賞・特別賞を受賞した。





yom yom (ヨムヨム) 2014年 06月号 [雑誌]

「yom yom」2014年6月号
宮内さんの長編連載「アメリカ最後の実験」連第5回が掲載されている。そろそろクライマックスの予感。


 
 




※このトークショーでは、今回の鼎談では話されていない藤井さんの新刊『オービタル・クラウド』にちなんだ宇宙テクノロジーのお話もいっぱいされるとか!

宮内悠介(みやうち・ゆうすけ)


1979年東京都生まれ。幼少期より1992年までニューヨーク在住。早稲田大学第一文学部英文科卒。2010年、囲碁を題材とした短篇「盤上の夜」で第1回創元SF短編賞山田正紀賞を受賞。2012年、連作短篇集『盤上の夜』を刊行し単行本デビューした。同書は第147回直木賞候補となり、また第33回日本SF大賞を受賞するなど高評価を得る。2013年5月第2短編集『ヨハネスブルグの天使たち』(早川書房)刊行。第149回直木賞候補になったほか、第34回日本SF大賞・特別賞を受賞した。同年、第6回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞受賞。今もっとも期待されている新鋭SF作家である。


藤井太洋(ふじい・たいよう)


1971年奄美大島生まれ。 国際基督教大学中退。舞台美術、DTP制作、展示グラフィックディレクターなどを経て、2013年までソフトウェア開発・販売を主に行う企業に勤務。2012年、電子書籍個人出版「Gene Mapper」を発表し、作家として一躍注目を浴びる。2012年12月、短篇小説「コラボレーション」「UNDER GROUND MARKET」の2作で商業誌デビュー。2013年4月に、「Gene Mapper」の増補完全版『Gene Mapper -full build-』(ハヤカワ文庫JA)を刊行。2014年2月、新刊『オービタル・クラウド』(早川書房)が刊行された。他に〈UNDERGROUND MARKET〉シリーズ(Kindle連載)の連作短篇「ヒステリアン・ケース」「アービトレーター」がある。

大森望(おおもり・のぞみ)


1961年高知県生まれ。京都大学文学部卒。新潮社勤務を経て翻訳家、書評家、アンソロジストに。訳書にコニー・ウィリス『航路』『混沌ホテル』『空襲警報』、バリントン・J・ベイリー『時間衝突』など。主な著書に『現代SF1500冊(乱闘編・回天編)』、『特盛!SF翻訳講座』、『狂乱西葛西日記20世紀remix』、『21世紀SF1000』、共著に『文学賞メッタ斬り!』シリーズなど。編纂するアンソロジーに《NOVA 書き下ろし日本SFコレクション》シリーズ、《不思議の扉》シリーズ、《年刊日本SF傑作選》(日下三蔵との共編)など。《NOVA》で第34回日本SF大賞・特別賞受賞。