• 1




大分県豊後高田市、レトロな街並みを残した「昭和の町」をカメラを携え歩く。
以前、飛行機の中で見た映画を思い出す。そして、履き物店の店先には、ちょこんと座る一匹の犬。
写真家・石川直樹が、犬たちとの一瞬の邂逅を軸に、この世界の有り様を綴るフォトエッセイ。



#13



#13 「昭和の町」で出会った彼女(大分・豊後高田)


『ALWAYS 三丁目の夕日』という映画を飛行機の中で観たのはいつだったろうか。こうした邦画を観たくなるのはたいてい海外の長旅の後で、かすかな記憶をたどると、どこかポリネシアの島に行った帰りだったような気がする。
 機内で観られる邦画が限られていたために、偶然に引っ張られる感じで、なんとなく見始めた。ぼくが生まれる前の時代を舞台にしているので、まったくリアリティもないし、ノスタルジーを強調するがゆえにステレオタイプな雰囲気もしたのだが、どういうわけか引き込まれて、最後まで鑑賞した。いま思うと、日本語に飢えていたということも大きかったのかもしれない。
 その後、映画のことはすっかり忘れていたのだが、大分県の国東半島にたびたび通うことになり、そこで再び思い出した。国東半島の入口に位置する豊後高田市に「昭和の町」と呼ばれる地域があったからである。
 豊後高田の中心部にある商店街は、昭和40年代まで国東半島で最も栄えた通りだったが、日本の他地域同様、過疎化のために衰退し、ちょっと前までは「犬と猫しか通らない」と言われるほど寂れた状態になっていたという。
 しかし、豊後高田市はこれを逆手にとって、建て替えの進んでいなかった古い建物をあえて残し、商店街のなかに昭和30年代の町並みを再現した。「柔よく剛を制す」ではないが、町おこしとしては、するりと状況を反転させる頭のいいやり方だと思う。
 その「昭和の町」を歩いていたときのこと。下駄や草履を売る松田はきもの店の前で、ゆきちゃんという看板犬に出会った。おとなしい犬で、ぼくが近寄っても全く吠えなかった。柴犬はもう少しやんちゃな印象があったのだが、ゆきちゃんはきっと優しい性格なのだろう。草履を売る店の前にしゃんと座っていた彼女は昭和の町に溶け込んでいて、思わず写真を撮ってしまった。撮らされてしまったと言ってもいい。やっぱり日本の町並みに、柴犬はよく似合う。
 昭和の街に、例えばボーダーコリーは似合わない。ボーダーコリーは戦前にはすでに日本に輸入されていたようだが、それまでの日本にはいったいどんな犬種がいたのだろう。やっぱり柴犬や秋田犬だろうか。それとも雑種だったのか。ゆきちゃんを見ながら、そんなことを考えた。
 ちなみに、豊後高田市は「住みたい田舎ベストランキング」で、全国1位に選ばれている。気候も穏やかで、移住者を支援する制度が充実しているらしく、なるほどそう言われるとちょっと住みたくなる。シャッター街が増え、昭和の町のような犬の似合う商店街自体が最近はめっきり減ってしまったが、こんな町が日本中にもっと増えればいいな、と密かに思うのである。



(了)
―#13―

この連載は隔週でお届けします。
*次回:2013年8月22日(木)掲載
2013/8/8 更新

  • 1
Qomolangma チョモランマ
『Qomolangma(チョモランマ)』(SLANT)
『Lhotse(ローツェ) 』に続くヒマラヤ写真集シリーズ第2弾。2001年、23歳の石川は、チベット側から世界最高峰・チョモランマ(エベレスト)に登頂。この遠征は、その10年後にネパール側から再登頂することになるエベレスト、さらにローツェやマナスルといったヒマラヤのへの旅の出発点でもある。当時の写真に加え、2013年末から14年初頭にかけて再訪したチベットの街と人々の暮らしを写しとった作品も収録。





バングラデシュ (世界のともだち)
『バングラデシュ (世界のともだち) 』(偕成社)
世界36か国の子どもたちのくらしを紹介する全36巻の写真絵本シリーズの一冊。石川が担当したのはこの数年で何度か訪れているバングラデシュ。ダッカの中心部からCNGという三輪タクシーで小1時間、ガンジス川をわたった先の街に暮らす、少年アシフの日常を紹介する。青い自転車がアシフの相棒!

石川直樹(いしかわ・なおき)

1977年東京都生まれ。写真家。高校2年生のときにインド・ネパールへ一人旅に出て以来、世界を絶えず歩き続けながら作品を発表している。2000年に北極から南極まで人力で踏破するPole to Poleプロジェクトに参加。翌2001年には、七大陸最高峰登頂に成功。2011年には、2度目のエベレスト登頂を果たす。昨年秋、マナスル登頂に成功。写真集に『THE VOID』(ニーハイメディア・ジャパン )、『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)、『VERNACULAR』(赤々舎)、『Mt.Fuji』(リトルモア)、『ARCHIPELAGO』(集英社)他、著書に『全ての知恵を装備に置き換えること』(集英社文庫)、『For Everest ちょっと世界のてっぺんまで』(リトルモア)他がある。 2008年、『最後の冒険家』(集英社文庫)で第6回開高健ノンフィクション賞、2011年には写真集『CORONA』で第30回土門拳賞受賞。
ブログ:http://www.littlemore.co.jp/foreverest/

[作者より]
最近は国東半島→女満別→奄美大島→京都と、日本を北へ南へ移動しまくりの日々です。8月13日には京都で坂口恭平くんと対談予定。
http://haps-kyoto.com/handm2013/
ちょっと休みたい……。