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アフリカ、コーヒーの産地で名高いエチオピア。茅葺きの円形住宅を訪ねるたびに
コーヒーを振る舞われ、頭はどんどん覚醒していく。そしてここにも、犬たちがいた。
写真家・石川直樹が、犬たちとの一瞬の邂逅を軸に、この世界の有り様を綴るフォトエッセイ。
#15 ドライでクール(エチオピア)
世界の三大高地、それはアンデス、ヒマラヤ、そしてエチオピアである。アンデスとヒマラヤまではなんとなくわかるが、エチオピアがそれらと匹敵する高地であると言われても、いまいちピンとこない。
ぼくは20歳の頃に、はじめてアフリカ大陸に足を踏み入れた。今はどうなのか知らないが、当時はロシアの航空会社アエロフロートが、アフリカに行くための航空会社としては、圧倒的に安上がりだった。その代わりサービスも値段相応で、機内食が半解凍で冷たかったり、リクライニングが壊れていたり、スチュワーデスのふくよかなおばちゃんに「毛布をください」とお願いすると、「ほらよっ」とばかりに投げてよこす、そんな時代だった。
とにかくそのアエロフロート機でケニアのナイロビに入り、バスでタンザニアへ南下してアフリカ大陸最高峰キリマンジャロに登った。その後、ぼくは少々欲を出して、エチオピアに向かい、エチオピアの最高峰であるラスダシャンという山に登ろうと思ったのだが、アプローチの途上で徒渉すべき川が増水で全く渡れず、隣の山に登ってとぼとぼと帰ってきたのだった。しかし、隣の山といえども標高は5000メートル近くあり、周辺にも同じような高さの山があったと記憶しているので、たしかにエチオピアは高地なのである。
二度目にエチオピアを訪ねたのは、コーヒー豆の取材が目的だった。が、途中で見かけた茅葺きの円形住居に心を奪われてしまい、集落を見つけるたびに車を降りて、家々の撮影をした。エチオピアには客人をもてなすためのティーセレモニーならぬコーヒーセレモニーがあり、一軒の家を訪ねるごとに一杯のコーヒーを飲ませていただくことになって、ぼくの頭はどんどん冴え渡り、覚醒が持続するというなんとも不思議な旅となった。
訪ねた家はどれも素朴な建物だったが、家の前には犬がいることが多かった。この家にも犬がいて、首輪をしているので鎖に繋がれていると思いきや、途中で切れている。それでも逃げ出さないのは、犬もまた人間と完全な共存関係を築かなければ生きていけない土地だからだろう。人間でさえも食べ物に困る高地は、すなわち「荒地」でもあって、当然電気も水道もなく、夜は底冷えがする。しかし、すすで真っ黒になった暖かい室内に、犬たちは少しも近寄る気配がない。逃げ出さないけれど、近寄りもしないのだ。
つかず離れず、甘やかさず媚びを売らず、来る者拒まず去る者追わず、無闇に叱らず無闇に吠えず、忠実だがプライドは失わず......。人間と犬におけるそのようなきわめて正しい関係がエチオピアには、ある。高地に生きる動物も人も、当地の環境よろしく、ドライでクール、そしてたくましいのだ。
(了)
―#15―
この連載は隔週でお届けします。
*次回:2013年9月19日(木)掲載
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[作者より]
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http://photonesiaokinawa.org/workshop/tour/