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ヒマラヤに端を発するガンジス河は、あのインドを横切ってバングラデシュの首都・ダッカへと流れ込む。
数えきれないボートが浮かぶ大河の川べりで、一匹の犬に出会った。
写真家・石川直樹が、犬たちとの一瞬の邂逅を軸に、この世界の有り様を綴るフォトエッセイ。



#18



すべてを呑み込む川べりで(バングラデシュ・ダッカ)





 今でこそインドの街を歩く外国人はめずらしくないが、20年近く前、ぼくが高校生の頃に旅したときは、そこら中で人々にもみくちゃにされた。空港を出るとタクシーの客引きに腕を引かれ、路上では子どもたちがポケットの中に手を突っ込んできて、街なかでは物乞いに足を掴まれる。そんなインドも今はだいぶ落ち着いてきた感がある。が、バングラデシュのダッカに降り立って、久々にあのときの感触を思い出した。ダッカは、まるで昔のカルカッタのようだ。実際、バングラデシュはインドと隣同士の国で、かつてはインドの一部だった。
 彼らの無遠慮で突き刺すような視線は容赦がない。カメラを構えるとすぐに人だかりができるのはもちろん、少し離れたビルの上や川辺や草むらにもその撮影風景を瞬きもせずに凝視している人たちがいる。ぼくがファインダーを通してダッカを見つめている一方で、ぼく自身もまた常にダッカに見られていた。世界一の人口密度をもつと言われる混沌都市ダッカの印象は、四方八方に現れる無数の「目」に他ならない。
 ダッカの中ではガンジス河周辺が特に好きで、何度も岸から岸へとボートで移動しては川辺を歩いた。ヒマラヤに端を発するガンジス河は、インドを通って、ダッカにまで流れ込み、まもなく海に合流する。
 そこには川に触れようとするあらゆる人々がいた。釣りをする若者、泳ぐ青年、洗濯する老婆、体を洗う女性、水遊びをしている子ども、網を投げて漁をする痩せた男、カワウを使って魚をとる人、小便やウンコをする男性などがいて、極めて幅広い用途にこの川が使われていることがわかる。しかも、川はあのインドを横断して流れてきたのだ。ヒマラヤの雪解け水も、灰となった人間も、牛の死体も、生き物の排泄物も、人々の祈りも、世界そのものを呑み込んで蕩々と海に流れ込む。
 その水を利用して、川岸でレンガを作っている人たちがいた。レンガを船に運び入れる男たちを撮影していると、子どもたちが集まってきた。その中に子犬を抱えた子もいた。子犬はもうすべてをあきらめているのか、吠えることなくおとなしくしている。鳩、鶏、山羊、牛、そして犬。ダッカでは、動物も人間もすべての生き物は自分のテリトリーみたいなものがない。もてないと言ってもいい。たとえそれを作ろうとしても、誰かがずかずかと入り込んでくる。あらゆるものを呑み込むガンジスのように、すべては混じり合い、触れ合い、関わり合いながら暮らしている。
 そういう場所で生きることは幸せか、否か。写真を撮り終わった後、子犬の姿を追おうとしたら、すぐに新たな群衆に取り囲まれて見えなくなってしまった。あの子どもたちも子犬も、やがて無数の目の一部となって、世界をじっと見つめることになる。




(了)
―#18―

この連載は隔週でお届けします。
次回は2013年12月12日(木)!
2013/11/28 更新

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Qomolangma チョモランマ
『Qomolangma(チョモランマ)』(SLANT)
『Lhotse(ローツェ) 』に続くヒマラヤ写真集シリーズ第2弾。2001年、23歳の石川は、チベット側から世界最高峰・チョモランマ(エベレスト)に登頂。この遠征は、その10年後にネパール側から再登頂することになるエベレスト、さらにローツェやマナスルといったヒマラヤのへの旅の出発点でもある。当時の写真に加え、2013年末から14年初頭にかけて再訪したチベットの街と人々の暮らしを写しとった作品も収録。





バングラデシュ (世界のともだち)
『バングラデシュ (世界のともだち) 』(偕成社)
世界36か国の子どもたちのくらしを紹介する全36巻の写真絵本シリーズの一冊。石川が担当したのはこの数年で何度か訪れているバングラデシュ。ダッカの中心部からCNGという三輪タクシーで小1時間、ガンジス川をわたった先の街に暮らす、少年アシフの日常を紹介する。青い自転車がアシフの相棒!

石川直樹(いしかわ・なおき)

1977年東京都生まれ。写真家。高校2年生のときにインド・ネパールへ一人旅に出て以来、世界を絶えず歩き続けながら作品を発表している。2000年に北極から南極まで人力で踏破するPole to Poleプロジェクトに参加。翌2001年には、七大陸最高峰登頂に成功。2011年には、2度目のエベレスト登頂を果たす。昨年秋、マナスル登頂に成功。写真集に『THE VOID』(ニーハイメディア・ジャパン )、『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)、『VERNACULAR』(赤々舎)、『Mt.Fuji』(リトルモア)、『ARCHIPELAGO』(集英社)他、著書に『全ての知恵を装備に置き換えること』(集英社文庫)、『For Everest ちょっと世界のてっぺんまで』(リトルモア)他がある。 2008年、『最後の冒険家』(集英社文庫)で第6回開高健ノンフィクション賞、2011年には写真集『CORONA』で第30回土門拳賞受賞。
ブログ:http://www.littlemore.co.jp/foreverest/

[作者より]
いまフランスのシャモニーにいます。モンブランの麓にある小さな街で、雪が降っていて、ヒマラヤに逆戻りしたように、寒い! 12/7(土)に「仮面芸術論 ―異界とのダイアローグ」というタイトルの対談講座を横浜のあーすぷらざで行います。恩師、伊藤俊治先生との対話です。興味のある方はぜひ!
http://www.earthplaza.jp/ai1ec_event/kamenart20131207?instance_id=