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かつて菅江真澄が桃源郷と呼んだ村へと足を踏み入れる。
深い雪に足をとられながらも進むと、茅葺屋根の民家が見えた。今日は大晦日だ――。
写真家・石川直樹が、犬たちとの一瞬の邂逅を軸に、この世界の有り様を綴るフォトエッセイ。



#24



大晦日の桃源郷(秋田・手這坂)





 2012年の大晦日、まだ見ぬ仮面を使った伝統行事に出会うべく、ぼくは秋田県の日本海側、能代のあたりをうろうろしていた。もう10年近く前から、お盆や大晦日はこうした祭りの撮影にあてているので、年越しを自宅で迎えることはほとんどない。
 行事が始まるのは夜なので、昼間はその地域の周辺をまわる。ガイドブックを眺めながらどこに行こうか考えている際、「桃源郷」という文字が目にとまった。村の名は手這坂(てはいざか)。かの菅江真澄が1807年にこの地を訪れて、「桃源郷の様だ」と賞賛したらしい。菅江真澄は江戸時代の旅人で、北陸や東北、北海道など北の地をひたすら歩き、膨大な日記や地誌を記した希代の漂泊者である。
 菅江真澄が残した記録には今まで何度も助けられてきたので、今回も彼の言葉に従って、八峰町の桃源郷なる村、手這坂へ行ってみようと思った。カーナビに従って狭い雪道を車で進んでいくと、幹線道路から離れた谷あいに、その村はあった。
 茅葺屋根の民家が数軒建っている。花の咲く春先はきっとのどかなのだろうが、折しも雪のちらつく年の瀬である。凍った道に足を取られながら、深い雪のなかを進み、集落に入っていくと、一人の女性と出会った。
 もう何と声をかけたのか、あるいは何と声をかけられたのかも忘れてしまった。ぼくは手這坂に人が暮らしていることにまず驚き、しかもそれが若い女性だったことにもっと驚いた。家のなかを見せていただけることになって、築160年の古民家にあがらせてもらう。厳冬の集落での幸運に感謝せねばならない。
 そうやってお会いしたのが、木村友治さん夫婦である(ぼくが出会った当時はまだ結婚される前だったが、その後、結婚されたそうだ)。
 ちょうど木村さんの故郷の仙台に帰省される直前の慌ただしい時間だったにもかかわらず、囲炉裏を囲んでお茶をごちそうになり、お話をうかがうことができた。
 全く前知識もないままにここに来てしまったのだが、手這坂は菅江真澄の時代から紆余曲折を経て今のような原風景を保っている希有な集落だった。2000年に最後の住民が転出して無人の村になった後、地元の有志が「手這坂活用研究会」というグループを作って集落の手入れを細々と続け、2012年になって木村さんが移住して、ようやく村に暮らしの息吹が灯る。
 そんな話を聞いているとき、ぼくらの周囲を駆けずり回っていたのが、写真の犬たちである。名前はゆきと大吉。この2匹の犬も、あれから3週間後に5匹の子犬をもうけたという。身の回りの恵みを活かしながら、手間をかけて衣食住を自らの手で作り上げていく。そんな人間の生を全身で体現している木村さん夫婦と元気な犬たちの暮らしは、もちろん苦労を伴う部分も多くあるのだろうが、それでもやっぱりうらやましい。
 手這坂の暮らしの一端は、以下のホームページでもうかがい知ることができる。
 http://viento-norte.jimdo.com/
 いつかまた再訪できたらいいな、と思う。今度は春や夏や秋の風景も見てみたい。そう思わせる魅力的な集落として手這坂を知ることができたのは、そこにお二人と犬たちが真摯に暮らしていたからに他ならない。





(了)
―#24―

この連載は隔週でお届けします。
次回は2014年3月6日(木)!
2014/02/20 更新

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Qomolangma チョモランマ
『Qomolangma(チョモランマ)』(SLANT)
『Lhotse(ローツェ) 』に続くヒマラヤ写真集シリーズ第2弾。2001年、23歳の石川は、チベット側から世界最高峰・チョモランマ(エベレスト)に登頂。この遠征は、その10年後にネパール側から再登頂することになるエベレスト、さらにローツェやマナスルといったヒマラヤのへの旅の出発点でもある。当時の写真に加え、2013年末から14年初頭にかけて再訪したチベットの街と人々の暮らしを写しとった作品も収録。





バングラデシュ (世界のともだち)
『バングラデシュ (世界のともだち) 』(偕成社)
世界36か国の子どもたちのくらしを紹介する全36巻の写真絵本シリーズの一冊。石川が担当したのはこの数年で何度か訪れているバングラデシュ。ダッカの中心部からCNGという三輪タクシーで小1時間、ガンジス川をわたった先の街に暮らす、少年アシフの日常を紹介する。青い自転車がアシフの相棒!

石川直樹(いしかわ・なおき)

1977年東京都生まれ。写真家。高校2年生のときにインド・ネパールへ一人旅に出て以来、世界を絶えず歩き続けながら作品を発表している。2000年に北極から南極まで人力で踏破するPole to Poleプロジェクトに参加。翌2001年には、七大陸最高峰登頂に成功。2011年には、2度目のエベレスト登頂を果たす。昨年秋、マナスル登頂に成功。写真集に『THE VOID』(ニーハイメディア・ジャパン )、『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)、『VERNACULAR』(赤々舎)、『Mt.Fuji』(リトルモア)、『ARCHIPELAGO』(集英社)他、著書に『全ての知恵を装備に置き換えること』(集英社文庫)、『For Everest ちょっと世界のてっぺんまで』(リトルモア)他がある。 2008年、『最後の冒険家』(集英社文庫)で第6回開高健ノンフィクション賞、2011年には写真集『CORONA』で第30回土門拳賞受賞。
ブログ:http://www.littlemore.co.jp/foreverest/

[作者より]
本日2月20日(木)は最新写真集『Qomolangma』(SLANT)の発売日です。
3月8日 (土) 19:00~21:00、大阪の「FOLK old book store」にて刊行記念トークイベントを開催します。詳細はこちら
今は別府に滞在中。夏に国東半島の写真集を刊行予定で、その最後の撮影をしています!