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ヤンキー刑事・大神にとって最もゆううつな、休みの日。
もの思いにふける大神刑事の耳に届いたのは……!?
こども作家キリカ(9才)の人気シリーズ「大神刑事の事件簿」、番外編!
大神刑事の事件簿 《番外編》
今日は久しぶりに休みだ。大神刑事にとって今日は月に一度の最悪の日だ。
まあ、事件がないのはいつものことだ。大抵の事件は捜査一課のやつらがぱぱっと解決してしまう。大神刑事に回ってくるのは、難事件、またはほとんど事件といえないもの。「事件のゴミ捨て場」とでもいったところか。
エリートの捜査一課のことだ、解けない事件などめったにない。だから回ってくる割合は、ゴミが9。ま、半面は大神刑事に負けたくないライバル心からだろう。たしかに、警察学校にも行っておらず、まともに勉強もしていない大神刑事に負けたくないと思うのは、男として、警察として当然であろう。
……だが、大神刑事は、必ずどんな事件も解いてしまう。まだ隠れた存在だが、そのうち、「天才ヤンキー刑事」とその名が知れ渡るであろう。今のうちにサインを貰っておくとしよう。
さあ、謎だらけの大神刑事の休日。どんなものかね。

illustration by Shimanon
大神刑事は、おや、机の上の何かを見ている。写真のようだ。ああ、以前汽子が見ていた写真と同じものだ。なぜ見ているのだろう。
!
写真を持つ手が震えている。小刻みに。
パサッ
写真が落ちた。……大神刑事の過去には何が……?
コンコンッ
おや、お客様のようだ。
「はっ」
大神刑事は急いで机の引き出しに写真をしまうと、あいてます、と言った。
慌て気味にはいってきたのは、
「犬野。おまえかよ……」
大神刑事はため息をついた。
「ため息ついてる場合じゃないですよ。見てください」
そう言って汽子が出したのは、へんちくりんな機械だった。
「なんだこれ」
大神刑事は首を傾げて言った。
「ふふん。気になります? これ実は……」
汽子が自慢気に続けた。
「人間になれる機械なんですよ」
汽子の驚きの告白は、大神刑事の冷めた目を、よりいっそう冷たくしただけだった。あの大神刑事が汽子の考え通り、驚くはずもなく、
「帰れ」
たったの二文字で……。流石の汽子も、やはり少しムッとして言った。
「じゃあー大神刑事で実験だー」
汽子はムッとしながらにやけているような不思議な顔で、機械の赤いボタンを押した。そのボタンには「オスナキケン」と書いてある。大神刑事がいやな予感を察知する間も無く、
ぱあああ……
明るい光が大神刑事を包んだ。それから何秒かたち、気がつくと……
「はっ」
「いつか元に戻りますから安心してくださーい」
と頼りない言葉を言い残すと、汽子は、満足顔で鼻歌を歌いながらどこかへ行ってしまった。
なんのこっちゃわからない大神刑事。ふと前に立ててあるたて鏡が目に入った。
「な、な、なんじゃこりゃーー」
家中に大神刑事の叫び声が響き渡る。
鏡の前に、どちらかといえばイケメン(?)の人間の男が立っていた。
「あいつ、見つけたら……」
大神刑事の顔はどんな鬼よりも恐ろしかった。
と、ここで電話があった。
「着信中 トラ本」
おや、捜査一課のトラ本から着信だ。
「もしもし」
「もしもし 大神か。事件だ。来てくれ」
「事件? いま行く……」
と言いかけて、自分の姿を見てため息をついた。
「やっぱ行かねえ」
「ん、なんだよ。珍しいな。いつもなら飛んでくるのによ。大体おまえ最近冷たいよな。 昔からの……おい聞いてんのか。」
ツーツーツーツー
大神刑事はめんどくさくなって電話を無言で切った。
「ちっ。切りやがった」
トラ本が怒っているのも露知らず、大神刑事は、ひとり困っていた。
「事件か。トラ本が呼ぶってことは、難事件なんだろう。まあ、だれも俺とは気づかないだろう」
ん? 俺じゃない……?
「あ」
そうだ。大神とは別人物として行こう。別世界から来た「人間」ということで。
だが、この世界では、人間は宇宙人のようなもので、ありのまんまの姿で行けば、気味悪がられたりするだろう。一応変装はするのだが、サングラスにマスク。と見るからに怪しい。指名手配されている奴みたいだ。……大神刑事の暴走が動き出した。よし、そろそろ大神刑事にバトンタッチだ。
*
俺はさっそく現場に向かった………………が、
「申し訳ありませんが」
いかつい警備が、怒り気味に言った。
「部外者の立ち入りはご遠慮いただいております!」
《そ、そうだったーーーーーーーーーーーーーー!!》
どこからか、《そんなこともわからないんですかー? あははっ》 と、犬野の笑い声が聞こえてくるようで、おもわず、だまれ、と叫ぶと、警備がふしぎそーにジロジロ見た。
いたしかたないので作戦を変更することにした。というと……
トラ本の携帯を鳴らす。
〈ウーウーウーウーウーウーウーウー〉
「もしもし? 来る気になったか」
「いや、だが現場の状況はどうだ」
そうはっきり言われたトラ本の、
「はいはいそーですかっ♪」
と言う声がルンルンとしているのは誰にでもわかる。
俺は、心の奥で気持ちわるっ、と思いながらも携帯を耳に押しつけた。
「被害者は、加畑泰雄 (かばたやすお) 32歳 プランテースマイルという会社の、企画課の課長だそうだ。死因は、頭部を強く打ったことによる打撲死。犯行時刻は、昨夜の午後9時半から12時までのあいだ。いまある情報だと……」
「待て。メモする」
そう言い、大神刑事は胸ポケットにある手帳を取り出した。
「続けてもいいか」
と聞こえた。返事はしなかったがわかったようだ。
「……俺の単なる思い込みだが、たぶん、加畑が殺されたのはこの現場じゃない」
そう言ったトラ本に何かそう言えるものがあると気づいた大神刑事は、
「なんでだ」
と聞いた。まってましたとばかりにトラ本がいつものえらそうな口調から一転、真剣な口調で言う。
「加畑は手を怪我していた。怪我をしたのは、死亡推定時刻の15、16分前と見られている。だが、どこを見ても一滴の血も、いや赤いものなんてなかった。おかしいと思わないか。15分でかさぶたになるとも……」
……たしかに……と、久しぶりのトラ本のまじめな推理に驚きつつも、こう言った。
「その傷、どんなのだ」
「おー」
と気のない返事が来たと思うと、携帯からメールが届いた。
ぴろりろりん♪ ぴろりろりん♪
[差出人 トラ本 件名 被害者の傷。写メ送ります]
写メって……女子高生かよ、と呟きながら、写真を見た。かなり深い傷のようだ。何かが……刺さったような……
その「刺さったような」という言葉がなんとなく気になり、ノートのいままで書いた情報の一番下に小さく「刺さったような傷」と書き、文章の「刺さったような」の部分の下に赤いボールペンで波線を引いた。
俺は携帯のマップ機能を頼りに、プランテースマイルに向かった。
「指定された場所に到着しました」と携帯に表示された場所で立ち止まる。
「プランテースマイル」という看板を確認すると、自動ドアをくぐる。
受付の女性にとりあえず、警察です、とだけ言う。すると、難なく信じてくれた。まあ、この姿を見せるわけにはいかないのでよかった。
「あの……どうして警察の方が……?」
とても何か知っているようには見えないが、胸のネームプレートに書いてある、「ペン川」という名前をノートにメモした。そしておちついた口調で言った。
「加畑課長が亡くなりました」
彼女はとても驚きながら深呼吸をし、声を震えさせながら言った。
「そ、そうですか。あ、あのいま呼びます。お待ちください」
「呼びます」とはたぶん社長だろう。それから数分後……
「あ、お待たせしました。プランテースマイル社長取締役の鳩村と申します」
年は……40代半ばぐらいだ。
「あの……実は」
と申し訳なさそうに言った。すると、社長が悲しそうな声で言う。
「ああ、ペン川から聞いてます。亡くなってしまって……あの……事故か何かで……?」
予想通り、死んだ理由を聞いてくる。俺は躊躇なく答えた。
「殺害された可能性があります」
そう言ったとたん近くにいた人たちの顔色がさらに青ざめた。
加畑くんが……。と、社長は少しのあいだ驚いて、真実を受け止めたような顔で言う。
「企画課に案内しますよ」
俺は心のなかで、よし、と言いながら、
「よろしくお願いします」
と丁寧にお辞儀してついて行った。
階段をあがり右に曲がる。ドアを開けた。開けた瞬間、声が聞こえた。
「あ。社、社長。ちょーどよかった。加畑課長が出勤してないんですよ」
ひとりの女社員が言った。名は……「ハム野」と言うらしい。
「って、その方は?」
俺が自己紹介しようと、
「あ、俺、いや、わたしは……」
すると社長が、一足先に言った。
「こちら警察の方」
えっ、とみんなが驚いてシーンと静まり返った。何かを察知したかのように男社員が言う。
「ま、まさか」
みんながその社員を見つめた。
「加畑さん、死んだんすか……?」
またしても、えっ、と驚き、今度は俺に視線が来た。
「お察しの通りです」
とそのひとことで顔色が変わる。
「死、死んだ……」
みんな悲しそうな顔をしているが、本当に悲しそうにしている奴はいない。俺はこの雰囲気のなか言った。
「お気持ちお察しします。ですが、はやく解決するためお話を……」
すると、どうぞ、とソファに案内された。腰をかけ一番聞きたいことを手短に言う。
「皆さん、昨夜の午後9時半から12時半のあいだ、どこで何をしていましたか?」
「アリバイですか」
そうたずねられ、こくりとうなずいた。
すると、みんなが顔をそろえて言った。
「その時間なら、みんなで飲み会をしていました」
「あ、でも、11時には解散しましたよね」
つまり、その後のアリバイはない、ということか。だが、一応聞く。
「その飲み会に、参加しなかった人は?」
「いません」
はっきり答えられた。と、後ろのほうで声がした。
「あ。いま思い出しました。課長は酔ってひとりだけ残っていました」
そう言われて、不審に思った。
「誰も心配とか……しなかったんですか?」
そう言うと、ごにょごにょと誰も返事をしなくなり、やっと、あの「ハム野」が、いや、「ハム野さん」が答えた。
「実を言うとですねぇ……死んだ人間を悪く言いたくはありませんが課長は嫌われていまして……」
俺は自然に浮かんだ疑問を口にする。
「なぜ」
少しのあいだ、静まり返っていた。これは上司に対する遠慮からだろう。
「態度が、です。禁煙も守らない、それに偉そうだし。でも怖くて何も言えない」
……確かにそこらじゅうに「ノータバコ」や「禁煙です」などの張り紙がある。
「もう……いいですか。ショックが激しいんです。今日のところは……」
あ、と声を上げ、俺は申し訳なさそうに……
「すいません。今日はドロンしますんで……」
と、手をそろえた。でもあの場にいた彼らの名前は覚えた。
次の日……
ぷるるるるるるるるるる
携帯がけたたましく鳴った。
「着信中 03-@@@-@@@@」
知らない番号だ。誰からだろう。
「もしもし?」
「あ、あの」
どこかで聞いたことのある声だ、と思った。
「プランテースマイルの、豹乃です」
ああ、と声を出すと、
「あの、名刺に番号が書いてあったんで……その……」
「……それで?」
「えっ?」
「なんのようですか?」
…………………1分ほど間が空いた。口を開いたのは豹乃だった。
「あのっ! えっとその、あの、なんていうか、あの、その」
豹乃が言いよどむ。
「ああ、あの、その、ぼ、ぼくが、あの、かりゃた、いや、あの、加畑課長を………………っ……あの、殺し……ました」
「!?」
突然の告白に流石の俺も驚きを隠せない。
「なぜ殺したんですか」
「……いつも、えらそうにしている加畑課長に怒りを覚えて……勢いで……」
俺はとりあえず、
「わかりました。後でまた」
とだけ言うと、電話を切り、携帯を閉じた。
まず俺は、あいつは殺してないと思う。……理由は……刑事のカン……だ。
なんて、しばらく考えていた。
それから、気がつくと地面で、いすの足にもたれかかって倒れていた。あれから寝てしまったようだ。豹乃が犯人でないとしたら……豹乃がかばおうとしているのは誰なんだ……
人がつかまってまで守ろうとする人……
ふと、女子社員の会話を思い出した。
《そーいえばぁ。豹乃さんと猫山さんて、付き合ってるらしーよ!!》
《えーまじでー?》
「それだ」
すぐ、プランテースマイルに電話を入れた。
「もしもし、プランテースマイルですが」
「もしもし。大神というものですが……あの、猫山さんはいらっしゃいますか?」
「猫山ですね、少々お待ちください」
そういって女子社員の声が聞こえなくなり、少したつと、
「ただいまかわります」
すると、ちいさな声が聞こえてきた。
「もしもし……お電話かわりました……猫山です。あの……どういったご用件で……?」
不安そうだ。まあ、知らない男から電話があれば誰でも不審がるだろう。
「警察です」
俺ははっきり言った。
「え? あ、ああ、け、警察の方ぁ……」
ビンゴ。慌てている。
「何か……御用ですか……」
俺ははっとした。……ついつい電話したものの、用件は考えていなかったからだ。
そこで俺は嘘交じりの本当のことを、いかにも「刑事」のように言った。
「いやぁ、あの……大変申し上げにくいんですが……豹乃さんが、自首しましてね」
2、3拍あけて続けた。
「あなたに、『ありがとう』と伝えてほしいと……」
俺は、このあいだ読んだミステリー小説の刑事になりきり、台詞を言うかのように言った。
猫山は、知っていたかのように、悲しそうに言った。
「……そうですか……」
俺はこの時点でもう確信していた。猫山が殺したのだ、そして、豹乃がかばっているのだ、と。
だが、物的証拠がない。俺は一度、
「では、用件はそれだけですので」
と言って受話器をおくと、呟いた。
「……まずは……動機だな」
俺は、いまの電話を聞く限りではとても猫山が加畑課長を殺したいほど恨んでいたとは思えないのだ。
「つまり、計画的犯行ではなかった……」
うん、そうそう。と心のなかでうなずく。
「大神刑事はそうお考えになっているわけですね」
聞き覚えのある声が聞こえ、振り向くと、
「いーぬーのー」
そう、忘れたくても忘れられないあいつだ。
「元に戻しやがれ!」
あーもう、いままでの真剣な考えがパーになっちまった。でてくんならぁ、ずぅうっと後か、ずぅうっと前にしてくれよ! ていうかずぅうっとでてくんな!
「って、えぇ!?」
いない。ちくしょー! 逃げやがった。
はぁ、話を戻そう。計画的犯行ではなかったなら、その場で何か、起きたってことだよな?
「何か」か……難しくて、馬鹿の俺はたぶん頭が回らないだろう、と確信すると(していいのかわからないけど)、「真の殺害現場」を考えることにした。「真の殺害現場」か……、前に読んだミステリー小説にも出てきたな……。と、ここで、その小説の主人公が言った台詞が思い浮かんだ。
「真の殺害現場のヒントはすぐ近くにあったんだ。いわゆる、灯台下暗しだったんだ」
灯台下暗し、その言葉を聞いて、すぐ思い浮かんだ場所。俺は自分のカンに賭けてみることにした。
ぷるるるるるるるるるるるるるるる………
本日何度目かわからないが、呼び出し音がひびく。俺がかけた相手は、いくらか想像がつくだろう。
「もしもし」
不満そうに電話に出たのは、そう、トラ本だ。俺は電話をかけるなり言った。
「なあ、鑑識を手配してくれないか、いくらか態度のいいやつをよ」
トラ本の返事も聞かずに(いや、いま思えばノーの返事がいやだったのかもしれない)、「俺の家な、よろしく」とだけ言いのこし、ぷつりと電話を切った。なんだ、俺もあいつみたいな面があるじゃないか(あいつとは、言わなくてもわかると思うが、犬野だ)。と反省しているうちに、鑑識がやってきた。
俺は、鑑識を連れて、ある「真の殺害現場」の容疑がある場所へ向かった。
この後、俺のカンは自分でも驚くくらい当たることになる。
俺は、猫山と豹乃を「真の殺害現場」に呼び出した。こないと思っていたが、ふたりともあっさりときた。
ふたりとも、もうわかっているようだ。俺は、たぶん、「真相」と思われるものを披露した。
「……俺の推測ですが、聞いていただけますか」
ふたりはこくりとうなずいた。それを確認すると、俺は、ゆっくりと口を開いた。
「まず、始まりは、あの飲み会です。あの飲み会で、たぶん、猫山さんは、忘れものなどをして、一度戻ったのでしょう。そこで加畑課長に出くわした。加畑課長は相当酔っていて、いきなり襲ってきたのでしょう。その証拠に、加畑課長の体内からアルコールが多量に検出されました。それで、猫山さん、あなたは咄嗟に突き飛ばしてしまった、それが悲劇の始まりです。怖くなった猫山さんは、この世で一番信頼できるあなたに電話したのでしょう。そこで、豹乃さんは死体を別の場所に運んだ。そして、いざとなったら、自分が捕まろう、そう決意した。身代わりになるという行為は並大抵の愛情では決意できません。きっと、猫山さんを心から愛していたのでしょう。この場所で、加畑課長のものと見られる血液が検出されました」
「え、血液? どうして……」
豹乃が口を開いた。俺は、きちんと答えた。
「加畑課長は殺される直前に怪我をしていました。何かが刺さったような……その『何か』の正体もわかりました。それは、この現場に落ちていました。ガラスのストラップです。形が妙なんですが、これ、何の形かわかりますか」
俺は、袋に入ったそのストラップを差し出した。
「それは……」
猫山が、瞳を輝かせて言った。
「ペアの……ストラップです……。ふたつ、つなげると……」
豹乃が、似たようなストラップを取り出し、俺の持っているストラップと、袋の上から重ねて見せた。
それは、ハートだった。
それを見た猫山は、安心したように、肩を落とすと、瞳に涙を浮かべた。そしてにっこりと笑うと、手を差し出した。そしてこう言った。
「すべて、刑事さんの言う通りです。さ、逮捕してください」
俺は、うなずくと、その手に、ゆっくりと手錠をかけた。警察の仲間に顔を見られると、不審がられるので、トラ本に電話すると、静かに去った。その後、サイレンの音が、悲しく響き渡った……。ま、正当防衛として、重い罪に問われる心配は無いだろう。
俺は、はぁ、とため息をつくと、すやすやと眠った。次の日、元に戻るのを願って。
―番外編・完―
2014/1/30 更新
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