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Lab:042 ソニーCSL 遠藤 謙




「義足が世界を変えていく」


 遠藤さんは、ソニーコンピュータサイエンス研究所(以下ソニーCSL)に所属しています。ソニーCSLは、本連載第2回に登場した暦本純一先生が副所長をつとめるソニーの研究機関です。次々と新しい技術や優秀な研究者を輩出してきた、日本を代表する研究所ですね。

 遠藤さんが義足の研究をはじめられたのは、MITメディアラボに入った2005年からだそうです。友人が骨肉腫で足を失うという現実を目の当たりにして、ヒューマノイドロボットから、研究対象を義足へと変更したのです。
 ロボット義足は、装着者の負担を減らし、できるかぎり自然な歩行を実現することを目指すものです。身体の機能を、人工物で補うのは、とっても難しいことです。必ずどこかに無理が発生し、違和感や痛みを感じてしまいます。装着者はいまのところ、それらの違和感や痛みとつきあっていくことを強いられている状態です。ロボット義足の研究は、装着者をその違和感から開放するために、進められています。
 そしてもうひとつの軸、発展途上国向けの義足の研究は、より多くの方が義足を使えるようになるために、必要な研究です。安価なものにも、ロボット技術に使われている基礎的な考え方を導入するなどの工夫で、関節のない簡易義足よりも、圧倒的に使いやすいものになるそうです。現地で材料を調達し、生産できるようにすることで、安価な義足が継続的に供給できるようになるということを目指しておられます。

 遠藤さんは、このふたつの義足を主軸に、研究に取り組んでいらっしゃいますが、これは本当に重要なポイントなのです。
 通常、新しい技術を作り出すのが研究者の仕事、世の中に広めるのは企業の仕事というふうにわけられてきました。
 新しい技術は、商品のセールスポイントとして盛り込まれていくものであり、そのため、新商品が次々と生み出され、どんどん多機能化してきたのです。
 しかし、目玉となる技術以外にも、「コストを下げる」のもとても存在感の大きな技術なのです。遠藤さんは、技術を上に積み上げる方向と、横に広げる方向に押し進めているんです。
 これまでの研究者は、専門性だけをつきつめて、よりハイエンドな方向だけをめざしていればよかったのですが、ここ数年、研究機関と企業の関係性や、研究職そのもののありかたがより柔軟になってきたことから、分野によっては、専門性と応用性の両立を求められる分野が多くなってきました。つまり、研究分野を複合化し、さらに、どう使われるか、どう社会の役に立つかまでを考え、実際に研究者自らが積極的に関わっていくという必要性が出てきたわけです。遠藤さんは、いち早くそれを実践し、世の中を変えていくために、「実行」しておられるのです。


「スポーツ義足に秘められた次なるイノベーション」

 さらに、遠藤さんが動画の後半でお話してくれた、競技用の義足の研究は、とても興味深い分野です。暦本純一先生が進めているオーギュメンテッドヒューマン(AH)は、身体機能を拡張して、私たちに新たな世界を体感させてくれる、まさにまったく新しいものを生み出す分野ですが、競技用義足は、補助するという役割からさらに一歩を踏み出そうとしています。
 陸上競技では、義足の選手が世界記録にコンマ数秒のところまでせまっており、技術の発展次第では、健常者の記録を超えていく日も近いと考えられています。そうなったら、オリンピック/パラリンピックという位置づけは変化し、さらに健常者/障がい者という言葉もその意味を変化させていくことでしょう。遠藤さんは、「障がい者という言葉をなくしたい」とおっしゃっていましたが、まさにそれが実現されるのを私たちはもうすぐ目にするかもしれません。
 競技用の義足はまだまだ研究の余地がある分野だそうで、急速な発展が期待できます。将来的に、スポーツ競技には新たなルール設定が必要になることでしょう。モータースポーツのように、細かいクラス分けがなされ、生身の人間と企業の技術力の両面で競うものへと、スポーツは変化していくことになると思います。

 遠藤さんの研究が変えていく世界に、私は期待せずにいられません。イノベーションが明るい世界を作る。ステレオタイプな言葉ではなく、現実として見せてくれる、遠藤さんの研究に期待しています。

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