萩尾望都が20代で著したSF小説。その集大成『音楽の在りて』。
後に描かれた名作マンガの数々とも呼応する、原点的作品集です。
その刊行を記念して批評家・大森望との公開対談が行われました。



構成・大森望



◎30年ぶりに読み直して驚いた

大森 今回、急遽開催ということになって心配していたんですけど、こんなにたくさんお集まりいただいて。萩尾さんの力はすごいなと。さっきも控え室に次々と花とか運ばれてきて、宝塚の劇場前のような空気になってました(笑)。もともとは、『音楽の在りて』刊行記念のインタビューをしてほしいということだったんですが、どうせならファンのみなさんの前でやったほうがいいだろうと思いまして、ジュンク堂さんに聞いてみたところ、萩尾さんが出てくださるならいつでも予定を空けますということで、ゴールデンウィーク初日の今日めでたく開催の運びとなりました。

萩尾 担当編集者と大森さんに押し切られて(笑)。萩尾です、よろしくお願いいたします。

大森 昔から編集者の言うことには逆らわない?

萩尾 逆らわないです。生き延びるコツです(笑)

大森 ではまず『音楽の在りて』の話から伺いたいと思いますが、この本、僕にとってもたいへん思い出が深くて。収録作は、1977年から79年にかけて、SF雑誌の『奇想天外』に掲載された作品がほとんどなんですが、その頃僕は高校生で、高知でずっと『奇想天外』を読んでまして。

萩尾 高知の方だったんですか?

大森 そうなんです。その後、1983年に新潮社に入って、新潮文庫の編集をやってたんですが、萩尾さんが『奇想天外』に書いていた小説をぜひ本にしたいと、企画書を書いていたことがありまして。たぶん萩尾さんは覚えていらっしゃらないと思うんですけど、SF大賞のパーティーでお目にかかったときに、ぜひ新潮文庫で出させてくださいというふうにお願いしたことがあるんですね。そしたらとんでもありません、小説は本職じゃありませんし、恥ずかしいから止めてくださいみたいなことをおっしゃって、すごすご退散したんです。そしたら2年くらい前に、イースト・プレスの編集者から、萩尾さんが『奇想天外』に書いていた小説を本にしたいと思うんですけどどう思いますかって言われて、それはぜひやってくださいと。むかし断られたことがあるけれど、あれからもう25年も経つから、萩尾さんも考えが変わっているんじゃないかと。心境の変化はおありになったんですか?

萩尾 もう年だから恥をかいてもいいかなって(笑)。

大森 この30年ぐらいの間に、ご自分の小説を読み返すことはあったんですか?

萩尾 ほとんど読み返してなかったです。唯一、「守人たち」っていうギャグ小説が好きで、ときどき読み返してましたが、あとはもう恥ずかしくて(笑)。今回ゲラになったので、読んでみたんですけど、そしたら意外と「おもちゃ箱」とか好きだったんで、読み返してみるものだなあって(笑)。

大森 そもそもどうして『奇想天外』に小説を書くことになったんですか?

萩尾 編集さんと知り合いになったんです。小林(裕幸)さんていう、いまは講談社にいるそうですけど。

大森 最初から小説をっていう依頼だったんですか?

萩尾 そうです。短編を、と。何かの弾みで引き受けちゃったんでしょうね。

大森 『奇想天外』で小説をお書きになっている頃っていうのは、『週刊少年チャンピオン』で「百億の昼と千億の夜」、『週刊少女コミック』で「スター・レッド」を連載して、その合間に『週刊マーガレット』ではレイ・ブラッドベリの短編を漫画化するシリーズをおやりになっていて。しかも、『SFマガジン』では、光瀬さんの宇宙SFに萩尾さんが絵をつける「宇宙叙事詩」っていうコラボレーション企画も連載されてたわけですから、ものすごいSF生産量ですよね。萩尾さんのキャリアの中でも一番SF度が高いというか、SF以外の仕事は全然してないぐらいの。

萩尾 いわれてみるとそうですね。

大森 しかも、小説に関しても、ほぼ隔月ペースで短編を発表してらっしゃるという。小説を書くことに関しては全然ハードルはなかったんですか?

萩尾 短編の童話みたいなものを小学館でやっていたので。

大森 「月夜のバイオリン」ですね。

萩尾 そうですね。こういう企画を引き受けることになったから、毎回何かを考えよう、くらいの感じですか。マンガの場合だと、32ページの読み切り1本に1ヵ月かかってしまうけども、小説の場合はとりあえず3日から10日で書けるので、思いついたアイデアを外に出すのに、回転が速いというか効率がいい。

大森 時間もかからないし、アシスタントもいらないと。『音楽の在りて』の前半に入っている短編は、400字換算でだいたい20枚ぐらいでしょうかね。小説の枚数としてもかなり短くて、掌編に近いような長さなんですが、それぞれすごく雰囲気と広がりがあって。「ヘルマロッド殺し」なんか、非常に大きな物語が短い話の中に編みこまれているというような印象を受けるんですけど……。

萩尾 読み直したら恋愛ものの話でびっくりしました(笑)。


◎惹かれつづける「人造人間」の話

大森 非常に早い時期に書かれたクローンもののSFですが、殺した男を殺された女が追いかけるという普通ではありえないラブストーリーにもなっています。その「ヘルマロッド殺し」と対になる話が「左ききのイザン」という短編で、こちらはマンガでお描きになって、巻末に特別収録されていますけども。この話はマンガで描こうとか、この話は小説で書こうっていう区別はあったんでしょうか?

萩尾 これは、遺跡発掘のシリーズっていうのが頭の中にあって、それでたまたま、流れのままに書いたんですね。どっちが先だったんだろ。いまでは覚えてないんですけど。クローンっていうのは、手塚治虫さんが人造人間のマンガをたくさん描いていらしたんです。『やけっぱちのマリア』とか『ノーマン』とか。あれにすごく触発されて、私もそのうちクローンを描きたいなと思って、こんなふうになったんだと思うんですけど。発想はたいていミーハーで(笑)。

大森 それでも、クローンをネタにしたSFというのは、この当時だと、せいぜいジョン・ヴァーリイが書いてたかどうかというくらいで、それをこの時期にこういう恋愛ものに仕立てたのはすごいなと、いま読み返してあらためて思うんですけども。やっぱそういう新しいものも入れようという気持ちだったんですか?

萩尾 若い頃って科学とかSFの未来が無尽蔵で不可能はないって信じちゃうんですよね。いま、クローン人間を1体作るのにどれくらいのコストがかかるんだって考えると無茶なって思うんですけど。そのときには、粘土細工をするような感じで作れたのがすごくおもしろいなって感じで。アイデアが先走りしちゃうんです。

大森 これを書いてらっしゃったのは、萩尾さんが20代の終わりくらいの時期ですよね。

萩尾 そうですね。(そのあとの)「A-A’」(『プリンセス』1981年8月号初出)もクローンを使った話で。

大森 クローン以外でも、「子供の時間」なんてコンピュータが主人公みたいな話ですよね。その一方、「クレバス」なんて、フィリップ・K・ディックの「お父さんもどき」をちょっと思い出しましたけど、50年代SFのアイデアストーリーを使って全然違うものを作るみたいな。

萩尾 「クレバス」はね、あれに類似した夢を見たんですよね。夢って辻褄が合わないじゃないですか。いろんな話が3つくらいできそうなおもしろい話だったんで。この作品の場合は、お母さんが変な人、お母さんが違うかもしれないというネタで書きました。

大森 宇宙ものもいくつかシリーズになってますよね。「プロメテにて」とか。

萩尾 「プロメテにて」も発掘シリーズです。前のを読み返さずに書くもので、少しずつ設定がずれてると思うんですけど(笑)、これはコミュニケーション不全の話です。
 50年代SFの世界では、人類がどんどん宇宙に行って、ヴァン・ヴォクトの『宇宙船ビーグル号』なんか顕著ですけど、異星人と遭遇するんですよ。それでどんなことが起こるのかっていう実験バリエーションが本当にたくさんあるんです。それがものすごくおもしろくて「プロメテにて」のほうでも、異文化コミュニケーションかもしれないものをちょっとやってみました。

萩尾 ロバート・シェクリイの『人間の手がまだ触れない』とか。

大森 シェクリイもそうですね。AAA(エース惑星浄化サービス)っていう宇宙探査の短編シリーズがあって、あちこちいろんな星に行っては異文化に出会うみたいな話を書いていますね。SFの原点というか。

萩尾 今回シェクリイを読み返してびっくりしたのは、25日ごとに女を殺す文化の中で育った人の話(笑)。地球からやってくる人たちを迎えるんですけども、なんであいつらは女を殺さないんだろうと(笑)。俺が代わりに殺してやろうかと、とんでもないことになって。そういうのを書ける発想っていうのはすごいなと[注:ハヤカワ文庫SF『人間の手がまだ触れない』所収の短編「怪物」]

大森 やっぱりどちらかというと文化人類学的なほうに関心が?

萩尾 価値観がひっくり返ったりとか新たなものの見方が提示されるとか、そういうものが。

大森 ここに入っている短編の中でも、ときどきマンガと共通する登場人物や地名が出てきたりしますよね。一種の未来史みたいな構想があったんでしょうか。

萩尾 そこはね、ちゃんと考えてなくて、なんとなく行き当たりばったりなんで。アシモフみたいな、ちゃんとした宇宙史スケジュールみたいなものがなくて。

大森 そういう未来史へのあこがれはあったんですか? あるいは、光瀬さんの「宇宙年代記」シリーズとか。

萩尾 そうそう、光瀬先生もありましたね。東キャナル市とか。いや、私の場合は(ひとつの未来史ではなく)パラレルになってしまって……。

大森 やっぱりそういうのは男のほうが凝るんですかね? 細かいことはこだわらない感じ?

萩尾 そうですね。読み返してわかったのは、唯一、人造人間にけっこうこだわったんだなと。新しい人種を作るってことに一時すごく凝ってて。これにも神話めいた変な話が載っていますけど……。


・萩尾望都のSF世界 第1回
萩尾望都のSF世界 第2回
萩尾望都のSF世界 第3回


関連記事
萩尾望都「音楽の在りて」
萩尾望都「子供の時間」
萩尾望都がことばで紡いだ世界『音楽の在りて』を読んで


2011/07/14更新
  • マンガ 募集
  • コミックエッセイの森
  • 『音楽の在りて』
    (萩尾望都 著/イースト・プレス 刊)

  • 萩尾望都(はぎお・もと)

    1949年、福岡県生まれ。マンガ家。72年より「別冊少女コミック」で連載を始めた『ポーの一族』が人気に。同時期の『トーマの心臓』ともども代表作となる。少女マンガにおけるSF作品の先駆者としてもその功績は大きく、75年に描かれた『11人いる!』は、『ポーの一族』とともに第21回小学館漫画賞を受賞。ほか長編では『マージナル』や『スター・レッド』『銀の三角』、短篇では、「A-A'」、「X+Y」などの名作を生む。06年には『バルバラ異界』で第27回日本SF大賞も受賞した。2009年にはマンガ家生活40周年を迎え、エッセイ集『思い出を切りぬくとき』、童話集『銀の船と青い海』も刊行。2011年、第40回日本漫画家協会賞・文部科学大臣賞を受賞。