落雷と祝福
副題は「好き」に生かされる短歌とエッセイ。
歌人・岡本真帆が愛するものをお題にした連作短歌5首とエッセイをお送りします。
第2回のテーマは、「シン・ゴジラ」です(注意:作品のネタバレを含みます)
ありえたもう一つの世界
奇声を上げる人に弱い。
俳優、芸人、アイドル、漫画やアニメのキャラクター。
どんな人物だとしても、その人が奇声を上げた瞬間に無条件でキュンとしたり、ほっこりしてしまう。いわば、奇声フェチというやつだろう。
「奇声」という言葉を新明解国語辞典で調べてみる。「普通の人には出せないような、かんだかい声」とある。わたしが好きなのは、普段は温厚そうに振る舞っている人による、安心安全が確保されているからこそ出てしまう変な声だ。
社会で生きていくにあたって、わたしたちは他人に害のない人物であることをアピールしなければならない。 でも嬉しい時、びっくりした時、思わず変なことを言ったり大きな声を出したくなる瞬間はある。そういうへんてこな素のリアクションが出ている人を見ると、愛おしさを感じてしまう。それはその場にいる人に心を許しているからこそ出るリアクションだからだ。心が許せる存在のいる、安心できる居場所だからこそそういった奇妙な振る舞いができる。素っ頓狂な叫び声を許してくれるコミュニティに、出会えてよかったねぇ、尊いねぇ……。そんな多幸感に包まれてしまうのだ。
そういう関係性込みで叫び声や奇声には萌えてしまうのですが、いつしかわたしはパブロフの犬のように、奇声そのものにときめいてしまうようになっていた。それを痛感したのが『シン・ゴジラ』だった。
安田というキャラクターがいる。高橋一生が演じていたといえばピンとくるかもしれない。「巨災対」の一員である安田は、文部科学省に勤める公務員で、人と目を合わせないまま喋る様子は根暗っぽく、一見オタクっぽい印象を抱かせる登場人物だ。
市川実日子演じる尾頭ヒロミが、ゴジラの体内に核エネルギーが存在する可能性を示唆するシーンで、安田は「ありえませんよ」と彼女の発言を鼻で笑う。ところが、上陸したゴジラの進行ルートと放射線の分布図を重ねたところ、それらがきれいに一致してしまい、尾頭の推測が当たっていたことが判明する。その時安田は「わあーっ!」と驚きの声を上げ、「こんなのありかよ」と狼狽し、部屋の中を叫び回るのだが、もうこれがたまらない。奇声フェチの性癖にドストライクで刺さってくる最高の振る舞いだった。
巨大生物の襲来という未曾有の状況。国内トップクラスの専門家が集められた対策室で、体裁など気にせず縦横無尽に駆け回ってしまう安田。その奇行。そして、尾頭さんにごめんなさいと謝る意外と素直な一面。そのギャップは何とも愛しく、完全に心を掴まれてしまった。この一連のシーンでわたしは安田沼に落ちると同時に、『シン・ゴジラ』沼につま先から頭のてっぺんまで浸かっていた。
『シン・ゴジラ』はとにかく情報量が多い。官僚や自衛隊が巨大生物の対策に奔走するドキュメンタリーな作品のため、セリフの量も多ければ、映像から得られる情報も一度の鑑賞では把握しきれないほどある。初めての『シン・ゴジラ』は、ぽかんと口を開けているうちにすべてが終わっていた。胸には高揚感があり「すごいものを観た」と興奮気味に映画館を後にした。帰路中ずっと『シン・ゴジラ』のことが頭から離れなかった。家に着いてからもそうだった。政治家や専門家のあまり聞き慣れない早口の会話は、右耳から入って左耳をそのまま抜けていくようで、一度だけではすべての意味を理解しきれなかった。「あれってどういう意味だったんだ!?」と疑問がむくむくと湧き上がって、気がつけば2回、3回と映画館に足を運んでいた。見る度に新しい発見があった。テンポ良く進んでいく映像から必死にその世界の情報を掴もうとした。巨災対メンバーは国内メーカーのPCを使用しているのに、安田だけはMacBookを使用してこだわりを見せていることも、数回見なければ気づけなかった。
映画として『シン・ゴジラ』が好きなのは、圧倒的なリアリティーに没入できるからだ。ゴジラは架空の生き物だけれど、もしゴジラが存在して東京を襲ったらどうなるかを、この映画では目の当たりにできる。3.11を体験しているからこそ、国民が地下鉄のホームに逃げ込むシーンは他人事ではない恐怖を覚えた。『シン・ゴジラ』はただの映画という感じがしない。あり得たもう一つの未来、パラレルワールドを見ている気持ちになる。別の世界線の私たちは、今もゴジラが襲来した国のその後を生きている。最後に残された大きなゴジラの体は一体どうなったのだろうか。ゴジラの襲来によって植え付けられた悲しみの記憶や恐怖は、きっと日常生活の些細な瞬間の中で何度も蘇るのだ。
≪作品紹介≫
シン・ゴジラ
2016年公開、日本の特撮怪獣映画。総監督・脚本を庵野秀明、監督・特技監督を樋口真嗣が務める。主人公は内閣官房副長官で、日本に上陸した謎の巨大生物の対策に奔走する。「巨災対」は、作中で結成された「巨大不明生物特設災害対策本部」の略称。災害に対する政府の動向や意思決定プロセスなどのリアリティも話題になる。
2022.12.22更新
▶ご感想はこちらのフォームからお寄せください。岡本真帆さんへお届けします
※本連載のバナー・サムネイルデザイン:六月
次回予告
来年1月中の更新を予定しています。次回もお楽しみに!よいお年を。
単行本情報
著者プロフィール
岡本真帆
一九八九年生まれ。高知県、四万十川のほとりで育つ。未来短歌会「陸から海へ」出身。
Twitter: @mhpokmt
感想フォーム
ご感想をお待ちしています。感想フォームからどしどしお送りください。