日比谷、市ヶ谷、四ツ谷、千駄ヶ谷、阿佐ヶ谷…そう、
東京は「谷」に満ちている! そのスリバチ状の地形に隠された、
ストーリーを紐解いていく。驚きと発見の町歩きに出かけよう。




私が暗渠に行く理由。
髙山英男


 東京スリバチ学会に集まってくるみなさんの動機は実に様々であろうが、私の動機はずばり「そこで出会えるであろう暗渠(地下化された河川や水路、もしくはその跡)」だ。

 スリバチと暗渠、双方の東京におけるフィールドワークには共通点が多い。スリバチの底である谷には自然河川や自然流下式の排水路が流れている(いた)はずだし、スリバチの縁をなす尾根には人工の用水・上水が引かれている(いた)ケースもある。そしてそれらの水路は都市化によって廃止・暗渠化されたものがほとんどなので、スリバチあるところに暗渠あり、という図式が成り立つのだ。

 スリバチ学会のフィールドワークの道々で、同行の方々とそんな会話をする機会も少なからずあるのだが、その上で、

「で、暗渠ってどんなところが面白いんですか?」

と素朴なご質問をいただくことも。歩きながらだとつい周りの景色に気を取られてうまく答えられないことが多いのだが、次にそう聞かれたときにすらすら答えることができるよう、私が考える「暗渠の魅力」をこの機会に整理してみようと思う。

 大雑把に言うと、暗渠の魅力は3つの要素に分けられる。ひとつは、見えなかった「ネットワーク」が見えてくること。これは地形や地図を軸とした魅力と言える。ふたつめは、埋め込まれた「歴史」が見えてくること。つまり時間軸での魅力である。3つめは見過ごしていた「景色」が見えてくることだ。これは物体軸とも言えると思う。以下で各要素についてご説明していく。



[3つの魅力]暗渠の魅力は3つの要素から成る



要素1 見えなかった「ネットワーク」

 かつて、東京のたくさんの谷にあったであろう河川や水路たち。しかしこれらは、都市化の過程でほとんどが暗渠化され、地図上には残っていない。いわば地図に近代化という「膜」が掛けられ、見かけ上は隠された状態となっている。この膜をぺりぺりとはがして水路の跡を見つけ出し、手元のまたは頭のなかの地図に自ら描き加えていく。それが暗渠を探すということだ。

 最初は点や破線であった水路跡が一本の線になり、やがて川が描き出される。そして隣の川との合流点が分かってくると、より大きな水系があらわになってくる。それは、いつも見慣れた鉄道路線や道路網などの都市グリッドとはまるで違う、「かくれたネットワーク」の再発見である。

 例えば「小沢川」という暗渠によって中野富士見町と新高円寺が丸ノ内線以外で結ばれていたり、京王線の上北沢と小田急線の下北沢が「北沢川」という川の軸上で「上下」をなしていたり。暗渠は私たちの虚を衝きながら無関係に見えていた地点同士を結び付ける、新しい都市レイヤーなのである。



「暗渠ノート」代わりに使っているマイ地図には、川のネットワークがいっぱい……


 地図をにらんで推理して、そして現場に行って確かめながらフィールドワークをしていると、あたかも東京全体を舞台にした壮大な水路パズルにチャレンジしているかのようなわくわくした気分になれるのだ。



要素2 埋め込まれた「歴史」

 前項の「ネットワーク」が三次元的だとすればこちらは四次元的な魅力と言える。川が暗渠化されてしまった経緯を少々調べるだけでも、その土地固有の履歴があらわになってくる。さらにそれは、東京史・日本史・ひいては地球史という大きなトレンドに左右されていることに気がつく。中沢新一『アースダイバー』(2005年/講談社)も、暗渠目線で見ればこの魅力を語る文献だと位置づけることができるし、NHKの番組「ブラタモリ」が人気を博した理由も、地形に加えてこの魅力を巧みに織り込んだからこそであろう。

 しかし、地形の成り立ちを語る千年・万年スパンでの歴史も、人や共同体の営みと水の関わりが見えてくる江戸期までの歴史も、どちらも興味深いものがあるが、私は特に近代の、「東京という都市」と川の歴史に大きく心惹かれるのだ。

 東京の都市河川暗渠化には3つの大きなインパクトがあり、それは「関東大震災後の復興」、「第二次世界大戦後の復興」、そして「東京オリンピックに向けた整備」である。特に都市部の下水道整備が急ごしらえで進められた東京オリンピック前夜の昭和30年代後半は、川を自然流下式の下水道に転用することで、「きれいな景色」と引き換えに「きれいな暮らし」を東京が手に入れた時期でもある。その「きれいな暮らし」を手にした人々は、どんな匂いを嗅ぎ、どんな音を聴きながら、どんな表情を浮かべていたのだろう……。

 そんな「ちょっと前の東京」を思いながら狭い暗渠道を歩くのもまた一興。



渋谷川(現キャットストリート)も、暗渠化はオリンピック前の時期



要素3 見過ごしていた「景色」

 3つ目は「そこにあるモノ」から感じる魅力である。実際暗渠に行ってみると、かつての護岸の跡や車止め、はたまた銭湯等といった私たち暗渠マニアが「暗渠サイン」と呼んでいる物件に出会う(左ページ図「暗渠サインランキングチャート」)。これらは普段見過ごしがちな、ありふれた日常を構成するオブジェクトであるが、「暗渠」というキーワードに照らし合わせるとたちまちキラキラと光り輝いて、「鑑賞すべきありがたい物件」に豹変する。



「暗渠サインランキングチャート」で見慣れた町の暗渠を見つけよう


 図では、いくつかの「暗渠サイン」を(あくまで私自身の感覚ではあるが)「そこが暗渠である確度」の高低によって位置づけしたものである。上にあればあるほど「そこが川跡であった」確率が高く、下にいくほど「他でも見られるが暗渠のそばに結構多い」ものとなる。

 特にこれら暗渠サインのなかでも、鑑賞の対象として大いに暗渠マニアの耳目を集めるのはやはり図中「突出し排水パイプ」などの「下水設備」から上にランクされている物件たちだ。これらは、そこが暗渠であること、川跡であったことをほぼ確実に示す、いわば暗渠の「かけら」である。

 基本的に暗渠自体は地下にあるので見えないものだが、その存在を示唆するかけらが見えているとくれば、これに萌えないわけがない。もちろん物件自体の希少性も理由のひとつだが、それに輪をかけていーい感じの「侘び寂び」状態であることが重要なファクターである。暗渠特有の湿気や、ほったらかされた経年劣化によって錆付き、苔むしたマンホール、パイプ、車止め……。それらはまるで普遍的な美を備える骨董品や、自然を巧みに取り込んで作り込まれた日本庭園のような味わい深さがある。



神田川の支流、小沢川に残る車止め。隣接する新築ビルとのコントラストも趣深い



成城の町外れにある仙川の支流暗渠は、まるで古寺の庭のような佇まい(2014年に消滅)


 さらにこれらの物件は、暗渠という場自体の魅力を最大限に引き出していることも特筆すべきであろう。暗渠は一般的に「地味な小径」だ。そんなひっそりとした場所でこれら物件に向き合っていると、川の記憶とともに誰からも忘れ去られようとしている暗渠という存在がたまらなく愛おしく思えてくる。

 かねがね私は「誰もが心のなかに暗渠を抱えている」と唱えている。これらの物件に囲まれて暗渠の上に立っていると、いつの間にか「私のなかの暗渠」が共振しているのを感じざるを得ない。暗渠は儚く、哀しく、かつ美しいのだ。

 さて、それでは「書を捨てて谷に出よう」ではないか。そこであなたは、どんな暗渠と出会い、どんな魅力に心の針が振れるだろうか。そして、あなたの心のなかにも暗渠を感じることはできるだろうか。


参考文献:
『「春の小川」はなぜ消えたか 渋谷川にみる都市河川の歴史』 田原光泰(2011/之潮)
『シティサイクリングマップル東京』(2007/昭文社)



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【目次】下線の記事は、試し読みが可能です。

プロローグ スリバチとは何か?─赤坂・薬研坂  皆川典久(エピソード1~11も)
エピソード1 パーフェクトな窪地の町─荒木町、白金台、幡ヶ谷
エピソード2 谷町とギンザの意外な関係─戸越銀座
エピソード3 窪みをめぐる冒険─鹿島谷(大森駅)
エピソード4 スリバチ・コードの謎を解け─大久保、池袋
エピソード5 整形されたスリバチ─弥生2丁目、大森テニスクラブ、高輪4丁目
エピソード6 地形鉄のすすめ─銀座線、丸ノ内線、山手線、東急東横線、東急大井町線
エピソード7 肉食系スリバチとは─等々力渓谷、音無渓谷(王子駅)、東武練馬駅
エピソード8 地形が育むスリバチの法則とは?─白金、麻布台
エピソード9 公園系スリバチを世界遺産に!
エピソード10 神と仏の凹凸関係─麹町、清水坂、高輪
エピソード11 スリバチという名のパワースポット─明治神宮、おとめ山公園、清水窪弁財天、お鷹の道と真姿の池
エピソード12 川はどちらに流れる?─古隅田川、隅田川、利根川  佐藤俊樹
エピソード13 東京の階段をめぐる  松本泰生
エピソード14 私が暗渠に行く理由。  髙山英男
エピソード15 暗渠に垣間見る“昭和”─阿佐ヶ谷  吉村生
エピソード16 小盆地宇宙とスリバチ─若葉町・鮫河橋谷  上野タケシ
エピソード17 幽霊はスリバチに出る─谷中三崎町、池之端2丁目、高田1丁目、十二通り  中川寛子
エピソード18 地形で楽しむ不動産チラシ  三土たつお
エピソード19 人の目を通して感じる東京─新宿・思い出横丁、広尾-六本木  浦島茂世
エピソード20 「人工スリバチ」の因縁─ららぽーとTOKYO-BAY  大山顕
エピソード21 スリバチ散歩と地図  石川初
エピソード22 デジタル地図が拡張する地形の魅力  石川初
エピソード23 「東京の微地形模型」と地形ファン  荒田哲史
エピローグ スリバチ歩きは永遠に  皆川典久


2016/03/10更新
  • マンガ 募集
  • コミックエッセイの森

  • 『東京スリバチ地形入門』(イースト・プレス)
  • 皆川典久(みながわ・のりひさ)

    1963年群馬県生まれ。2003年にGPS地上絵師の石川初氏と東京スリバチ学会を設立。谷地形に着目したフィールドワークを都内各地で行う。2012年に『凹凸を楽しむ東京「スリバチ」地形散歩』(洋泉社)を、翌年には続編を上梓。また、町の魅力を発掘する手法が評価され、「東京スリバチ学会」として2015年にグッドデザイン賞を受賞。

    佐藤俊樹(さとう・としき)
     
    1963年生まれ。1989年東京大学大学院社会学研究科博士課程退学、社会学博士(東京大学)。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。職業上の専門は省略(^^。地形の凸凹と神さまの関わりに興味があります。春には桜惚けを起こします。

    松本泰生(まつもと・やすお)
     
    1966年静岡県生まれ。尚美学園大学講師・早稲田大学オープンカレッジ講師。都市景観・都市形成史研究を行う傍ら、90年代からの東京の階段を訪ね歩く。東京23区内にある階段を全て歩くことが現在の目標。著書『東京の階段?都市の「異空間」階段の楽しみ方』(日本文芸社)

    髙山英男(たかやま・ひでお)
     
    中級暗渠ハンター(自称)。ある日「自分の心の中の暗渠」の存在に気づいて以来、暗渠に夢中に。2015年に『暗渠マニアック!』(柏書房)を共著、『「地形を楽しむ東京「暗渠」散歩』(洋泉社)も一部執筆。本業は広告業で、『絵でみる広告ビジネスと業界のしくみ』(日本能率協会マネジメントセンター)などを共著。

    吉村生(よしむら・なま)
     
    暗渠界の住人。杉並区を中心に、縁のある土地の暗渠について掘り下げたり、暗渠のほとりで飲み食いをしたり、ひたすら暗渠蓋の写真を集めたり、銭湯やラムネ工場と暗渠を関連づけるなど、好奇心の赴くままに活動している。『暗渠マニアック!』(柏書房/共著)、『地形を楽しむ東京「暗渠」散歩』(洋泉社/分担執筆)。

    上野タケシ(うえの・たけし)
     
    1965年栃木県生まれ。一級建築士事務所上野タケシ建築設計事務所代表。建築設計の仕事以外に、ライフワークで「庭園」研究と夜散歩をする。共著に『快適で住みやすい家のしくみ図鑑』(永岡書店)、『イラストでわかる建築用語』(ナツメ社)。

    中川寛子(なかがわ・ひろこ)
     
    東京生まれの東京育ち。不動産、地盤、街選びのプロとして首都圏のほとんどの街を踏破している。茶人であり、伝統芸能オタクでもある。著書に『この街に住んではいけない』(マガジンハウス)、『ブスになる部屋、キレイになる部屋』(梧桐書院)、『解決!空き家問題』(ちくま新書)など。

    浦島茂世(うらしま・もよ)
     
    フリーライター、新潮講座「東京のちいさな美術館めぐり」講師。時間を見つけては美術館やギャラリーに足を運び、内外の旅行先でも美術館を訪ね歩く。著書に『東京のちいさな美術館めぐり』、『京都のちいさな美術館めぐり』(株式会社G.B.)など。

    三土たつお(みつち・たつお)
     
    1976年茨城県生まれ。ライター、プログラマー。地図好き。@nifty:デイリーポータルZなどに連載中。『地形を楽しむ 東京「暗渠」散歩』『凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩』(共に洋泉社)などに寄稿。好きな川跡は藍染川です。

    大山顕(おおやま・けん)
    1972年千葉県生まれ。フォトグラファー/ライター。1998年千葉大学工学部修了。著書に『工場萌え』『団地の見究』(いずれも東京書籍)、『ジャンクション』(メディアファクトリー)、『ショッピングモールから考える』(幻冬舎)などがある。twitter:@sohsai

    石川 初(いしかわ・はじめ)
     
    東京スリバチ学会副会長として、会長・皆川典久とともに東京の地形を巡る様々な活動を実践している。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。登録ランドスケープアーキテクト(RLA)。GPS地上絵師。東京大学空間情報科学研究センター協力研究員。日本生活学会理事。

    荒田哲史(あらた・てつし)
     
    神田神保町の建築専門書店、「南洋堂書店」店主。神保町で古地図や古文書に囲まれ、坂の多い文京区で凸凹を感じながら育ったことがきっかけで地形に興味を持つようになった。建築と地形の関係は密接であるので、何らかの提案を今後もしていきたい。