日比谷、市ヶ谷、四ツ谷、千駄ヶ谷、阿佐ヶ谷…そう、
東京は「谷」に満ちている! そのスリバチ状の地形に隠された、
ストーリーを紐解いていく。驚きと発見の町歩きに出かけよう。




スリバチとは何か?
皆川典久


 東京の谷を歩いている。
「山の手」と呼ばれる東京の都心部には坂が多く、ここが起伏に富んだ土地だということはよく知られている。しかし、その坂の多くが上り坂と下り坂が向かい合う構造の、つまり谷越えの坂であることはあまり知られていない。例えば、渋谷では駅を挟んで宮益坂と道玄坂が東西に向かい合っているし、谷中では不忍通りを挟んで団子坂と三崎坂が相対している。いま挙げた、渋谷・谷中という二つの地名には「谷」という文字が含まれているが、その名の通りどちらも地形的には「谷間の町」なのである。他にも、四ツ谷、市ヶ谷、千駄ヶ谷、幡ヶ谷、茗荷谷など、東京には「谷」と付く地名が意外にも多く、谷は東京を理解する、あるいは語る上での重要なキーワードのひとつに違いないのだ。



東京都心部の凹凸地形図
(国土地理院5mメッシュ標高データ「東京都区部」をカシミール3Dで作成)



 谷との出会いは突然であった。
 きっかけは、地下鉄で港区赤坂にある会社に向かう途中で突然、ひとつふたつ手前の駅から歩いてみようと思い立ったことにあった。メインストリートの青山通りから、何気なしに一本裏通りに入ってみたら、自分が知らなかった不思議な地形が広がっていたのだ。それは、平坦な台地が突然陥没したかのような、例えばプリンをスプーンでえぐったかのような窪地だった。それを見た瞬間、直感的に「スリバチ」という言葉が浮かんだ。
 そしてその窪地の底面には、先ほどもすぐ近くを歩いていたにもかかわらず、まったく気づいていなかった町が静かに息づいていた。そのときの驚きを誰かに説明するとき、自分はいつも川端康成風に「わき道に逸れると、そこはスリバチだった」と表現しているが、いわゆる尾根道である表通りからでは決してうかがい知れない、意外な別世界があることを、私はそのとき知ったのだった。
 私を窪地へ誘った坂の名は「薬研坂」といった。向かい合う坂の形状が、薬を磨り潰す薬研(スリバチ)の形に似ているために付けられた名前だった。



「東京スリバチ学会」を発足するきっかけとなった薬研坂(港区)


 さて、自分が直感的に「スリバチ」と思った窪地とは、具体的にはどのようなものなのだろうか。
 武蔵野台地の東端部に位置する東京都心部には、山間部のようなV字状の凸凹地形ではなく、平らな台地面から突然、急峻な崖が落ち込み、谷底は平坦になるというU字状の谷が多く刻まれているのが特徴だ。武蔵野台地は関東ローム層と呼ばれる火山灰が風化した赤土で覆われているのだが、透水性の高い関東ローム層は、水を含むと崩れやすいため、浸食面は急峻な断崖状となりやすく、谷はフィヨルドのようなU字状を成すと言われる。新参者の東京人だった頃の自分の目には、その独特な形状がとても不思議に映ったので、「スリバチ」と勝手に命名したわけだが、前述の港区薬研坂の窪地は、まさにその「スリバチ状の谷」の典型だったのだ。
 自分が特に興味を持ったのは谷が始まる部分、地理用語で谷頭こくとうと呼ばれる谷の先端部だ。谷は川の侵食作用で大地が削られたもの(河谷かこくという)であるが、川はいくつもの支流が合流して大きな川になる。つまり河谷は上流にいくにしたがって「鹿の角」のように枝分かれをする場合がある。その分岐した谷頭こそが、三方を丘で囲まれた窪地となる部分であり、自分が最も関心を寄せる「スリバチ」なのである。
 特に河谷の幅が100mにも満たないような局地的で箱庭的なスリバチは最高だ。丘に登れば河谷の対岸を望むことができ、谷の全体像を把握できるからだ。しかも谷底の町の中には、都市化された東京にありながらいまだに清水が湧き出ているパワースポットが潜んでいる場合もあったりする。いたずらに「東京砂漠」などと言われる東京に、実はオアシスがあることを、私たちは知っていてもよいと思う。
 さて、このように地形を意識しながら東京の町をめぐっていくと、薬研坂下のような、静寂に包まれた山の手のなかの「下町」に出会えることが多かった。谷の底で待っていたのは、生活感の溢れ出た路地や木造家屋が軒を並べる、まるでタイムスリップしたかのような一角、崖に面した袋小路、迷惑そうにこちらをうかがう猫などだった。そして崖の上からは、高層の建物が窪地にある低層の建物を見下ろし、崖の上と下とで、その対比をさらに際立たせているのが新参者にはとても印象的であった。
 上京して以来、下町や路地を気ままに散策することを趣味にはしていたが、いくつかの谷地を意識的に回っていると、既視感のある光景が眼前に現れ、不思議な感覚に捉われることがよくある。それでは、場所を隔てても繰り返し見受けられる、この既視感はなぜ引き起こされるのだろうか。その理由は土地の歴史によるものだ。
 東京の町は江戸の町を下敷きにしていると言われる。主要な道路や敷地割りは江戸期の町の骨格を踏襲しているし、神社や仏閣などの位置も基本的には変わっていない。その江戸の町は、地形の特徴を活かしながら築かれた計画的な町であったといわれている。つまり、凸凹地形に着目すると江戸の記憶が随所で浮かび上がるのだ。目の前に繰り返し出現する風景とは、いにしえの時代から構造化されてきたものなのかもしれない。(この話は後日、図版とともにたっぷりと解説予定)
 どんな場所でもそこにひそむ記憶を丹念に探ってゆけば、興味深いストーリーがいくらでも浮かび上がってきそうだ。それこそが、スリバチめぐりがやめられない所以なのかもしれない。
 これから始める連載では、スリバチを介して出会ったエピソードの数々を紹介してゆく。いわば「スリバチ」が呼び寄せた街角のストーリーだ。読んだら町(谷)に出たくなった、そんな感想を抱いていただけたら何よりである。



赤坂の窪地を高台から眺める。いらかの波が谷間を埋め尽くす様は海原のようだ。
高層建物は窪地を取り囲むように丘の上に建つ




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【目次】下線の記事は、試し読みが可能です。

プロローグ スリバチとは何か?─赤坂・薬研坂  皆川典久(エピソード1~11も)
エピソード1 パーフェクトな窪地の町─荒木町、白金台、幡ヶ谷
エピソード2 谷町とギンザの意外な関係─戸越銀座
エピソード3 窪みをめぐる冒険─鹿島谷(大森駅)
エピソード4 スリバチ・コードの謎を解け─大久保、池袋
エピソード5 整形されたスリバチ─弥生2丁目、大森テニスクラブ、高輪4丁目
エピソード6 地形鉄のすすめ─銀座線、丸ノ内線、山手線、東急東横線、東急大井町線
エピソード7 肉食系スリバチとは─等々力渓谷、音無渓谷(王子駅)、東武練馬駅
エピソード8 地形が育むスリバチの法則とは?─白金、麻布台
エピソード9 公園系スリバチを世界遺産に!
エピソード10 神と仏の凹凸関係─麹町、清水坂、高輪
エピソード11 スリバチという名のパワースポット─明治神宮、おとめ山公園、清水窪弁財天、お鷹の道と真姿の池
エピソード12 川はどちらに流れる?─古隅田川、隅田川、利根川  佐藤俊樹
エピソード13 東京の階段をめぐる  松本泰生
エピソード14 私が暗渠に行く理由。  髙山英男
エピソード15 暗渠に垣間見る“昭和”─阿佐ヶ谷  吉村生
エピソード16 小盆地宇宙とスリバチ─若葉町・鮫河橋谷  上野タケシ
エピソード17 幽霊はスリバチに出る─谷中三崎町、池之端2丁目、高田1丁目、十二通り  中川寛子
エピソード18 地形で楽しむ不動産チラシ  三土たつお
エピソード19 人の目を通して感じる東京─新宿・思い出横丁、広尾-六本木  浦島茂世
エピソード20 「人工スリバチ」の因縁─ららぽーとTOKYO-BAY  大山顕
エピソード21 スリバチ散歩と地図  石川初
エピソード22 デジタル地図が拡張する地形の魅力  石川初
エピソード23 「東京の微地形模型」と地形ファン  荒田哲史
エピローグ スリバチ歩きは永遠に  皆川典久


2016/03/10更新
  • マンガ 募集
  • コミックエッセイの森

  • 『東京スリバチ地形入門』(イースト・プレス)
  • 皆川典久(みながわ・のりひさ)

    1963年群馬県生まれ。2003年にGPS地上絵師の石川初氏と東京スリバチ学会を設立。谷地形に着目したフィールドワークを都内各地で行う。2012年に『凹凸を楽しむ東京「スリバチ」地形散歩』(洋泉社)を、翌年には続編を上梓。また、町の魅力を発掘する手法が評価され、「東京スリバチ学会」として2015年にグッドデザイン賞を受賞。

    佐藤俊樹(さとう・としき)
     
    1963年生まれ。1989年東京大学大学院社会学研究科博士課程退学、社会学博士(東京大学)。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。職業上の専門は省略(^^。地形の凸凹と神さまの関わりに興味があります。春には桜惚けを起こします。

    松本泰生(まつもと・やすお)
     
    1966年静岡県生まれ。尚美学園大学講師・早稲田大学オープンカレッジ講師。都市景観・都市形成史研究を行う傍ら、90年代からの東京の階段を訪ね歩く。東京23区内にある階段を全て歩くことが現在の目標。著書『東京の階段?都市の「異空間」階段の楽しみ方』(日本文芸社)

    髙山英男(たかやま・ひでお)
     
    中級暗渠ハンター(自称)。ある日「自分の心の中の暗渠」の存在に気づいて以来、暗渠に夢中に。2015年に『暗渠マニアック!』(柏書房)を共著、『「地形を楽しむ東京「暗渠」散歩』(洋泉社)も一部執筆。本業は広告業で、『絵でみる広告ビジネスと業界のしくみ』(日本能率協会マネジメントセンター)などを共著。

    吉村生(よしむら・なま)
     
    暗渠界の住人。杉並区を中心に、縁のある土地の暗渠について掘り下げたり、暗渠のほとりで飲み食いをしたり、ひたすら暗渠蓋の写真を集めたり、銭湯やラムネ工場と暗渠を関連づけるなど、好奇心の赴くままに活動している。『暗渠マニアック!』(柏書房/共著)、『地形を楽しむ東京「暗渠」散歩』(洋泉社/分担執筆)。

    上野タケシ(うえの・たけし)
     
    1965年栃木県生まれ。一級建築士事務所上野タケシ建築設計事務所代表。建築設計の仕事以外に、ライフワークで「庭園」研究と夜散歩をする。共著に『快適で住みやすい家のしくみ図鑑』(永岡書店)、『イラストでわかる建築用語』(ナツメ社)。

    中川寛子(なかがわ・ひろこ)
     
    東京生まれの東京育ち。不動産、地盤、街選びのプロとして首都圏のほとんどの街を踏破している。茶人であり、伝統芸能オタクでもある。著書に『この街に住んではいけない』(マガジンハウス)、『ブスになる部屋、キレイになる部屋』(梧桐書院)、『解決!空き家問題』(ちくま新書)など。

    浦島茂世(うらしま・もよ)
     
    フリーライター、新潮講座「東京のちいさな美術館めぐり」講師。時間を見つけては美術館やギャラリーに足を運び、内外の旅行先でも美術館を訪ね歩く。著書に『東京のちいさな美術館めぐり』、『京都のちいさな美術館めぐり』(株式会社G.B.)など。

    三土たつお(みつち・たつお)
     
    1976年茨城県生まれ。ライター、プログラマー。地図好き。@nifty:デイリーポータルZなどに連載中。『地形を楽しむ 東京「暗渠」散歩』『凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩』(共に洋泉社)などに寄稿。好きな川跡は藍染川です。

    大山顕(おおやま・けん)
    1972年千葉県生まれ。フォトグラファー/ライター。1998年千葉大学工学部修了。著書に『工場萌え』『団地の見究』(いずれも東京書籍)、『ジャンクション』(メディアファクトリー)、『ショッピングモールから考える』(幻冬舎)などがある。twitter:@sohsai

    石川 初(いしかわ・はじめ)
     
    東京スリバチ学会副会長として、会長・皆川典久とともに東京の地形を巡る様々な活動を実践している。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。登録ランドスケープアーキテクト(RLA)。GPS地上絵師。東京大学空間情報科学研究センター協力研究員。日本生活学会理事。

    荒田哲史(あらた・てつし)
     
    神田神保町の建築専門書店、「南洋堂書店」店主。神保町で古地図や古文書に囲まれ、坂の多い文京区で凸凹を感じながら育ったことがきっかけで地形に興味を持つようになった。建築と地形の関係は密接であるので、何らかの提案を今後もしていきたい。