落雷と祝福

副題は「好き」に生かされる短歌とエッセイ。
歌人・岡本真帆が愛するものをお題にした連作短歌とエッセイをお送りします。
第5回のテーマは、「女の園の星」です。短歌は多めの12首です!

 

 

 

 

 

 

 

職員室は楽屋裏

「『女の園の星』って犬は死にますか?」というツイートを見かけた。たぶんその人は二話の広告を見たのだろう。二話は、リードで繋がれた犬が上階の教室からぶら下がっている場面から始まる。和山やま先生の端正な絵柄は一見するとホラーやサスペンスの気配が漂っているため、誰かが死にそうな気がするのはわかる。でも大丈夫、犬どころか誰も死なない。そこで描かれているのは恐怖ではないから安心してほしい。
『女の園の星』はとある女子校の国語教師・星先生とその生徒たちの些細な日常が描かれるコメディ漫画だ。この作品のおもしろさはどうすれば人に伝わるんだろう。女子高生の絵しりとりの謎を、担任教師の星先生が静かに解き明かそうとする第一話。問題となる亡霊のような謎の絵が登場したところで、まず笑ってしまう。この生気のない男の絵が一体なんなのか読者としてはこの時点で薄々気付いているのだが、星先生の真剣な考察や考察によって導かれる数々のひらめきを追ううちに、この漫画の独特の世界観にきっと夢中になっている。

 高校生だった頃、日本史の先生が授業の冒頭にこんなことを言った。
「学校の外で見かけても大声で『先生』と呼ばないでください」
 放課後のスーパーで、生徒に出会ってしまった先生。テンションが高めの生徒にその場で「先生!」と叫ばれ、周囲から「あの人教師なんだ」という目でじろじろと見られた。視線が集まり最悪の気分になったと話す先生が「お願いだから学校の外ではそっとしておいてくれ」と本当にうんざりした嫌そうな表情を浮かべていたのを、よく覚えている。大声で叫ばれるのは確かに気の毒だなあと思いつつ、でも私たちにとって先生は先生以外の何者でもなく、他に呼び方なんて知らないよなあ、とぼんやり考えていたことも。
 先生という職業は、人から立派な立ち振る舞いを求められがちだ。教師は聖職者であり、生徒達の模範的な存在であらねばならないという向きもある。だけど世の中の先生全員が金八先生みたいなわけじゃないし、実際はそんな先生の方が稀かもしれない。先生だって普通の人間。けれどもひとたびボロを見せると「先生なのに」と後ろ指をさされる。だから先生たちは教壇に立つとき、教師という役を演じている。学校はもしかしたら彼らにとっては舞台のような場所なのかもしれない。
『女の園の星』には、まるで芸能人の休日をこっそり覗き見ているようなドキドキ感がある。それはもしかしたら、描かれている星先生や同僚の小林先生の様子が、教師という役柄を演じ終えて楽屋に戻ったときの「素の顔」に近いから、なのかもしれない。そうか、職員室は楽屋裏だったのだ。生徒だったころには気付かなかった。そんなおもしろい場所、どうしてもっと遊びに行かなかったんだろう。

 単行本三巻のカラー扉絵を初めて見たとき、驚いてしばらくページをめくる手を止めてしまった。スーツ姿の星先生と小林先生が紅白幕の前に立ち、どこか斜め上の方向を見つめている。二人の後ろには別の教師が二人いて、彼らも同じように何かを見ている。入学式や卒業式などの式典で、場所は体育館だろうか。おそらく壇上の上で喋っている誰かを眺めているのだが、星先生と小林先生を含めそこにいる教師たちの目に生気がない。目の隈の描写もあいまって、疲労感が滲んでいる。学校行事というイベントの最中、壇上の何かに気をとられているのか、それぞれがほんのちょっと油断している。
 身体の前で手を組んで姿勢を正しているように見える小林先生は、重心が左脚に偏っていてちょっとだるそうな気配もある。星先生の真後ろの教師の顔はひどい。たぶん何も考えていない。星先生は心の声で静かに何か言っていそうな左眉毛をしている。もしもこの学校の生徒としてこの式典に参加していたとしても、同じく壇上に意識を向けてしまって先生たちのこんな表情には気づけないだろう。けれど和山やま先生はそんな一瞬を、繊細なタッチで、しかもカラーで描く。演じることを忘れて素の一面を晒している先生たちを、カラーで。ここを切り取るのか!と妙な感動を覚えて、この絵をじっくり見つめてしまった。もしこの一枚が額縁に入って美術館に飾られていたら、私はしばらくそこから動かない。複製原画が出たら買う。それくらい大好きな絵です。
 生徒や保護者の前では発せられることのない、人間味に溢れた本音。星先生と小林先生の心の声は崇高さとはかけ離れ、くだらなさで溢れている。だからおもしろくて、愛おしく思える。これからも、パワフルな女子高生に翻弄されて困惑している人間らしい様子を、余すところなく見せてほしい。

 

 

≪作品紹介≫

女の園の星

和山やまによる日本の漫画作品。2020年2月から、『FEEL YOUNG』(祥伝社)で連載中。現在最新3巻。女子校教師・星と、その生徒たちの日常を描く。著者、和山やま氏が一番大きく影響を受けた漫画家は古屋兎丸氏で、「絵の部分だと伊藤潤二先生や小林まこと先生の描かれる絵が大好きで、今でも漫画を描くときは意識しながら描いたりしてます」とインタビューで答えている。

公式HP:https://www.shodensha.co.jp/onnanosononohoshi/

※参考
マンバ(WEBメディア)『夢中さ、きみに。』和山やまインタビュー,2019/12/26,記事執筆者 前田隆弘
https://manba.co.jp/manba_magazines/9766

 

2023.2.16更新

 

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次回予告

3月中の更新を予定しています。次回もお楽しみに!

単行本情報

 



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著者プロフィール

岡本真帆

一九八九年生まれ。高知県、四万十川のほとりで育つ。未来短歌会「陸から海へ」出身。

Twitter: @mhpokmt

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  • 岡本真帆(おかもと・まほ)

    一九八九年生まれ。高知県、四万十川のほとりで育つ。未来短歌会「陸から海へ」出身。第一歌集『水上バス浅草行き』(ナナロク社)
    Twitter:@mhpokmt