落雷と祝福
副題は「好き」に生かされる短歌とエッセイ。
歌人・岡本真帆が愛するものをお題にした連作短歌とエッセイをお送りします。
第6回のテーマは、上映中の映画「RRR」です。ナートゥをご存じですか?
見たいものと見たことのないもの
もし目の前で銀のお盆が落下して、ゆっくりと回転をはじめたら、私はハッと辺りを見渡してしまうだろう。映画『RRR』においてトレイの落下は、“ナートゥ”の始まりの合図だからだ。“ナートゥ”をご存じか? ご存じないならそれはもったいない!
『RRR』で二人の主人公が披露する超高速ダンス“ナートゥ”。あまりにステップがキレッキレなので、初めて鑑賞したときは早回しだと勘違いしたほどだった。「ナートゥナートゥ」というフレーズを繰り返す楽曲にあわせて、息ピッタリに激しい足技を繰り広げ、なぜかずっと笑顔。こんなに激しく動いているのにどさくさに紛れてウインクもされるし、かっこいいのにかわいくも思えるから意味が分からない。一度耳にしたら頭から離れない陽気な楽曲と、とにかく全力で踊り続ける彼らを魅力的に映すキメカット満載のカメラワーク。迫力と魅力がスクリーンから飛び出して胸の辺りに迫ってきて、笑いながら見ているうちになんだか涙が出そうになる。彼らの情熱的なダンスが生み出した熱狂は国境を越え、YouTubeで合計4.7億回以上再生されている。
1920年代のインドを舞台にした『RRR』は、異なる使命を持つ二人の主人公、ビームとラーマの友情と対立を描くアクションエンタメ作品だ。英国軍に攫われたマッリ(ビームと同郷の少女)を助け出すため正体を隠しながら首都デリーに潜入するビームと、とある大義のために英国政府の警察官となったラーマ。この二人がとにかくめちゃくちゃ強くてかっこいい映画なのだが、『RRR』には“ナートゥ”を初めとした「こんなの見たことない!」と言いたくなるインパクトの強い映像がぎゅっと詰まっている。
バイクに乗ったビームと馬に乗ったラーマが水辺を駆けるシーンには衝撃があった。バイク同士の併走や、馬二頭の併走は見たことがある。けれどそうではなく、バイクと馬なのだ。一緒にドライブ(?)できることが心底楽しそうな表情で、視線を送り合う彼らは二人だけの世界にいる。ラーマの馬も、ビームのバイクにビビらず真っ直ぐに駆けているからすごい。二人の世界といえば、蒸気機関車とのシーンも見逃せない。ビームとラーマは、話題が尽きることがないかのように、熱く語らいながら線路沿いを歩く。そこに蒸気機関車がやってきて、なぜか彼らは蒸気機関車と駆けっこをする。後ろから列車が追いつく瞬間、二人は軽やかに大きく跳びはねる。このシーンがいいなと思うのは、言ってしまえばそれが映画の展開上無くてもかまわないカットだからだ。それでも敢えて撮られているということは、もはやそれはサービスであり趣味である。これ、いいでしょ!という監督や役者の声が聞こえてきそうな気がして嬉しくなる。
他にも、森での全力追いかけっこ、橋からの少年救出大作戦、猛獣アタックなど、アニメ映画を実写でやっているんですか?と言いたくなるくらい、過剰でかっこいいキメカットが『RRR』にはたくさんある。とんでもない映像の数々に度肝を抜かれ続ける本作が「トンデモ映画」にはなっていない秘密は、骨太な脚本にある。
物語に接するとき、「こんな展開になってほしい」と心のどこかで望むシナリオがある。その期待が満たされることで感じる清々しさやおもしろさがあると思う。本作では、「ビームがマッリを救出して帰還する」という基本のストーリーに「対立関係にある二人の男が、最後に選ぶのは友情か使命か?」という答えが知りたくなる問いかけが加わる。敵対していた二人が共闘するなんて、熱いに決まっている。その熱い展開を、奇をてらわずにシナリオにきちんと入れこんでいる。過剰でド派手で度肝を抜く演出の数々に、胸焼けすることもなく最後までぐいぐい引き込まれてしまうのは、王道で骨太な脚本があるからだろう。だからこそ『RRR』は痛快に楽しめるエンタメ超大作として成立している。
みんなが心の中で密かに望む「見たいもの」と、映画だからこそ表現できる「誰も見たことがないもの」。その両方をバランスよく持つ映画はそう多くはない。『RRR』のように気持ちよく「こんなの見たことない!」と感動できる作品に出会いたくて、私は映画を観ているのかもしれない。最高の映画に巡り会い、見たことのない景色に夢中になっているとき、大げさじゃなく「生きてる!」って感じがする。だからありがとう、『RRR』。
≪作品紹介≫
RRR
監督・脚本S・S・ラージャマウリによるインドの映画作品。日本では2022年10月21日から公開、興行収入が10億円を突破し、日本国内で公開されたインド映画のなかで最大のヒット作(2月19日時点)。主人公2人の息の合った超高速ダンスが披露される挿入歌「ナートゥ・ナートゥ」は、第80回ゴールデングローブ賞主題歌賞を受賞。第95回アカデミー賞の同部門にもノミネート。在インド韓国大使館の職員らが「ナートゥ」を踊る動画が大使館公式Twitterアカウントから投稿され話題に。インドの首相ナレンドラ・モディ氏も反応し、「Lively and adorable team effort. 👍」(生き生きとして愛らしいチームワーク)とツイートした。人気ダンサー三浦大知さんの「踊ってみた」TikTok投稿が人気を博す。
※参考 駐インド韓国大使らの「ナートゥダンス」動画が話題に 2023.02.28 CNN.co.jp
2023.3.9更新
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次回予告
3月中の更新を予定しています。次回もお楽しみに!
単行本情報
著:上坂あゆみ・岡本真帆
発行:ナナロク社
定価:(本体1200円+税)
”歌集副読本”も発売中!
『老人ホームで死ぬほどモテたい』と『水上バス浅草行き』、
2冊の歌集をそれぞれの歌人が読みあう”副読本”。
歌人は短歌をどう読むか? 私たちが短歌に親しむためのガイドのような一冊です。
著者プロフィール
岡本真帆
一九八九年生まれ。高知県、四万十川のほとりで育つ。未来短歌会「陸から海へ」出身。
Twitter: @mhpokmt
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